2-21 危険な面談
アイザックと気持ちの良い別れをした僕は、そのまま冒険者ギルドへと向かった。
斉藤さんに頼まれていた人物と会うためだ。
だが待ち合わせまでには、けっこう時間がある。
僕は道すがらサンドイッチをつまみ食いし、ぶらぶらと昼下がりの町並みを散策したが、それでも時間が余った。なので先に罰金20万を払うことにした。
懐には金貨15枚のずっしりとした重み。
この重さが、僕の足取りを軽くさせる。
僕は晴れやかな気分のまま、ギルド入り口の扉を開けた。
「?」
心なしか、空気がピリついているような気がした。思い過ごしか?
首を傾げつつ受付カウンターで身分証を提示。あとはお金を渡したら手続きは完了。実にあっけないものだった。
これでー20万という足かせともおさらばだ。自然と笑みがこぼれた。
どうせだし、ステラさんにも一言報告しておこうかと思ったが、見当たらない。
この時間は必ず一階に居ると聞いていたんだけどなー、と不思議に思いつつ首を巡らしていると、一人の男が近づいてきた。
「オガミ様でよろしいでしょうか?」
「えっ、あっ、はい」
まるで塾講師にいそうな生真面目そうな雰囲気の、20代半ばの男だ。
男はギルド職員の服装をしていなかった。どちらかというと軍服に近い。
もちろん彼に面識は無い。
これから会うのは女性だ。
じゃあこの人はいったい?
こちらの警戒を察したのか、男性はあわてて付け加えた。
「サイトウ様の件で案内を仰せつかっております、アルジと申します」
「あぁ、そうでしたか」
ホッと緊張を緩める。
アルジさんの案内に従い、僕はその場を後にした。
冒険者ギルドの5階。
このフロアは、一階とまったく違った、物々しい様相を呈していた。
かなり警備が厳重で、階段からこのフロアを歩くまでに、3回ほど身分証の提示と、鉄格子の扉をくぐった。
数メートル歩くごとに警備兵とすれ違う。
よく見れば、天井の隅に監視カメラのような水晶の装置がいくつも埋め込まれており、魚の目のようにギョロリと動いて、辺りを見回していた。
僕は『特別室』という部屋に通され、ここで待つようにと告げられた。
この特別室というのは10畳ほどの広さで、四方を窓のない壁に覆われている。
家具といえば中央に簡素なデスクと、対になるように椅子が2脚。
そして壁には、大きな長方形の鏡が設置されている。
まんまドラマの取調室だ。
壁に映し出されている自分は、まるで尋問を待つ容疑者のようだった。
なんだよ、これ。
絶対普通じゃない。
このあたりで浮かれていた気分が一気に冷めた。
鏡を見つめながら思案する。
いま自分に何が起こっているんだ?
人に会うだけじゃなかったのか?
それとは別件?
まさか……まさかバズは人違いだったとかか?
いや、そんなわけはない。『毛髪鑑定』は本物だった。
毛髪鑑定とは、死者の毛髪を特殊な装置にかけることで、その者の身元や、死の直前数分の記憶を呼び起こすことができるらしい。現実世界のDNA鑑定よりも高度な代物だ。持ち帰った毛髪は、本物だと証明できたはず。
じゃあ、いったいこれは何だ?
何が起きてもいいように緊張を漲らせていると、コンコンとノックの音がした。
そしてこちらの返事より先にドアが開き、一人の大柄な女性が入ってきた。
――肉食獣だ。
彼女を一目見て、そんな感想が浮かんだ。
羽織っているロングコートには、蛇の鱗のような趣向が施されている。
純白の立衿シャツ。ブラックのレザーパンツに、無骨な金具のベルト。
ウェーブ掛かったシルバーグレイのロングヘアーは、獅子の鬣のような貫禄がある。
シャツのボタンは大胆に開けられており、そこから豊満な谷間が覗いている。
まるで映画に出てくるマフィアの女ボスのような風貌。
凄みのある美貌を持った、妙齢の女性だった。
彼女はコツコツと床を鳴らしながら、優雅に僕の対面に着席した。
「……」
言葉が、出せない。
その存在感に圧倒されてしまって、彼女の許しがなければ声を出してはいけないと、自然と思ってしまった。視線が交差する。するとまるで、彼女に全てを見透かされ、裸に剥かれているように錯覚する。
だが嫌な気分じゃない。むしろ……。
いや、えっと、ちょっとまって。
もしかして僕はマゾの気でもあるのか?
などと呆けていられたのも、そこまでだった。
ゴージャスな女性に次いで、ローブに身を包んだ2人組の男女が入室した。
その瞬間、
「!!」
背筋に、撃鉄を落とされたような衝撃が走った。
ローブの隙間からはライトアーマの一部が見える。
腰には片手剣。ローブの膨らみ具合から、内側にも武器を隠していると予想される。
二人組みのうち、片方は見覚えがある。さきほど僕を案内してくれたアルジだ。しかし纏っている雰囲気は別物だった。
二人組は美女の後ろに横一列に並ぶと、僕に視線をぶつけてきた。
その視線から、僕は危険な匂いを嗅ぎ取った。
はっきりと言葉にすると、『どちらかが僕を殺そうとしている』。
うまく説明できない。だが、いまのこの状況はそういうことだ。
部屋の中が、鼻の奥を刺すようなピリついた空気で充満していく。
まるで可燃性ガスだ。
どちらかが不穏な動きを見せた瞬間、静電気を起こして誘爆する。
僕は低く呻いた。
最悪だ。最悪の事態になった。
この世界には僕より遥かに強い人がいることは理解している。だがまさか、こんな早い段階で正面衝突するとは思ってもみなかった。
疑いたくは無いが、もしかしたら斉藤さんに騙されたのかもしれない。
脳みその危険を察知する部分が、さっきからヒステリックに悲鳴を上げ続けている。いますぐ逃げろ、でないと殺されるぞ、と。できるならそうしたい。でも僕に逃げ場はない。唯一の出入り口が塞がれているからだ。
僕はテーブルに置いている右手に意識を集中させた。
数日前の実戦経験が、いまからこの部屋で殺し合いが起こることを予言している。
逃げ場は無い。やるしかない。覚悟を決めろ。
そしてアクションは突然起こった。
僕の対面に座る美女が、スッと目配せした。
次の瞬間、アルジが剣に手を掛けようとしたのだ。
「止まれ!」
僕は床を蹴るようにしてテーブルから離れ、部屋の角が背につくような位置に立ち、同時にベレッタM92Fを召喚、その銃口を向けた。
続けざまに、鋭く言葉を放つ。
「その剣をあと数センチ抜けば殺します! 今すぐその手を離せ!」
悲鳴のような警告。余裕があるのはこれが限界。
もうここから先は人間の言葉を発しない。
そんな僕を見ていた美女が、薄く笑った。
「彼に従え」
「……は」
アルジは短く応えると、剣から手を離した。
お前じゃねえよ!
「僕が言っているのはそこの赤髪の女性です! 今すぐローブから手を出しなさい!」
僕の銃口は、アルジを素通りして、赤髪の女性に向けられていた。
入ってきた3人の中で、この赤髪の女性が脅威だとずっと感じていた。
根拠はなく勘だけ。
しかし勘は的中していた。
注意していなければ彼女が剣に手を伸ばしていたことに気づかなかっただろう。
もし気づかなかったら、アルジがこれ見よがしに剣を握ろうとしたのに注意が移ったはずだ。結果、気づいたときには彼女の攻撃がこっちに当たっていた。
今のはそういう瞬間だった。
赤髪に先手をとられることだけは、なんとしても避けたい。
そして出来れば、このまま交戦という流れは止めて欲しい。
「くっくっ」
張り詰めた空気の中、美女の含み笑いが響いた。
やがて。
「彼と二人だけで話がしたい、お前たちは下がれ」
「はっ」
二人は素直に従い、退室した。
部屋のドアが閉まったのを確認して、僕はようやく緊張の糸を緩めた。
何が起こっているのかは分からない。だが一先ず危機は去った。
拳銃を消去すると、まるでバスタブの栓が抜けたように、勢いよく体から力が抜けていった。壁に背を預け、はぁぁぁ、と肺に溜まった息を吐く。
やばかった。
今のは本気でやばかった。
赤髪の女性がもし、本気で攻撃するつもりだったら、死んでいたかも知れない。結果がどうなるかは時の運だが、五体満足でこの部屋から出られるとは到底思えない。
戦わずに済んで本当によかった。
どっと脂汗が出る。
だが僕の衝撃は、これだけでは終わらなかった。
「座って話をしないか? オガミシンゴ」




