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2-16 闇に蠢く





「……やっぱりか」

 小さな呟き声が草葉を揺らす。

 茂みにその身を沈めながら、僕は一点を凝視していた。

 蒸留小屋はすぐに見つかった。

 そして思ったとおり、そこは囮だった。

 木造平屋の10坪ほどの小屋。劣化が激しく、壁板に亀裂が入り、中の様子を外から窺うことが出来る。

 室内には豆電球ほどの明りが2つほど灯っていた。

 いかにも人が隠れていそうだが、そこに人は居ない。

 物音がしないのだ。

 おまけに地面を良く見ると、雑草に紛れさせるようにして、釣り糸のような半透明の糸が張られている。糸は地面すれすれ。ランプの灯りを頼りに歩いていたら、こんなもの絶対に踏むだろう。

 これは人の足を引っ掛けるようなものではなく、おそらく踏んだら遠くの装置が作動するような仕掛けなんだと推察した。

 踏んでみないと分からないが、それを試すつもりはない。

 人が持つ博愛は忘れたというのに、こういった部分は几帳面なんだな。

 ――上等だ。

 ますます殺さないといけなくなった。

 僕は闇に身を潜め、しずかにその時を待ち続けた。

 1時間後。

 ようやく目標を発見した。

 一人の男が、木々を縫うようにしてその姿を現した。

 提げているランプには、布が被せられ、光量を抑える工夫をしている。

 粗末な服。

 不潔な頭。

 そして、あきらかに堅気じゃない人相。

 間違いない。山賊バズの一味だ。

 男の首にはラッパが下がっていた。もし異変があれば、あれで後方へ告げるのか。

 男は蒸留小屋から離れた場所で止まり、一本の太い樹木に腰掛けた。そして根の辺りに隠してある『何か』をいじりだした。きっと仕掛けが作動したかどうかを、ああして確認しているのだろう。

 丸まった背中を、離れた位置から凝視する。

 胸がざわついてきた。

(……ダメだ……抑えろ……まだだ)

 歯を噛み合わせ、ふぅぅと細い息を吐く。

 男は手短に作業を終えると立ち上がり、いま来た道を戻りだした。

 僕は男から100m以上離れた位置をキープし、その後を追った。

 風で木々の枝葉が揺れる音に合わせて足を動かし、うまく自分の足音と同化させる。

 特殊な訓練を受けた覚えはない。こういったことは自然とできる。

 時折、忘れそうになる。

 自分が人であると同時に、森で生きる狼の魂も持っている事を。

 それをこの森が思い出させてくれる。

 僕は闇に蠢く獣となって、静かに獲物の後を追った。





 森の中に、息を潜めるようにたたずむ山賊バズの根城。

 それは二階建ての民家だった。

 元の持ち主がいなくなって随分経つのだろう。

 壁にはツタが走り、外壁も変色し、ところどころ朽ちている。

 出入り口は2つ。

 窓にはすべて内側から板が打ち付けられている。部屋の明かりが外へと漏れないことから、おそらくは布も張られているのだろう。なので窓からの侵入は難しい。

 僕は岩の陰に身を隠し、周囲を観察した。

 人影は無い。

 だが注意深く観察すると、やはり先ほど同様、透明な糸が所々に張られている。

 見回りに行っていた男の装備を見ると、ただの布の服に鉄の剣だけだった。

 旅人の言ったとおり、それほど腕の立つ連中ではなさそうだ。

 さぁ、どうする?

 頭の悪いB級映画だと、雄たけびを上げて正面から突入したりするのだろう。

 しかしここでそれを行えば、どうなるかは火を見るより明らかだ。

 まず間違いなく人質は死ぬ。

 だから、まず優先すべきはアントンの確保。

 それも相手にギリギリまで気付かれないように行動する必要がある。

 そのためには内部の情報が要るな。

 しかたない、一人捕まえて拷も――尋問するか。

 僕は根城からすこし離れた、なだらかな傾斜になっている位置に移動し、建物全体を見下ろすような形で張り込みを始めた。

 そして監視の目を光らせつつ、僕はスペルブックを開いた。

 尾行中、スペルブックに『更新』のサインがあったのだ。

 男の後を追っていたため詳しく見ていなかったので、今のうちに確認しておく。

 更新は、嬉しいことに2つあった。

 しかもそのうちの一つは、今の状況に無くてはならない代物だった。

 銃のページに装弾数とは別に、新たに「アクセサリー」の項目が追加されていた。

 アクセサリーとは、それを装着することで取り回しをしやすくしたり、照準の手助けをしたりと、射撃の手助けをしてくれるアイテムのことだ。

 そしてベレッタM92FとM4A1のアクセサリー欄に――


「サプレッサー(消音機)」が追加されていた。


 サプレッサーは、射撃時の発射音と発射炎を低減させるものだ。

 ……でもこれ、本当に使えるのか?

 不安が胸をよぎる。

 ゲームや映画だと射撃音が「ヴス、ヴス」という空気の抜けた音量まで抑えられ、室内でも相手に気付かれないという描写なのだが……実銃の場合はそこまでの消音効果は期待できないらしい。撃ったことがないのでわからないが、動画共有サイトで見た時は反響音が減少している程度にしか感じなかった。

 実際に撃ってみないことには考えようが無い。

 ちょうどいい、尋問のときに使用するとしよう。

 もし期待以上の効果があるなら、この後の室内戦闘がぐっと楽になる。

 そして2つ目の更新。

 こっちは新しい銃の追加だった。

 少しワクワクしながら脳内でページをめくった僕は、

「………………最悪だ」

 おもわず落胆の声を発してしまった。

 新たに加わった銃は、超大型の回転式拳銃。

 S&W M500(スミス・アンド・ウェッソン M500)

 4インチ。シルバーモデル。

 .500S&Wマグナム弾という、威力を高めるためにバカみたいに火薬の量を増やした弾丸を使用する、まさに「アメリカ人」という言葉がぴったりの拳銃だ。

 その威力は、ダーティーハリーが使用する44マグナム弾の3倍を誇る。

 まさに世界最強の拳銃といえる。


 ゲームでしか使ったことがないが、僕はこの拳銃が嫌いだ。


 威力こそ凄まじいが反動がめちゃくちゃで、一発目を撃った瞬間、照準が天井を向くのだ。そのせいで何度もゲームで負けた。あくまでゲームでの話だが。

 召喚しなくても、どういう性質の銃かはわかる。

 試射もなしに、いきなり実戦投入はやめたほうがいいだろう。

 今回、出番はなさそうだな。

 若干落胆を滲ませつつ、スペルブックを閉じた。

 そこでふと、僕はあることに気付いた。

 スペルブックの更新は2つだった。

 弔った遺体は2つ。

「……」

 この数字の一致を、僕はただの偶然で片付けたくなかった。





 それほど待たずに、次の見張りが姿をあらわした。

 背の低い、トカゲのような形相の小男。首にはラッパ。

 よく見ればズボンの裾は、泥はねと、そして『返り血』で汚れていた。瞬間、鼻の頭に皺がよる。絶対に容赦しない。

 僕はゆっくりと、だが確実に、小男との距離を縮めていく。

 そして根城から大分離れたあたりで、僕は準備を始めた。

 まずベレッタM92Fを召喚。

 召喚時、緑の発光が起こるため、両手を服の中に突っ込んで行う。

 次いで、サプレッサーを召喚。

 黒く、細長い筒が出現。サプレッサーはマガジンと同じく、左手から生み出された。どうやらアクセサリーの類は左手担当のようだ。

 召喚コストは低いが、銃同様、維持に魔力消費がかかるようだ。

 まぁ問題ないレベルだ。

 装着にすこし戸惑ったが、試しに銃口にくっつけてみると、まるで磁石のS極とN極のように、勝手にくっついた。

「……」

 さすがファンタジー。所々が本当に雑だ。

 最後にマガジン。

 今回の弾丸はトトリ峠で使用したものよりも、さらに火薬量を減らしている。

 これはベレッタを『長時間、人を痛めつける道具』にするための弾丸だ。

 男との距離は10mを切った。

 まだ気付いていない。

 最後にレザーグローブのベルトを絞める。準備完了。


 そして僕は、何の予告もせず小男の背中に3発の弾丸を浴びせた。


 闇夜にプップッという、空気の膜にマチ針を刺したような不気味な音が響く。

 消音効果は予想以上。マズルフラッシュ(発射炎)も完全に抑制され、闇に自分の姿が浮かび上がるなんてこともなかった。

 弾丸を受けた小男は、突き飛ばされたように地面を転がった。

 目を見開き、口を金魚のようにパクパクとさせている。

 悲鳴を上げることさえできない様子。

 背中に被弾したことで小男の肺は強引に収縮され、さらに横隔膜がショックを起こし、瞬間的な呼吸困難の状態となったのだ。さながら空手有段者の正拳突きを、リラックスしているその背中に叩き込まれたのと同じようなものだ。

 だがその症状も数秒だけ。

 小男は地面に伏したまま、なんとかラッパに手を伸ばそうとする。

 それを僕は許さない。

 ラッパに一発、腹に一発。

 小男は悲鳴も上げられず、開いた口からくぐもった音を漏らす。

 アルコール臭い吐しゃ物を撒き散らし、足をバタつかせて転げまわる。完全に小男が冷静さを失ったのを確認してから、僕は自分の姿を月明かりにさらした。

 そして。

「こっちを見ろ」

 小男は顔を向ける。そして電流でも流されたように硬直した。

 半開きにしたままの唇が細かく震えだす。

 小男の目には、さながら闇の裂け目から表れた幽鬼のように映っているのだろう。

 月のライトを浴びて、ベレッタM92Fのカーボンブラックのスライドが獰猛な光沢を放つ。その銃口を揺らめかせながら、僕は静かに言葉を続けた。

「解放されたかったら、質問に答えろ」






 小男は大した抵抗もせず、僕の質問に応じた。

 得られた情報の信憑性を確認するため、たまに時間差で同じ質問をする。

 そうして数や配置が合っているか抜き打ちでチェック。映画で学んだ知識だが、十分に役に立つ。仮に合っていなければベレッタの出番。

 そうして正確な情報を引き出していった。

 まず屋内には、バズ・ホルミノフを含めて6人。

 配置は1階に2人が常駐。

 残りは2階。

 人質は1階の貯蔵庫に閉じ込められており、鍵はボスが持っている。

 正面入り口は、内側から顔を確認しないと入ることが出来ない。勝手口のほうは音が鳴る罠が仕掛けられているだけなので、こっちからの侵入となる。

 最後に、何か合図はないか尋ねた。

 するとボスの部屋を開ける時に合図があるそうなのだ。

「2回、一拍あけて、3回ノック」

 だ、そうだ。

 だいたいこんなものかな。

 僕はベレッタの銃弾を『ある特別なもの』に変更すると、まだ何か言おうとしていた小男の眉間を撃ち抜いた。

 眉間にプツッと赤い点が生じる。

 しかし進入した弾頭は後頭部を突き破ることなく、頭蓋骨内部にとどまった。

 スライド、銃身ともに異常なし。

 僕は一人頷いた。これなら使える。

 そこで小首をかしげた。

 さっき何か、命乞いのような事を言っていたような気がしたけど、まったく聞いていなかった。まぁ続きは閻魔にでも喋ってればいいさ。どうせお前は地獄行きだ。

 小男を『解放』した僕は、根城へと足を向けた。

 さぁ。

 ここからはスピード勝負だ。











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