2-09 僕の位置 彼女の位置 すこし近く
再び斉藤さんの店を出た頃には、夕方になっていた。
めちゃくちゃ時間を使ってしまった。
おいマジかよと思いつつ、僕はリュッカさんがいたカフェテラスに行った。
居ない。ずっとここに居る訳ないか。
思い直し、僕は別の場所を探す。
冒険者ギルド、噴水広場、露店など、とにかく手当たり次第に探しまくった。
しかし見つからない。
焦りで呼吸が乱れ、運ぶ足を遅くする。
「気をつけろ馬鹿野郎!」
「すみません!」
左右をよく見ずに道路を横断して、馬車とぶつかりそうになった。
頭を下げ、ふたたび走り出す。
斉藤さんの「もう時間がない」という言葉が頭をよぎる。
明日じゃだめだ。
でも、どこを探せばいいんだ。
僕は、リュッカさんが何処に泊まっているかも知らない。
普段なにをしているのかも知らない。
彼女がなぜここに来て、そしてなぜ剣を持っているのかも知らない。
知っているのは性格と名前と顔だけだ。知り合いと言えるほどには時間を共にしているのに、なんて様だ。
仲直りしたら色々聞こう。
シャツが汗だくになるのもかまわず町中を走り回り、ようやく僕はリュッカさんを見つけた。そこは一番最初にリュッカさんに案内されたレストランだった。
まだ開店準備中だったが、リュッカさんは構わず窓際の席でテーブルについていた。
息を整えてから、店の中に入る。
その背中へと、一歩一歩近づくにつれ、心臓が痛いほど跳ねだす。
走ったからじゃない。今すぐ逃げたいからだ。
やがてリュッカさんの隣に立つが、彼女は頬杖をついたまま僕のことを無視した。
気付いている。でも、反応してくれない。
それがとても痛いことなのだと、この時になって初めてわかった。
この瞬間ほど、彼女の普段の罵声を恋しいと思ったことはなかった。
僕は意を決し、バッと頭を下げた。
「……なんの真似よ」
僕のつむじに、凍った刃物のような声が降りかかる。まるで他人のような声。
まるで彼女とのこれまでの交友関係がすべて白紙になり、赤の他人に戻ったような、そう錯覚させる声だった。
ここでテンパってしまった。
僕は何か言う前にポケットから包みを取り出すと、テーブルに置いた。
そして臍をかんだ。
あぁくそ、手順を間違えた。
謝罪したあとカッコよく渡すはずだったのに。
「……何よコレ。ってか何? アンタさっきから。目障りだから失せなさいよ」
降りかかる声に、さらに棘が増す。
どんどん余裕がなくなる。
そもそも無視された時点で余裕なんて空っぽになっていた。
ああもう考えたって仕方ない。もういい、どうにでもなれ!
僕はうつむいたまま、思ったとおりのことを口にした。
「さっきはごめん!」
頭の中にいろいろな言葉が浮かんだが、口から出たのはその一言だった。
そしてそれ以上、何も言葉をつなげられなかった。
モップ掛けしている店主の足音がやけに大きく聞こえる。
いまリュッカさんがどんな表情をしているか、怖くて見られない。
逃げ出したい。でも逃げられない。
ぎゅっと目を瞑る。
僕は頭を下げた姿勢のまま、鉛のような沈黙を味わった。
やがて、僕の髪をそっと撫でるような、そんなか細い声が返ってきた。
「……まぁ……私も……その……笑って悪かったわよ。ア、アンタが……グズグズ落ち込んでるのが気に入らなかったのよ」
えっ!? それってもしかして。
フローリングの床から、リュッカさんの顔へと視線を移す。
そして再び固まった。
そっぽ向いているリュッカさんの横顔が、あの時の、先に謝られた母さんの雰囲気にソックリだったのだ。
「……許してくれるんですか?」
「私は慈悲深いっつったでしょ? アンタ頭だいじょうぶ?」
いつものリュッカさんだ。
あぁくそムカつくなあ。頬が緩みそうになる。
「で、いつんなったらコレの説明をしてくれるわけ?」
さきほどの小包みを、長い爪でピンッとはじく。
「袋を開けたらわかりますよ」
「えー、なによ平民の分際で、この私に貢ぎ物?」
「……はい」
プレゼントって言えないのかよ。
「フーン。貢ぎ物ねぇ。ボロ布着てるアンタから物なんて貰ってもねー」
いいからさっさと開けろよコイツと思いつつも、ついに顔がにやけてしまった。
「何その顔キモッ。だいたい――」
袋の中身を見たリュッカさんは、そこで言葉を止めた。
凝視したまま、数秒の時間が流れる。
「お気に召しましたか?」
「……」
無言のリュッカさんが取り出したそれは、薔薇の金細工だった。
しかも花びらが薄く、氷の結晶のように儚い作りになっている。
めちゃくちゃ苦労した。
斉藤さんに協力してもらって、ハンドメイドのアクセサリーを作ってもらったのだ。
デザインは僕。設計・製作は斉藤さん。
まず薄い花びらは、艶のある黒い鉱石で作った。これは彼女の鎧だ。
その花びらに、さざ波のような模様を赤いクリスタルであしらう。これはスカート。
最後に中央に、透明感を放つ水晶球を。これは、まぁ。
サイズはキーホルダーほどだが、材料費は高く、かなりの出費となった。というか、ほぼ全財産だ。それでもきっと大分サービスしてくれたのだろう。工賃請求されなかったし。斉藤さん、何から何までありがとうございます。
これを作ったことで、無一文になってしまった。
今日は野宿確定だけど、いいや。
その価値は十二分にあったわけだし。だって、あのリュッカさんが、蚊の鳴くような声で「……あ、ありがと」と僕に言ったのだから。
リュッカさんは何度かゲフンゲフンと咳払いしたあと、
「だから、いつまで突っ立ってんのよ。さっさと座んなさいよ恥ずかしい」
「いいんですか?」
「いいわよもう、しつこいわね。どうせコレで文無しになっちゃったんでしょ」
「ええ、まぁ」
「ここは私が奢ってあげるから、アンタは素直に尻尾でも振って『リュッカ様ありがとうだワン』とか言ってゴマすってなさいよ」
「そっすね。ゴチっす」
「ちょっと何よその雑な言い方!」
「あはははは」
僕は笑い、正面に座った。
いつもの僕の位置だ。
ブツブツ言いながらメニューを開くリュッカさんを見ながら、仲直りできてよかったと、心の中でホッと安堵の息を漏らした。
なぜだろう。僕が頭を下げた瞬間から、噛み合わずに軋みをあげていた歯車が、オイルをさしたように滑らかに動き出したような、そんな気がした。
父さんはこうしてたんだ。そして斉藤さんはこうしたかったんだ。
「で、アンタ何にすんのよ」
「あ、じゃあ、『リュッカさんに任せます』」
「…………フーン、あっそ」
「どうしました?」
「別に。じゃあ『私と同じ』でいいわね」
「…………は、はい」
「なによ。なんか文句あんの?」
「いえ、それでお願いします」
すこし返事に吃っている僕に不思議そうな視線を向けつつ、リュッカさんはオーダーを通す。僕はテーブルにあるレモン水に口をつけ、動揺を隠していた。
そういう不意打ちはやめて欲しい。
オーダーを終えたリュッカさんがこっちを見て、そしてギョッとした。
「ちょっとなに勝手に私の水飲んでんのよ!」
「水ぐらいいいじゃないですか。どうせタダでしょコレ」
「そういう事言ってんじゃないわよ!」
「じゃあどういう事を言ってるんですか」
「そ、それは」
「それは?」
「……うっ……」
「鵜?」
「と、とにかく死ね!」
「はああっ!? あなた情緒不安定すぎるでしょ」
「うっさい死ね!」
「あなたが死ね!」
「バーーカ!」
「ブーース!」
「なんですって!」
「なんですか!」
僕たちは鼻を突き合せ、牙を剥いて罵りあう。
やっぱり分かんないや、この人。
オーダーは通ったが、まだ開店前で下準備ができておらず、かなり時間がかかるらしい。その間、僕はリュッカさんの事について色々聞いた。
まぁ、いきなり根掘り葉掘りじゃなくて、何処に住んでるんですか、程度だが。
そうして2,3やりとりをして、ふと思ったことを口にした。
「それにしても、本当に意外でした」
「なにがよ」
「リュッカさんって見かけによらず、褒められ慣れてなかったんですね」
「よらずって何よ。ってかアンタ、それボケてんの? この私よ?」
え?
僕は咄嗟に理解できず、きょとんとした。
「いままでアホな男共から山ほど言われてきたわよ。おべっかや美辞麗句なんて、もううんっざりだわ。褒めただけで股開くとでも思ってんのかしらね」
「えっ?」
「あっ?」
「おっ! 奇遇だね、オガミ君」
不思議そうに顔を見合わせていると、にこにこと斉藤さんが声をかけてきた。
なんか今すごい引っかかることを言ったような気がしたが、僕は顔を斉藤さんのほうへ向けた。
「斉藤さんもここでお食事ですか?」
「まあね。この町で安くて美味しいって言ったらココだから。オガミ君がいるってことは、向かいの君がリュッカちゃんかな? いや驚いた、すごい美人さんだねー」
「……そこのメガネ猿。なに気安く声掛けて来てんのよ。5秒以内に消えないと、二度とメガネが外れない顔にするわよ……」
「ちょっと僕の知り合いになんて事言うんですかリュッカちゃん!!」
「あんたもリュッカちゃん言うな!!」
「あははは、聞いた通り、キツイ物言いの子なんだね。でも仲直りできたようで良かったよ」
「なっ!?」
斉藤さんのその言葉を聞いた瞬間、リュッカさんはギッと眉を吊り上げて僕をにらみつけてきた。何ですかリュッカちゃん。
「ア、アンタまさか、このメガネ猿に私とのこと話してたの?」
「……えっと、いけませんでしたか?」
「っ!!」
リュッカさんは何故か顔を真っ赤にして席を立つと、そのまま無言で店を出て行ってしまった。
えーっと。
「これってやっぱり僕が悪いんですか? また謝るんですか?」
「さぁ、どうだろうね」
斉藤さんはクスクス笑うだけだった。




