2-22 灰色の未来
クラウディア・カンニバル。
それが彼女の名だ。
斉藤さんが言っていた人物とは、彼女だった。
地名とかろくに覚えていない僕でも、さすがにこの国が「カンニバル」だとは知ってる。つまり彼女は、この国全体を統治している王族だ。
4階フロアが物々しかったのも、これで説明がついた。
ちなみにさっき部下をけしかけてきたのは、僕の実力を試すためだったらしい。映画とかで同じシーンを見かけるが、実際にやられると、性質の悪いドッキリを仕掛けられたみたいで物凄い頭に来る。これがリュッカさんだったら半日ほど悪口を言い続けてやるところだ。
クラウディアさんは「すまんな」と言いながら、僕の心臓を撃ちぬくような魅力的な笑みを向けてきたので、まぁ、その、一瞬で許しちゃったけどさ。
で、だ。
なんでそんな偉い人が僕に会いに来たのかと言うと、警告に来たのだという。
「警告ですか?」
「ああ」
首肯し、その底知れない迫力を宿した瞳を、まっすぐ僕に向けてきた。
「単刀直入に言う。不幸になりたくなければ、チキュージンだということは隠し通せ」
…。
……。
…………え?
「えっ、なっ」
「慌てるな。ちゃんと話してやる」
そう言ってクラウディアさんは長い足を組みかえる。
その際、胸がプルンと波打ったのを、動揺しつつも僕は見逃さなかった。
そのシャツの隙間から覗く肌色桃源郷を脳裏に焼き付けつつ、次の言葉を待った。
「お前たちチキュージンは、我々にとって金の卵を産むニワトリも同じだ。もし、その存在が知られれば、たちまち欲に目がくらんだ人間が狂ったように押し寄せてくる。なぜ自分にそれほどの価値があるか、わかるか?」
「さぁ、見当もつきません」
「だろうな」クラウディアさんは、指で自分のこめかみをノックした。「価値があるのは、お前のココだ」
「頭……知識ですか?」
「そうだ。お前たちチキュージンにとって当然の、何てことのない『発想』が、我々にとっては神の創造にも等しい価値があるんだよ」
「……はぁ」そう言われてもピンと来ない。
そんな僕を見て、クラウディアさんは唇の端に意味深な笑みを浮かべた。
「カンニバル国南西部は気象変動の影響で、毎年夏季になると降水量が減り、水不足に悩まさるようになった。田畑は枯れ、牧草地帯も減少する一方。もしお前がこの地域を統治する領主だとして、この問題をどう解決する?」
えーっと。
なんでいきなりそんな事を聞かれているかは分からないが、一応答えることにした。
すこし考えてから、『ごく一般的』な回答を口にする。
「複数のダムか溜め池を作って、管理すればいいんじゃないですか?」
「チキュージンは悩みもせずに答えが出せるだろう。しかし我々は、その答えを自力で出せなかった。夏に近くの川から用水路を引くというのが関の山だった。それもうまくはいかなかったがな」
「それだと問題とか起きそうですもんね」うんうんと頷く。
クラウディアさんの眉が、ピクッと震えた。
「わかるのか?」
「ええまぁ。だって毎年、一番必要なときに水を他所へ引かれたら、減らされた側は怒りますよ。ただでさえ降水量が減ってるのに。そのせいで畑を枯らした農家が出たりでもしたら、一気に不満が爆発して、用水路を破壊したりとかしそうですし」
ちょっと話は違うけど、中学で似たような話があった。
各階に設置されている冷水機のひとつが故障し、三年が一年の冷水機を占拠するようになった。その後どうなったかは、想像に難くない。食べ物や水が関わると、人間は思いのほか大胆な行動を起こす。
「オガミ。お前は農業に明るいのか?」
「あ、いえ、ただの予想です。違いましたか?」
「いや、実際にお前の言ったとおりの事が起こった」
「やっぱり」
「そうして困っていたところに、保護していたチキュージンが建設業に精通していたらしくてな、試しに任せたそうだ。そのチキュージンはオリジナルの『ダム建設』を計画した。5人の上級魔法使いと300人ほどの人手で、しかもたった2年で山の間に大規模な貯水湖が出現し、同時に建設された灌漑システムも上手く機能し、翌年には水不足はあっさり解決した」
それだけじゃない。
その後、彼が開発したダムと灌漑設備を各地に建造し、それにより国中で水の管理が容易になった。さらに治水効果(洪水を防ぐこと)により、農地と牧草地は年々拡大。国内の収穫量はすさまじい勢いで増加していった。
国庫は一気に膨れ上がり、そしていまだに増加を続けている。
それもこれも。
たった一人の地球人の発案によってだ。
彼はゼロからダムを生み出したわけじゃない。
すでにお手本があって、それをこの世界の技術に応用させたのだ。
でもこの世界の人から見れば、創造主も同じ。
なるほど。
『発想』とはそういう事か。金を産む卵という言葉も頷ける。
そしてそれを欲しがるような存在といえば――
「チキュージンの首にどんな値札が掛かっているか、だいたい理解できたか?」
「はい」
「聡いお前ならすでに結論に行き着いているだろう。自分を不幸に陥れる物の正体が」
「国家規模の、地球人争奪戦ですか?」
クラウディアさんは笑みを強めた。正解だったようだ。
マジかよ、と臍を噛む。
つまり、もし自分が地球人だと知られれば、たちまち国同士の争奪戦に巻き込まれることになる。それは巨大なミキサーに、生身で飛び込むようなものだ。個人の意思や人権なんて簡単に噛み砕く。
拉致され、人格が壊れるまで使われる。
背中に冷たい汗が伝った。恐ろしい未来なんて、いくらでも浮かんでくる。
斉藤さんが必死に口止めした理由がわかった。
「幸いなことに、チキュージンの存在を認識しているのは、ごく限られた国の、一握りの人間だけだ。目立つような行動さえしなければ、この国にいる限りは危険性は低い。しかし大っぴらに口外したら、どうなるかは知らんがな」
ごくり、と息を呑んだ。
「そこでオガミ、いまお前には2つの道が用意されている」
「道、ですか?」
「1つは我々の保護下に入る。もう1つはこのまま身元を伏せ、単身で生きる。さて、お前はどちらがいい?」
「……」
僕は机を見据えながら、逡巡した。
このまま彼女に保護してもらう方がいいに決まっている。少なくとも、彼女は信用に足る人物だ。僕の人権を尊重するという意思を示すために、わざわざこんな場を設けたくらいなのだから。
ただひとつ、気になる点がある。
「あの、保護下に入った場合、僕はどうなるんでしょう?」
「行動が制限される」
ああ、やっぱり。
「それって具体的に、どれぐらいですか?」
「お前はサイトウの行動範囲がどれぐらいか知ってるか?」
「いえ」
「サイトウが単身で行き来できるのは、このサルラの町の中だけだ」
「ええっ!?」思わず目を剥いた。
「町の外への移動は、限られた範囲のみ。それも護衛を連れない限りは不可能だ」
サイトウさんは運悪く、他国の人間にその存在を知られてしまった。
だから行動を厳しく制限し、定位置で防衛するしかない。
それが保護の限界らしい。
「このサルラには現在、500の兵が襲撃してきても駆逐できるだけの人員を配置している。しかしこれでも足りないくらいだ。なにせ相手は利益のためなら容赦なく町ごと潰しにかかるような連中だからな」
「なるほど……」
これ以上、考える必要はなかった。
僕は自分の結論を口にした。
「せっかくなんですが、僕はこのまま単身で活動します」
「いいのか? その自由と引き換えに、何の後ろ盾も無くなるのだぞ? 金優先で動くような国が、お前に何をするかなんて想像に容易いはずだ」
「覚悟の上です」
「それほど冒険がしたいか?」
「はい」
「……プッ」僕の断言を聞いて、クラウディアさんはおかしそうに喉を鳴らして笑いだした。「クッ、ククク」
「あの」
「ああすまん、あまりにキッパリと言うものだから、つい笑ってしまった。許せ」
「あ、いえ、気にしていませんので」
「だが、お前の意見に私も賛成だ。私がお前でも、そう答える」
言って、口の端を曲げる。
その凄みのある笑みの中に、柔らかな物が混じりだしたと、なんとなく感じた。
「オガミ。本来なら話はここで終わりだった」
「しかし私はお前が気に入った」
クラウディアさんはそう言って、テーブルの上に身を乗り出した。
一気に距離が縮まる。
頬に生々しい吐息がかかった。
鼻腔から脳を痺れさせるような甘い芳香が流れ込んでくる。まるでメスのライオンに首を甘噛まれながら、首筋を舌で愛撫されているような強烈な衝動に動けなくなる。
あとすぐ目の前に素敵オッパイが。
やばい。
いま一瞬、くらっと視界が揺れた。
顔を近づけられただけだというのに、骨抜きにされかけた。
「ククク。オガミは、大人の女がお好みか?」
「か、からかわないでください!」自分の頬がカッと熱くなるのがわかる。
「お前の反応が初心だから、ついな」
クラウディアさんは白い歯を見せながら、顔を離して元の位置に座りなおす。
それを少しだけ残念に思いつつ、次の言葉に耳を傾けた。
「オガミシンゴ。お前にこの世界の未来について話をしてやろうと思う」
「世界の未来、ですか?」
「あぁ、最悪最低のクソ未来だ。これを正確に把握しているのは、この国でも片手で数えるぐらいしかいない。お前にこれを聞く度胸はあるか?」
興味は惹かれる。
でも好奇心だけで頭を突っ込んでいい類の話じゃないことは空気で分かる。
聞くにはそれ相応の覚悟が必要だ。
「それは僕に関係のある話ですか?」
「直接の関係は無い。しかしチキュージンに深く関わることだ」
数秒の逡巡の後。
「……わかりました。ぜひ聞かせてください」
「いい目だ。いいだろう、話してやる。すこし待て」
クラウディアさんは懐から紫色の水晶を取り出した。そして卵の殻でも割るかのように、水晶をテーブルにコツンと叩き付ける。すると中空に一筋の電流が走る。
瞬きひとつの時間で、壁や天井に、紫の半透明の膜が張り付いた。
若干の息苦しさを覚える。
そして電車がトンネルに入った瞬間に感じる、あのキーンという耳鳴り。
なにか魔法的な膜によって、部屋の内側は完全に密封されたようだ。
好奇心がそそられた僕は、膜に顔を近づけようとする。
それを「やめとけ」クラウディアさんは止めた。
「機密保持用の特殊障壁が展開している。膜に触れた瞬間、耳から脳みそが出るぞ」
「いっ!?」
僕は仰天して椅子をガタガタと揺すり、部屋の真ん中へと避難した。
その様子にクラウディアさんは口端を歪めたが、やがて、表情を引き締めた。そうして次に彼女から出た言葉は、僕の肝を潰すには十分すぎるほどの破壊力があった。
「遠くない未来――」
「この世界で核戦争が起こるやもしれん」
一瞬で血の気が失せた。
核戦争。
核兵器。
その言葉に明るいものを想像するやつは自殺志願者だけだ。
綺麗な風景画に重油をぶちまけられたような気分だった。
口を開けようとして、でも、言葉が出てこない。
酸素を求めて水面に顔を出す魚のように、何度も唇を開閉させた。
「お前の動揺は手に取るように分かる。そしてその疑問もな。だが残念なことに、核開発は可能だ。それはサイトウのしていることを鑑みれば、なんとなくでも想像はできるはずだ。お前たちの世界の科学技術は、こちらの世界の魔法技術に転用可能なんだよ」
科学と魔法の転用。
それは本来、素敵な事のはずなのに。
この世界の未来を明るくする、そんな幸せな言葉のはずなのに。
まるで死神の高笑いのように、僕には聞こえた。
「チキュージンはこの世界に、発展以上の、動乱を生み出すことになる。
ヘリコプタ・センシャ・ミサイル。
これら兵器の試作品はすでに他国で確認されている。
まぁ実用段階にはほど遠いゴミばかりだがな。
しかし楽観はできない。技術は試行錯誤の末に完成に近づく。
戦争に投入されるのも時間の問題だ。
そうなれば小国が大国を相手にする事も十分可能になる。
質が、物量を上回る時代が来る。そうなれば今の均衡は崩れる。
あとはどうなるか、わかるな?」
「……はい」
沈痛な面持ちで僕は頷く。
そうなれば、あとは、1からやり直し。
戦乱の幕開けだ。
地球人のせいで。
「……くそ、なんだよ。なんだよそれ」
知らず、固く拳を握っていた。
目頭が怒りで熱くなる。
僕が言えた義理じゃないかもしれない。
でも、こんなの! こんなのあんまりだ!
こんな美しい世界に来てまで、現代世界のような、何千、何万の難民を生み出し続け、民間人すら武器を持たざるおえないような戦争をばら撒きたいのかそのくそ地球人どもは! そんなに他人が死ぬところを見たいのか! 他人の血肉で自分の懐を潤したいのか! くそ外道どもめ!
おまけに核兵器だと。
クソが!
クソッタレが!
右手から、緑色の燐光がこぼれおちる。
「オガミ。お前の憤怒を好ましく思う。しかしもう歯車は回りだしている。個人がどうこうではなく、この世界がそれを望んで動き出したのだ」
「望んでって、そんな、なんでっ!」
「……オガミ、純粋なお前には理解できないだろう。理解なんぞしなくていい」
自嘲めいた笑みを浮かべ、続ける。
「この世界の住人は、お前のいた世界ほど高度な知識と人格を持ち合わせていない。
干上がった畑を潤すために、他所から水を引っ張って、両方枯らすような下等な猿ばかりだ。
そんなバカが、無秩序に力を得ようとするのは、これはもう自然の摂理なんだよ。
その先にある灰色の未来なんぞ誰も考えちゃいない。考える頭の無い猿ばかりだ」
猿の親玉をした時期があるから余計に分かる、とクラウディアさんは吐き捨てた。
そして。
不快感を露にしつつ、この世界の、魔法の歴史を教えてくれた。
魔法がはじめて発見されたのが、いまから200年前。魔法という『可能性』は、しかし人類の進化には使われなかった。
魔法使いという高慢ちきな人種を生み出し、魔法はそいつらの野心の道具でしかなかった。魔力クリスタルという媒体をもとに、生活環境を改善する技術を生み出したのは、この世界の住人ではなく、地球人たちだった。
その間、この世界の住人は何をしていたのかと言うと、敵国の兵を一人でも多く焼くための火魔法の開発に必死になっていた。
人の頭をカチ割る石の代わりに、魔法を使う事しかできなかった。
「笑ってしまうだろ?」クラウディアさんは嘲りを浮かべる。「しかし、それがこの世界の実情だ」
そして愚かしくも悲しいことに。
魔法という可能性が生まれたことで、この世界は動乱を迎えた。魔法という制御できない暴力に飲み込まれ、人々は正気を失い、争いを続けたのだ。
もう聞かなくても分かる。
200年前と同じことが、これから起ころうとしているのだ。
「止めることは……できませんか?」
「無理だ。先ほども言ったように、兵器開発は各国で極秘裏に行われている。それはもう、どうすることもできない」
「そうですか……」下唇を噛む。
「そしてここからが本題だ。心して聞け」
「はい」
「兵器の開発はもう止められない。しかし核の出現だけは、なんとしても阻止する。そのために私はカンニバルという国を使う。この国にある全てを使い、あの悪魔の兵器を生み出す可能性を、すべて叩き潰す」
声を張っているわけじゃない。
しかし部屋の壁が波打つほどの圧が、クラウディアさんの声にはあった。
決意だ。
一言一言に、尋常ならざる決意が込められていた。
「核の知識を持つチキュージンの存在を、私は許さない。たとえその者が人格者であろうが、技術の平和利用を掲げていようが、改心していようが、見つけ次第、問答無用で殺す。もしこれを援助する組織がいた場合は、同様に撃滅する。それが国家規模であれば、その国ごと潰す」
「でも、そんなこと」
王族とはいえ、そんな事が彼女の意思だけでできるわけが無い。
しかしその言葉を出す前に、彼女は答えた。
「すでに悪しき独裁者になる準備は終えている」
そういって彼女は。
様々な意味が込められた笑みを浮かべた。
「……」
僕は自分の胸が震えるのを止められなかった。
彼女はたった一人で、この世界を核の脅威から守ろうとしている。
そのために、己の全てを犠牲にするつもりだ。
他人に、何の見返りも求めていない。
――英雄だ。
そう悟った瞬間、僕の口はひとりでに動いた。
「僕にも、なにか手伝いができないでしょうか」
するとクラウディアさんの眉が大仰に跳ねた。
「言っている意味がわかってるのか?」
「はい」
「それは義憤からか?」
「よくわかりません。ただ」
「ただ?」
「クソ野郎共を殺す手助けに、何か理由が必要なんでしょうか」
「…………クハッ!」クラウディアさんは目を細め、そして肩を揺らして笑い出した。
「ハハハハハ!」
その動きに合わせて、彼女のイヤリングが綺麗な音を立てる。
「ああそうだ、そうだとも。何も理由は要らない。やはりお前とは気が合う!」
「ありがとうございます」僕もつられて笑う。
「しかし私の手伝いがしたいなら、もっと腕を磨くことだな。せめて出陣する決断ぐらいは、自分一人で出来るようになっておけ。みっともない」
「うぐっ!!」
いきなり痛いところをつかれてしまった。
っていうかそれ、アイザックの話だよね。知ってたんだ。さすが王族。
顔を顰めていると、クラウディアさんの腕時計が「ピピッ」と鳴った。
「時間だ」
その言葉が合図であったかのように、部屋全体を覆っていた膜が一瞬で晴れた。
そろそろ、この対談も終わる。
そんな空気になってきた。
「ひとつ聞きたいのだが、山賊バズ討伐の懸賞金を辞退したそうだな。なぜだ?」
「あー、それは」
「金の無いお前が断ったんだ。何か理由があったのだろう」
「ええまぁ。アイザック――依頼主と150万で合意したんです。だから、予想もしない所から出てきたお金を、何の遠慮もなしに受け取るのは、その、なんというか」
「施しを受けているようで気が引ける、か?」
えっと。
ズバリ言われちゃった。
「青臭い考えかもしれないんですが」
「いや、お前にはお前なりの物の考え方があるのだろう。それを頭ごなしに否定するつもりは無い。しかし老婆心から言わせてもらうが、そうやって自分で自分をがんじがらめにしてしまっては、視界を狭め、見るべきものまで見えなくしてしまうんじゃないのか?」
「それは……」
「冒険をするためには金が要ることは、骨身にしみて分かっているはずだ。信念を貫くのは立派だが、そのせいで捨てなくてもいい権利まで捨てるのは、少々度が過ぎるんじゃないのか」
「……」
「そんな真剣な顔をするな。頑固ジジイになる前に『ほどほどにしておけ』という程度のアドバイスだ。気軽に聞き流せ」
「はぁ」
いや、たしかに彼女の言う通りかもしれない。
アイザックが持ってきた1000万は、やっぱり受け取る気にはなれない。
しかし山賊バズの懸賞金は? 同じか?
ちがう。
それは、僕の働きに対する正当な報酬だ。
受け取る権利――いや、義務があるんじゃないのか。
「山賊バズの報酬、やっぱり受けることにします」
「そうしておけ。どうしても気に入らないのなら娼館でパーッと使っちまえばいい」
「しょ、娼館」それはちょっとまだ早いです。
「しかしなんだな」
クラウディアさんは、クックと笑う。
「ずいぶんクソ真面目というか、面倒な性格をしてるんだな、お前は」
「す、すみません」
「謝るな。私は褒めてるんだ」
「……」えっと、どこがですか?
「だが、その性格では何かと苦労が絶えないだろう。もっと大雑把に、肩の力を抜いて生きてみたらどうだ?」
「大雑把、ですか」
「ククク、それができりゃあ苦労はねえよって顔だな、オイ」
「えっ、いやっ、僕そんな顔してましたか!?」
「冗談だ」
カラカラ笑いながら、クラウディアさんは席を立ち、ドアへと向かう。
そしてドアの前に立つと、肩越しに視線を送ってきた。
「もし、どうしても生き辛いと感じるなら、私の所に来い」
「とびきりの人生を用意してやる」
その言葉と、ウィンクを残し、彼女はドアの向こうへと消えていった。
それを僕は、顔を紅潮させたまま見送る事しかできなかった。
まるで桜を舞い散らせながら過ぎ去る、春の嵐のような女性だった。




