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2-23 騒がしい隣人





 後ろ手に扉を閉めた私は、そのまますぐ隣の部屋へと移動した。

 室内には、先に退室させておいたアルジ、赤髪の女丈夫ジョゼ、そしてステラが待機していた。

 私はにやけるのを堪えながら、置物のように硬直しているステラに声をかけた。

実物・・を見た感想はどうだ? ステラ」

「……」

 返事は無い。

 壁に設置された鏡の向こうを凝視したまま、微動だにしなかった。

 オガミの変貌っぷりが、よほどショックだったのだろう。

 無理もない。

 まだ幼いと思っていた少年が、突然、目の前で獣に化けたのだからな。

 そしてショックを受けているのは、ステラだけではなかった。

「……クラウディア様……先ほどは、申し訳ありませんでした」

 傍に控えるようにして立ったアルジが、苦渋を滲ませながら言った。

 こいつはこいつで、衝撃だったのだろう。

 初級魔法使いと侮っていたオガミに、先に仕掛けたにも関わらず先手を取られてしまった。もし交戦に発展していたら、真っ先に死んだのはコイツだ。

 おまけに相手にすらされなかった。

 己の不甲斐なさに、アルジはその身を震わせていた。

 あえて追加情報を与えず、けしかけさせたのだが……少々薬が効きすぎたか。

「表面だけで全てを決め付けるな。それを学ばせてくれたオガミに感謝することだな」

「……はっ」

 うむ。

 言い訳せずに素直に受け入れるあたり、こいつも育てる価値があるのかもな。

 飛ばすのは止めて、しばらく飼ってみるのも面白そうだ。

 そんな事を考えていると、赤い長髪を揺らしながらジョゼが近づいてきた。

「どうぞ」

 果実水の入ったコップを差し出してくる。

 私はそれを受け取ると、半分ほどを一気にあおった。

 よく冷えた果実水が喉を滑り落ちていく。うまい。火照った体には格別だった。

「それで、いかがでしたか?」

 鏡で向こうの様子を観察する事は出来るが、オガミとの対話は、こちらの部屋には聞こえないように処置してある。

 気になって仕方ないのだろう。

 だからか、こんな使用人みたいな真似しやがって。

 さっきも、わざと洒落にならないほどの量の殺気を放ちやがったし。

 まったく遊び好きの女狐め。

 見えない尻尾を揺らすジョゼに、仕方ないやつだと呆れつつ口を開いた。

「あいつ、保護を迷い無く蹴りやがった。よほど冒険がしたいんだとさ」

「それはまぁ」

 ジョゼの切れ長の瞳が、三日月のように細められる。

「しかし、精神面の不安定さが気になるところだがな」

「初夜を迎えたばかりの子供に、これ以上を求めるのは少々酷では?」

 おや、と思った。

「なんだ、お前にしてはずいぶん甘い言葉じゃないか」

「ウフフ」

 答えず、ジョゼは意味深に笑うのみだった。

 相変わらず、何考えてるかわからんヤツだな。

 思いつつ、私は果実水の残りを一気に流し込んだ。腹の奥まで爽涼が届く。しかし胸の熱までは冷ましてくれなかった。

 私は久しぶりに興奮していた。火をつけたのはオガミだ。

 なんなんだあの少年は。

 一見すれば心根のやさしい、どこにでもいるガキだ。

 通された部屋でおどおどしている様は、とても人を殺せるとは思えなかった。

 だがどうだ?

 こちらが牙を見せた瞬間、気の弱い少年が、人食い狼に豹変したのだ。

 ジョゼが放つ殺気を受けて、あそこまで俊敏に動ける者はそうはいない。

 あれは訓練で手に入る類のものじゃない。天性のものだ。

 天然物のキラーエリート。

 しかし、そうかと思えば、こちらが驚くぐらいの無邪気な一面も見せた。

 人を殺してなお、その心に濁りが無い。

 凶暴と純心。

 まるで氷のグラスに、熱湯を満たしているかのようなアンバランスさ。

 ピチカ様が執心するのも頷ける。

「隊に欲しいな」

 思わず口に出してしまった。

「私も同じことを考えておりました」

「お前もか」

 ジョゼは首肯する。

「しかし、いま目立つとマズイ。ヤマトの鬼姫なんぞに嗅ぎ付けられたら厄介だしな」

 ヤマトとは、チキュージンのニホンジンが作った鬼族の島国だ。

 そいつらが同じニホンジンのオガミを知って、放っておくわけがない。

 十中八九、干渉してくる。

 まして条約のひとつにでも組み込まれてはマズイ。手が出せなくなってしまう。

 サイトウの時もずいぶん苦労した。

 最終的にどこを選ぶかはオガミの意思だ。

 しかし、選ばせるのは私だ。

 私は部屋の中央、そのテーブルをノックした。

 室内の視線が集中する。

「オガミはウチが貰う。将来的には隊の一員として迎え入れるつもりだ。しかし、『冒険したい』というオガミの意思を尊重し、いまは過干渉にならん程度の接触に留まる。ジョゼ」

「はっ」

「お前はここにいて、作戦を継続しろ」

「かしこまりました」

「くれぐれも、遊びすぎるなよ」

「ええ、それはもう」

 嬉しそうな顔しやがって。ホントにわかってんのかコイツ。

 まぁいい。

 次に、俯いたままのステラに目を向ける。

「ステラ、お前はサイトウの護衛を後任に引き継ぎ、オガミのサポートにまわれ」

 くれぐれも地を出すなよ、と笑っていると、


「私は反対です」


 硬質な声が返ってきた。

 一瞬で室内が張り詰める。

「何だと?」

「オガミ君を隊に入れるのは反対です」

「言いたいことは分かる。だがこの先、オガミが国際の場に出ることになれば、国の後ろ盾なくしては活動など不可能だ。そしてステラ。オガミを人間扱いできる国が、いったいいくつある?」

「それは……」

「ましてオガミは、このカンニバル国内だけで満足するような玉じゃないと、お前もすでに理解しているだろう? 安住を捨ててまで未知の好奇心を求めるのだからな。だったら目立たぬように育て、人の目に着きにくい『場所』を与えてやるのが一番なんじゃないのか?」

「しかし……」

 奥歯に物が挟まったように言いよどむステラ。

 その挟まっている正体がわかる分、あまり強くは言えなかった。

 ステラは、オガミを核との戦いに巻き込みたくないのだ。

 しかしアルジが同席しているため、核に触れることを口にできない。

 歯噛みしているステラに、私は名称は伏せつつも告げた。


「ステラ。オガミは『それを』望んでいるんだ」


「そんな」ステラの目が驚愕に見開かれる。

 背後でジョゼが「ウフフ」と妖艶に笑っていた。ひとりアルジだけが首を捻った。

 私は言葉を続ける。

「子供の言ったことだ。全てを真に受けるつもりはない。だがオガミが望んだ以上、備えておいて無駄ではないだろう。繰り返すが、最終的に選ぶのはオガミだ。お前じゃない」

「……はい」ステラは重く首肯した。

「お前がどうしても不服だというのなら、別の者を――」

「いえ、私がやります」

「そうか。では頼む」

「はっ」

 了承を得られたが、すこし空気が重くなってしまったな。

 こういう湿気たのは嫌いだ。

「まぁなんだ」私は口端に笑みを浮かべ、つとめて軽い調子で言った。「そんなに心配なら、いっそお前の部屋にオガミを囲ってしまえばどうだ?」

「えっ!?」

 ステラの長い耳が、ピンッと跳ねた。

「メシの支度から座学まで、全部お前がやったらどうだ。そういう面倒なの大好きだろ、お前。私は大嫌いだけどな。カカカ」

 場を和ませるための、軽い冗談のつもりだった。

 しかしステラは怒るでも笑うでもなく、何も反応を見せなかった。ただ虚空を見つめてぼんやりしているだけ。

 その様子を怪訝に思った私は、そこで、あることに気付いた。

 ステラの耳が細かく震えだしているのだ。

 あれはエルフが感情の起伏の激しいときに見せる生理現象だ。

 いや、そもそもなんだ、コイツの顔。

「……」

 意識がどっか遠くの方へ飛んじまったような顔をしていた。

 まるでマズい薬をキメたみたいになってる。

「おい、どうしたんだ」肩を揺する。

「……」しかし髪が揺れるだけで反応は無い。

「ステラ、おいステラ」

「……」

 返事が無い。というかよく見れば唇が細かく動いている。うまく聞き取れないが、『タンスの位置はあそこで』『タオルはこっち』『歯ブラシは』『ベッドは……それはダメ』と意味不明な事をブツブツと呟いている。

 両手を添えている頬も、心なしか桃色に染まっている。

 何なんだよコイツ。

 薄気味悪くなった私は顔をしかめ、ジョゼのほうへと避難した。

「なんだよアイツ。どこか患っているのか?」

「ええ、ステラ様は心を患っておいでなのです」

「はあ?」

 こいつはこいつで意味のわからないこと言い出すし。

 アルジに――聞いてもわからねーか。

 あぁなんなんだよ、まったく。

 私は、こういう除け者にされんのが一番ムカつくんだよ。

「だから何だというんだ」

「クラウディア様は相変わらず、そっち方面には鈍くていらっしゃる」

「分かったから、要点だけ言え」

「かしこまりました」

 言って、ジョゼはその頬に、濃い笑みをたたえた。

 あっ、まずい、と思った。

 こいつがこの顔をする時は決まって――




「ステラさまはー、オガミさまにー、発ぅ、情ぉ、しておいでなのですよー」




 バカでかい声で、廊下にまで響き渡るように言いやがった。

 はぁ、と息を吐く。

 まただ。また始めやがった。

 ジョゼがいま言った言葉を考える暇は無い。

「おいアルジ、頭ひっこめてろ。死ぬぞ」

「へっ?」

 事態を理解できていないアルジの両足を、後ろから蹴り上げ、無理やり尻もちをつかせた。そのズボンが床についた瞬間。

 室内に一筋の光が迸った。

 発光の後に、腹を震わせるような破砕音が鳴り響く。まさに落雷だ。

 ステラがエルフ族(長耳族)のお家芸、高速打突をジョゼ目掛けて放ったのだ。

 ナイフではなく素手だが、その手刀には極薄の障壁がコーティングされており、刃物と分類していい代物だ。その凶刃を、ジョゼは左手の篭手にセッティングさせておいた魔法障壁で防いだ。

 衝突したエネルギーは行き場を失い、周囲へとその牙を剥いた。

 おかげで室内はメチャクチャだ。

 壁には毛細血管のように亀裂が走り、天井も砕けて、その一部が剥がれてパラパラと落ちる。鏡面には防犯のため特殊な防御障壁が張ってあったが、何の役目も為さず、床に叩き付けた皿のように跡形も無く砕け散った。

 私はコートの障壁があるから、何の問題もないが。

 たった一度の応酬で、部屋が廃墟になってしまった。

 というかこれ誰が始末するかわかってんのかこのボケ共は。

 音を聞きつけた警備兵が入ってこようとするが、室内の惨状を見て凍りついた。

「こ、これは一体」

「あー気にするな。まだすこしかかるから離れていろ。あと、人払いもな」

「……はっ」

 顔面蒼白の兵を下がらせる。

 そして睨みあう二人に言った。

「ステラ。いくらなんでもこれはマズイだろ」「……」

 無視かよ。

「ジョゼ。遊ぶのは後にしろ」「ウフフ」

 こっちもかよ。

 私とアルジを置いてけぼりにして、瓦礫の中で2人の世界が展開される。

「今言ったこと、訂正しなさい」

「えー、だって事実じゃないですかぁ。ステラさまはぁ、オガミさまにぃ」

「ジョゼ!」

「きゃんっ」

 ステラが次の攻撃に移る前に、ジョゼはワザとらしい悲鳴をあげ、部屋の隅へと退避した。

「でもー、きっとオガミさまはお困りになってると思いますよー?」

「どういう意味です!」獅子が吠えるようにステラ。

「だってステラ様のような口うっさいババァ――あっ失礼、耳に痛い言葉ばーっかり言う存在が傍にいればー、若い子は辟易するんじゃありませんかー?」

「そっ」

 ステラの氷細工を思わせる美貌にヒビが入る。

 その様を見て、私はヤレヤレと首を振った。さてはこいつ、いつもの説教をオガミにかましたな。

 目に見えてステラの挙動がおかしくなる。

 その動揺を、ジョゼはニヤニヤしながら見つめる。

「あれあれー、何かお心あたりでもありましたかー?」

「ありません! あの子は素直でいい子だから、私の気持ちも分かってくれています」

「そでしょーかー? それにステラ様って、ほらー、あれじゃないですかー」

「あ、あれとは何です!」

 語気は強いが『あれ』が何なのかと気が気でないのは明らかだ。

 もちろん目の前にいるジョゼにも筒抜けだ。

「えー、言ってもよろしいのですかー?」

「さっさと言いなさい」

「だって、ステラ様って」


「オッパイ、ちっちゃいじゃないですか」


「~~!!」

 ステラの眼光が、いよいよ洒落にならない凄みを帯び出した。

 隣のアルジなど、ステラの気に当てられて竦みあがっている。

 そろそろ止めるべきか迷ったが、やめた。いつものことだしな。

 どっちかが落としどころを見つけるまで放置しておこう。

 ステラは完全に戦闘時の顔をしながら、唸り声を上げる。

「……私の胸のサイズと何が関係あるというのです?」

「関係、アリアリですよ~。だってー」ジョゼは、その豊満な胸を両手で下から掬い上げ、ビキビキと青筋を立てているステラに見せ付ける。

「だってオガミ様は、大きいオッパイ大好きなんですもの」

「なっ!?」

 雷に打たれたように戦慄するステラ。

「う、うううう嘘よ! デデデデデタラメを言わないでちょうだい!」

「デタラメなんかじゃないですよー、だって、クラウディア様のオッパイ、チラ見しまくってたじゃないですかー」

 たしかに視線は感じていた。

 男なら当然かと思っていたが、言われてみれば、少々その回数は多かったかな。

「っ!!」

 ステラが私に「このやろう!!」と怨嗟を込めて睨みつけてくる。

 オイオイ私に非はないだろ。

「この際、私がオガミ様のサポートに回った方がよろしーんじゃないでしょーか?」

「冗談じゃありません! 貴方のようなロクでもない女が傍をうろついたら、あの子の情操に悪影響を及ぼすわ!」

「そーやって、あれもダメー、これもダメー。だからオッパイがちっちゃいんですよ」

「胸は関係ないでしょ!!!!!!!!!!」

「オガミ様は、私とステラ様、どちらに傍に居てほしいんでしょうねー」

「当然、わた」

「説教ばっかりの石頭。はー、若い少年には、さぞ苦痛でしょうね」

「うぐ」

「そこへいくと、ステラ様よりも胸があり、ステラ様よりも寛容で、大概の事に目をつぶり、おまけに肌艶も上の、この私のような色気漂う女に傍に居てほしいと思うのが、普通の少年の、当然の嗜好じゃないのでしょうか?」

「違うわ!」ステラは苛立たしげに机を殴りつけた。

 頑丈な机の足が、床板を杭のように貫く。

 足元から、下の階の悲鳴が聞こえてきた。

「何が違うのでしょうかー?」

「あの子は、そんな肉欲に惑わされるような子ではありません!」

「それはステラ様の願望ではー?」

「ちがうっ! あの子は――」


「シンゴちゃんは、そんな子じゃないんだから!」


 室内に。

 深海のような静寂が訪れた。

 そして数秒後。

 三人ほぼ同時に、同じ言葉を口にした。


「「「シンゴ、ちゃん?」」」


 言った当の本人は「~~~~」言葉にならないうめきを上げ。

 長い耳の先まで真っ赤に熟れていた。

 三人を代表して、私が口を開く。

「なんだお前、陰でそう呼んでんのか?」

 頬を痙攣させながら尋ねた。

 それが限界だったようだ。

 ステラは風船に針を刺したような勢いで、半壊した室内から出て行った。

 その背中を見送ったジョゼが、嬉しそうにこちらに振り向く。

「ねぇねぇクラウ、今の見た? 完全に私の勝ちよね!」

「あのなぁ」

 勝ってどうすんだよ。

 上気した頬でウシシと笑っているジョゼを冷ややかに見る。

 本当に、仲が良いんだか悪いんだか。

 それにしても、

「あれが氷のステラと呼ばれた女か?」

 まるで年頃の女じゃねえか。

 そこで、ふと気付いた。

「ここにあった写真は?」

 床に散らばったオガミの資料なんだが、写真だけがキレイに無くなっていた。

 書類に張り付いていた写真まで剥がされている。

 どこいった?

「あー、あれ? さっきステラがテーブルを殴った時に、ネコババしてったわよ」

「あの一瞬でか?」

 うん、とジョゼ。

 手癖の悪い女だな。あと口調が地に戻ってるぞジョゼ。

 にしても、写真ねぇ。

 瓦礫だらけの室内を見ているうち、私の唇が自然と持ち上がっていく。

 オガミといい、ステラといい。

 私のいないところで、勝手に面白いことを始めやがって。



 私はこういう除け者にされるのが一番ムカつくんだよ。











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