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2-13 自ら鎖につながれて





「やはりな」

 書類に目を落としつつ、私は呟いた。

 背もたれに体重を預ける。

 すると黒龍の皮で出来たチェアは、不快な軋みを上げることなく、ちょうどいい具合に私の背を包んだ。

 手元にある書類は、腹心の部下によって作成された対象者の調査報告書。

 さきほど届いたものだ。

 期間は2日間だが、その内容は、以前の報告書を根底から覆すような代物だった。

 まず確認できた魔法は合計2つ。

 新たに確認されたのは、近距離戦闘に特化された礫魔法だった。

 以前入手した写真の中で、左腿に「礫の種が入った箱」が2つ装着されていることに、あとになって気付いた。その箱が異様に小さいことから、まさかとは思っていたが、どうやら想像した通りだったわけだ。

 トトリ峠でこの近距離の礫魔法が使用され、どの程度のものか知ることが出来た。

 魔法の出現は早いものの、その威力は拍子抜けするほど低かった。しかし書類には「暴徒鎮圧のためにわざと威力を落としている可能性あり」という注釈が入っている。

 もしそうなら額面どおりの魔法じゃないってわけか。

 次に、魔法障壁の存在も確認できた。

 測定器で観測したところ、一般的な障壁程度には防護性能があると書かれている。

 しかし一般的な魔法使いのように、浮遊による空間固定ができないことが問題だと指摘している。出現させるまでは浮遊魔法が利いているのだが、障壁が完成すると重力に従うようになる。変形させる時も浮遊はしているが、それも一時的なもの。

 これでは、ただの板だ。

 手で持つか体に接着しないと、まともに運用できない。

 なんとも不便な話だな。

 しかし地面に癒着させて固定する、その技術力の高さは卓越した物があった。

 もし障壁の厚さを自在に増すことが出来れば、それなりの物にはなるか。

 このあたりは使い手の今後の努力しだい、といったところかな。

 次に、礫の発射間隔。

 それは驚異的な短さだった。

 短距離の礫魔法だと2秒を切っている。比較的早いなんてレベルじゃない。

 出現の早いアイスダガーでも、次弾発射まで平均3秒はかかる。

 おまけに狙いも正確だ。

 礫は水平に飛ぶため、いちいち魔法の『筒』を水平にして目標に向けなければならない。しかし対象者は、その特殊な作業をかなりの速度でこなしている。先端につけられた突起を目印に、照準を合わせていると書かれていた。もしそうだとしても、ここまで正確に動けるものなのか? 

 このチキュージンは、前いた世界で軍事訓練を受けた少年兵だという私の説も、あながち的外れではなくなってきたな。

 にしても――


 いい加減。

 こうしてガラスケースの外から眺めるだけってのにもウンザリしてきたな。


 私は書類から顔を離し、天井を仰いだ。

 タバコを吸わなくなったため、執務室の天井は綺麗なものだ。私室のそれなど、炭焼き小屋かと思うくらいに煤けている。

 綺麗な天井紙を眺めつつ、考える。

 今回の報告書は、アルジのそれとはまったく別物だった。

 しかし私はアルジを責める気にはなれなかった。

(色々、嫌がらせを受けていたようだしな)

 私の手元には、調査報告書のほかに、もう一通、別の書類が届いていた。

 それは第三者による妨害工作の報告だった。

 その気になれば、すぐにその犯人の首根っこを掴むことはできる。

 しかし私はあえてそれを許可しなかった。指示したのが誰かが判ると、かえって面倒なことになるからだ。

 対象者がチキュージンであるとバレさえしなければ、問題にはならない。

 真相を隠蔽するための疑似餌をばら撒かせてある。

 今はそれで十分だ。

 もし嗅ぎつければ『不慮の事故』にあってもらえばいいだけだしな。

 そもそも、この妨害自体に大した意味は無い。

 それは私がやらされている書類作業も同じだ。

 こんなもの、本来私がする必要の無いものばかりだ。

 私をこの執務室から動かさないための、いわば『鎖』でしかない。

 だが私はすべてを理解した上で、あえて異を唱えず、大人しく従っている。


 私の目的達成のためには、これも必要な事だからだ。


 数年前。

 私はある目的のために、この国の平和路線を180度覆し、強行な手段をとった。

 まぁ、ありていに言えば戦争を始めたわけだ。

 周辺国の安易な挑発にわざと乗り、土俵に上がってやった。

 しかし戦争といっても、大規模な軍事衝突には発展させなかった。

 なぜだと思う?

 それは私が、『始まる前に全てを終わらせていた』からだ。

 私が土俵に上がった時点で、勝負は決まっていた。

 そこであの戦争は終わっていたのだ。

 戦争といえば、いまだにチンタラと時間を労して人数をかき集め、蟻塚みたいな不細工な拠点をいくつもおっ立て、定点でバカスカと大規模魔法を打ち合い、平原で人と人とをぶつけ合わせるものだと、軍の連中は信じている。

 物量が多い方が勝つという100年前の常識に、いまだ縛られている。

 それではもうダメなのだ。

 これから先、そんな物は通用しなくなる。

 そういう時代が必ず来る。『その時』が来てから変えていては手遅れなのだ。

 わざわざ千の人員を一箇所に揃えなくとも、的確な人員を、的確に運用すれば、少数で敵の内部に打撃を与えることが出来る。そこを少数の別働隊で叩けば、勝負はあっという間に終わる。

 100に対して200をぶつける時代は終わったのだ。

 100に対して優秀な1で内部を破壊させ、10で出てきた頭を即座に潰す。

 「スピード」と「正確な情報」と「前後の連携」さえ揃えば、正面から力押しなんてダサい真似はしなくていいのだ。

 それを軍人たちに肌で分からせるためにも、優秀な1の役割を『175部隊』にやらせた。

 いわばパフォーマンスだ。

 敵国の人命をつかった、な。

 当然これといった戦災も無く、たった1ヶ月足らずで戦火は鎮まった。

 私が主導した国家戦略は成功し、この国は平和とさらなる繁栄を得ることになった。

 あとは得られた資金と時間を使い、さらなる軍備の拡充を計る。

 そこまでは狙い通りだった。

 しかし、ここからが問題だった。

 圧倒的過ぎる軍事的勝利は、、カンニバル国中枢部に、簡単には払拭できない猜疑心を植えつけることとなった。もし私が心変わりを起こし、その牙が国内に向けば、この国は瓦解する。そんな被害妄想を勝手に膨らませ、官僚たちは勝手に怯えるようになったのだ。いや、アホか。どこまで馬鹿なんだ?

 しかし無視もできない。

 国の内部で恐怖が蔓延しているようでは、今後の計画の妨げになりかねない。

 だから私は、戦後、武力を放棄し、名誉も権利も放棄し、それを公の場で表明した。王である父の前で宣誓もした。「私は国民を思えばこそ鬼になったんですよ、父から王位をブン捕ろうとクーデターを起こすような悪いヤツじゃないんですよ」と、馬鹿でもわかるようにアピールした。

 なのにあまり効果はなかった。

 それどころか、私のあからさまな態度が、疑いの目をさらに強くさせてしまった。

 はぁー。

「……臆病者どもめ」虚空に向かい、吐き捨てる。

 股間にぶら下がってんのは干したニンジンか? ボケどもめ。

 結局、表立ったいくつかの計画を破棄することになった。これ以上『計画』が遅延するのを避けるため、私はここで大人しく監視され、私以外の者に水面下で動いてもらうことにした。

 暇で暇で死にそうだが、我慢するしかない。

 そうまでしてでも私は――

 カンニバル国を早い段階で軍事強国にしなければならなかった。

 いずれこの国は、いや、この世界全てが、本当の意味での戦争を知ることとなる。


 チキュージンという渦が生み出す戦乱に飲み込まれる。


 その時のための改革が必要だった。

 そのために、先の軍事衝突を利用したに過ぎない。

 カンニバル国は、敵国には容赦しないという事実を持たせる必要があった。

 だから私は、あえて捕虜を許さなかった。

 講和条約の制定の際も、相手国の経済に打撃を与えるような賠償金と、複数の天然資源の所有権、その譲渡などをつきつけた。

 そして脅して全ての要求を飲み込ませた。

 いちいち口に出さずとも、前例が物語るようにしなければいけなかったのだ。

 カンニバル国がどんな国かを。

 敵国に何をするかを。

 来るべき『災厄の日』に備え、カンニバル国は平和ボケの国から、敵国と定めた瞬間すべてを蹂躙する、凶悪な軍事大国に変貌する必要があった。

 誰かがしなければいけなかった。

 だから私がした。

 この国の未来を守るため。そしてこの国の――私たちが血みどろで築いた富と平和をまるで天から降ってきた餌のように貪るブタの分際で口ばっかりは一人前でよくも知らない事情をさもわかったような面して喋りテメーでは何もせず何も考えず何も生み出さず批判しかしないブタ――じゃなくて愛すべき国民のよりよい未来のためにな。

「……ふー」

 眉間のあたりに溜まりだしたストレスを、頭を振って追い出す。

 この国の未来を案じ、まっ先に行動したのは、国民でも、官僚たちでもない。

 別の住人たちだった。

 私は、机の角に飾っているツルの頭を、やさしく人差し指で撫でた。

 古い友人との約束があるから、仕方なく今のポジションにいるだけだ。

 国民など愛していない。

 私が愛しているのは『奴ら』だけだ。

 私が守っているのはブタ共の100年後ではなく、『奴ら』と『約束』だけだ。

 そして友人と交わしたその約束も、そろそろ果たせそうだ。

 そうなったら私は、いったん舞台から下がらせてもらう。


 私には別にやることがある。


 『ブタ小屋の改築工事』もそろそろ大詰めだ。

 あらたな安全保障条約もおおむね良好。

 あの鬼が巣くう島の女帝と手を組めば、今後、さらにやりやすくなる。

 それに『特務機関』では、すでにそれなりの成果が出ている。

 あとすこしだ。

 あとすこしで、下地が出来上がる。

 そこまで考えて、私は目頭を揉んだ。

 蟻の様な文字を追い続けていた目を労わるように。

 飼い犬のポーズをさせられている自分を慰めるように。


 しかし、

 そろそろ待つのにも限界が来ている。


 私の気持ちを急かしているのは、間違いなくこいつだ。

 私は一枚の写真を指で摘む。

 そこには、任務を無視して暴れている対象者、オガミ・シンゴが映っていた。

「楽しそうな顔しやがって」

 羨ましいじゃないか、こいつめ。

 顔の部分を、人差し指でピンッと弾く。

 するとまるで、それが合図であったかのように、扉をノックする音が聞こえた。

 応じると、一人の政務官が入室。

「クラウディア様。転移魔法の準備、整いました」

「ああ」

 今頃かよボケ、とは言わない。

 これも私の体に繋がれた鎖の一部だからだ。

 今は素直に応じてやる。今はな。

 そう思いつつ立ち上がった瞬間――ツルが何か喋ったような気がした。

 言葉は聞き取れなかった。

 ただの幻聴だ。だがその幻聴は、ひどく懐かしいものだった。

 私はツルに向かって寂しく微笑みかけた。





 


 化けて出てくんじゃねーよ、ピチカ。









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