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2-07 意外すぎる出会い





 午後3時。

 一日の後半戦がはじまり、サルラの町は、昼に蓄えたエネルギーを発散するかのように動き続けている。僕はその一部に混じっていた。

 この世界では珍しい、日本人特有の黒髪を指先でいじる。

 そろそろ散髪したほうがいいかも、と何となく思った。

 いまの僕に目的はない。

 なんとなく、人の流れに乗っかっているだけだった。

 向かい合うレンガの建物の間を、綱渡りのようなロープが張られている。そこにはシーツや衣類が干されており、エプロン姿の女性がテキパキと取り込んでいる。その動きに合わせて、スカートから伸びる茶色い尻尾が揺れていた。

 大きな馬車を改造したような露店には生鮮食品が並び、そこで店主と2m以上ある大男が値段交渉していた。大男はシャツの上に割烹着のような物を着ている。あれは夜の仕入れかな? でもいまからで間に合うのか?

 さっきから聞こえている警鐘のような音は、きっと鍛冶場でハンマーを振り下ろしている音だろう。

 みんな働いてる。

 僕はどうなんだろう。

 ふと横を見ると、狭い路地が奥までずーっと続いていた。

 その路地の入り口に、ちいさな猫がたたずみ、僕を見上げていた。

 無垢な瞳が「なんかくれんの?」と訴えている。

 ごめんね、僕も君といっしょで腹ペコなんだ。

 そう思うと、理解したのかは分からないが、子猫は路地の奥へと消えていった。

 はぁ、お腹すいた。

 あのリュッカさん事件のあと、けっきょくお昼を食べ損ねてしまった。

『死ね!』

 いつもと明らかに違う怒気を向けられて、怖くなって逃げてしまったのだ。

 でも良い判断だったと思う。

 あそこでグズグズしていたら、頭をひしゃげられていたかもしれない。

「プククッ」

 思い出し笑いをしていた僕は、そこで、ぴたりと歩みを止めた。

 次第に笑みが薄れていく。


 ちょっとマズい事をしてしまったような気がする。


 先ほどの出来事を思い出すと、罪悪感で胸がチクチクしてきた。

 あれは本当に笑える状況だったか?

 さすがに女性の容姿を褒めて「冗談でした」はどうなんだろう。いくら馬鹿にされたからと言っても、限度がある。

 ここはちゃんと謝るべきじゃないのか?

 理性が僕をそう諭す。

 しかし引き返して謝りに行こうと思うと、「いやそこまで大げさにする事でもないんじゃないの?」と、変なプライドが僕を引き止める。

 行ったり来たりを繰り返し……結局やめてしまった。

 また今度会った時にでも謝ろう。

 ここでへりくだって、僕だけ謝るほうが不自然だ。

 思い返せば、僕だってけっこうエグいこと言われてるじゃないか。罰金大王とか。

 悪いのはお互い様だ。

 そうだそうしよう。次の機会でいいや。

 …………うん。

 喉に魚の小骨が引っかかったような不快感を覚えつつも、僕は再び歩き出した。

 気分転換に露店で惣菜パン(細いフランスパンみたいなのにウィンナーとレタスが挟まったヤツ)を購入し、食べながら町を散策することにした。

 今日はもう何もする気にならなかった。

 このまま町をぶらぶらして、夜になったら美味しいご飯を食べて、ゆっくりお風呂に入って、早めに寝よう。

 たまにはこういう日があってもいいだろう。

 現在の所持金は4万ルーヴ。

 余裕があるわけではないが、2日は生活に困らない。罰金に期限はないなので、ゆっくり仕切りなおせばいい。そう考えると「人生初の借金」というプレッシャーも、霧が晴れていくように胸の中から消えていった。

 なんだか気持ちが軽くなってくる。

 そうだよ、なんとでもなるさ!

 見上げると、今日も気持ちがいいくらいの快晴。

 青い空からはポカポカとした陽気が降り注ぎ、とても心地よい。

 まわりの人たちよりも、少しゆっくりのペースで、僕は石畳の上を歩いていった。

 しばらく当てもなく歩いているうちに、僕はサルラの町の西、「道具屋街」に来ていた。せっかくだし防具屋のモーガンさんに挨拶でもしていこうかな。

 快活な親父さんの笑顔を思い出した。

 その時だった。

「えっ!?」

 僕の目が、ある一点で釘付けとなった。

 見つめる先にいる人物も、僕を見て「えっ!?」という顔をしたまま硬直している。ガヤガヤと騒がしい雑踏の中、僕と彼だけが、まるで周囲から取り残されたように停止する。

 何秒間そうしていただろう。

 やがて、どちらともなく声を発した。

「もしかして、日本人?」





「いやー本当にビックリしたよ! まさかこの世界で日本人に会えるなんてね!」

 彼は興奮気味にそう言うと、下がったメガネを中指でクイッと押し上げた。

 彼の名は「斉藤隆(サイトウタカシ)」さん。

 年齢は25歳ぐらい。

 色白で体の線が細く、そして繊細そうな瞳。なんというか、パソコンショップの定員さんのような人だった。勝手な偏見だけど。ごめんなさい。

 まだ会って間もないが、僕はこの人が大好きになった。

 きっかけは、互いに名前を言い合った後の事だった。

「僕は斉藤隆。まぁみての通りの日本人だよ。君の名前は?」

「本名は別にあるんですけど、ここでは拝真悟(オガミシンゴ)と名乗っています」

「へー、仮名を名乗るなんてカッコいいね。……ん、あれ? もしかして君の名前って『無頼の狼』の?」

 刹那、落雷が脳天を直撃するようなショックを受けた。

「も、もしかしてご存知なんですか!?」

「ご存知も何も、俺ちょー好きだよ? 3シーズン全部のDVD買ったし。あと木枯らし紋次郎のドラマシリーズも買ったなー。君知ってる?」

「もちろんです!」

 僕は子犬がボールに飛びつくように答えた。

「おっいいね! 若い子にしては珍しい!」

「もしかして『座頭市物語』も?」

「大好きだよ。石原裕次郎が出た回とか超好きだったなー。彼はやっぱり凄いよ」

 キュンッ。

 この瞬間、僕の中で彼の好感度メーターが振り切れた。

 僕がホモゲーの攻略対象(?)だったら、「時代劇の話さえすればイチコロ」と小馬鹿にされるだろう。でも僕の興奮も分かって欲しい。現実世界では諦めていた同好の士に、なんと異世界でめぐり合うことができたのだから!

 その確率たるや、もはや天文学的な数字だろう。

 運命以外の何者でもない!

 僕たちは周囲から向けられる奇異の視線など全く気にせず、夢中で時代劇談義に花を咲かせた。

 そして一息ついたところで、

「いまさらだけど、こんな所で立ち話もなんだから、僕の店に来る?」

「えっ、斉藤さんお店持ってるんですか!?」目を見開く。

「まぁね」

 すこしだけ誇らしげにうなずくと、斉藤さんは背後を指差した。斉藤さんが背にしている建物には、たしかに看板にカタカナで「サイトウ」と書かれていた。

 見上げた僕は……しばし口を閉め忘れた。

 すごい、この異世界で、地球人がお店を開いている人がいるなんて。

 それがどれだけ困難な事かなんて簡単に想像できる。

 唖然とする僕を、斉藤さんは店の中へと招き入れてくれた。











 斉藤さんのお店は、モーガンさんの防具屋とはまた違った趣の、まるで高級ジュエリーショップみたいなお店だった。

 壁には、天井に届くほどのガラスケースが設けられており、そこにはさまざまな鉱石や金属の延べ棒がライトアップして展示されていた。また店内にはローテーブルのガラスケースがいくつも置いてあり、小指サイズの鉱石がディスプレイされている。

 ここはどういうお店なんだろ?

 宝石店、というわけでもなさそうだし。

 僕には見当もつかなかった。

 話を聞くと、ここは「設計図」を主に扱っているお店らしい。

(設計図のお店に鉱石って要るの?)

 その時の僕は、よっぽど変な顔をして首をかしげたのだろう。

 斉藤さんは笑いながら教えてくれた。

 店内に飾られているのはすべて材料のサンプルで、実際にお客さんに触って確かめてもらうためのもの。

 そして必要だったら、この店の奥にある工房で製作することもできるそうだ。

「斉藤さん鍛冶とかできるんですか!?」

「まぁある程度はね。意外かい?」

「あっ、いえ、そんなことないです」

「あはは、意地悪なこと聞いてごめんね。気にしてないよ。それに、鍛冶の腕も設計には必要なんだ」

「へー。あの、斉藤さんは何の設計をされているんですか?」

「うーん、主に『変換機』かなー」

 斉藤さんはアゴを指で揉みながら話してくれた。

 ここで取り扱っているのは『魔力変換機』と呼ばれる機械の設計図だそうだ。

 この世界の人たちは魔力クリスタルに蓄えられた魔力を、いろんなエネルギーに変換して生活に活用している。その変換に必要な道具が、この魔力変換機だ。

 話を聞いていて驚きだったのが、なんと斉藤さんも、僕の銃と似たような不可思議な魔法を持っていたのだ。なんでもその人の頭に手をかざすと、脳内にイメージしている物を透視でき、かなりの精度で図面に描き起こすことができるそうだ。

 その図面を元に、具体的な設計をする。

 らしい。

 たぶん。

「……」

「意味、わかる?」

「……なんとか」

 難しく考えても理解できなかったので――。



 オッパイで喩えてみることにした。



 人肌ほどに温かくなるオッパイの図面が欲しくて斉藤さんのお店に行き、頭の中でオッパイを想像したら、まず斉藤さんがオッパイの図面を起こし、それをもとにオッパイの具体的な設計図を描いて、さらに店内のディスプレイからオッパイの材質に適したものをチョイスし、なんだったら店の奥の工房でオッパイの試作品を作ってもらい、オッパイの製図と試作品を受け取り、お金を払う。

 そしてその設計図を元にした斉藤さんのオッパイが、市場に流通するわけだ。

 で、その商品を買った男性が、深夜、親が寝静まった頃を見計らい、電気を消した暗いリビングで、こっそりと魔力クリスタルに斉藤さんのオッパイを接続し、あったかくて柔らかいオッパイを心ゆくまで堪能する。

 なるほど、そういうお仕事なんだね。素晴らしい。じつに素晴らしい。

 オッパイ素敵。

「オガミ君、本当に理解してる? なんか顔がニヤけてるよ?」

「あっ、いえ、大丈夫です。ごめんなさい」

「?」

 もちろん脳内のイメージだけで、設計図が描けるわけじゃない。

 魔力変換に関する専門知識が必要になってくる。

 当然、鍛冶の知識も。

 さらに特殊な「魔力鉱石」という物の加工技術も必要になる。

 変換機の根底にある原理を理解していないと、設計図など絶対に書けないのだ。

 僕の銃と一緒だと安易に思っていたが違った。

 こっちの方が遥かにシビアだ。

 斉藤さんは、働きながらその知識を独学で習得したらしい。

 その事実を知り、いまだこの国の文字を読み書きできない僕は驚嘆した。

 カウンター奥の従業員スペースには、大きな本棚に分厚い専門書がぎっしりと詰まっている。その異様な貫禄が、斉藤さんのこれまでの努力を物語っていた。

 想像するだけで、気が遠くなる。

 僕の『銃の実験資料』など霞んでしまうほどの、膨大な知の集積がそこにあった。

「ここまで来るのに、結構な地獄を味わわせてもらったよ」

 苦い物を表情に浮かべながら、斉藤さんはこれまでのことを話してくれた。

 ちょうど今から5年前。

 当時大学生だった斉藤さんは、いきなりこの世界に飛ばされて来たらしい。

 状況は僕とそっくりで、どうやってココに来たかはわからない。

 気がついたら斉藤さんはこのサルラの町にいた。

 無一文だった斉藤さんは、生きるために色んな仕事をし、やがて鍛冶と設計の才覚に気付き、その能力を活かすために修行し、自分の店を持つほどになった。

 いまでは遠方から斉藤さんの設計図を求めてお客さんが来るそうだ。

 斉藤印の魔力変換機って結構出回っているらしい。

 おもに調理器具が売れ筋なのだそうだ。

 ホテルに戻ったら、厨房の人に聞いてみようと思う。

 現代日本のようにマージン(利ざや)を得られることは無い。工場で大量生産ができないから、○万台売れたら○%ね、という契約ができないのだ。

 かわりに設計図は高額で取引される。

 性能がよければなおさらだ。

 そして斉藤さんの設計図はかなりの高額で取り扱われている。

 また、作った商品には必ず設計者の名前が刻まれ、その名誉も保たれる。

 とても素敵な仕事だと感じた。

 素直にそう告げると、斉藤さんはガラスケースを磨きだした。照れているようだ。

「顧客のニーズに100%の回答を出せるのは、僕みたいな業種にとって大きなアドバンテージなんだ。その利点が、他店に差をつけてるんだよね」

 なんか凄いカッコいい台詞を、斉藤さんは気取らない口調で言った。

 でもその技術や特色を、こうしてお金に換え、お店として形にしたのは、紛れもなく斉藤さんの努力だ。それも、文字通りの血の滲む努力で。

 こんな身内の居ない異世界で、たった一人で斉藤さんはここまで成長したんだ。

 僕はもう感心しっぱなしだった。

 さきほどまで痩せて見えていた斉藤さんが、いまは一回り大きく見える。

 これが大人の男と言うものか。

 斉藤さんに映画スターのような華やかさは無い。たぶん剣も魔法も使えない。

 でも僕は、斉藤さんのことをカッコいい男性だと思えた。

「ところでオガミ君は、どうやってお金稼いでいるの?」

「うえっ、僕ですか?」

 突然の切り替えし。どうしようと悩む。

 あんなすごい話を聞かされた後でだと……恥ずかしい。

 モジモジしながら、僕は言った。

「あの、とりあえず冒険者見習いになって、狩猟で生計を立ててます」

「それホントかいっ!?」

 言った瞬間、斉藤さんはメガネを突き破りそうなくらい目を剥いて驚いた。

「ど、どうやって冒険者になったの? あ、ちょっと待ってもしかして異能とかそういった中二病的なものが使えたりするのかい!?」

 異様なテンション。そういうのがツボらしい。

 そしてその反応に、ますます恐縮してしまう。

「それは、その、ハハハ」

 僕は自嘲気味の笑みを浮かべながら、魔力が低すぎてまともに相手にされず、油断したらすぐに死ぬ、怒られてばかりの冒険者見習いの話を手短にした。

「……そっか」

 波○拳は!? かめ○め波は!? と期待に輝いていた斉藤さんの顔は、話を聞き終えた頃には、同情するようなものに濁っていた。

 夢を壊してごめんなさい。

「銃を生み出せるだけじゃ、やっぱり厳しいんだね。なんか勝手に一人ではしゃいじゃってごめんね。君の気持ちも考えずに」

「あ、いえ、気にしないでください。僕の努力が足りないだけです」

「その回答がすぐに出るって事は、オガミ君は成長できるよ」

「そうでしょうか」

「うん。向上心があれば、時間とともに可能性は広がる。僕が保障するよ。でも――」

 

「やっぱり単純にはいかないよね、色々」


 それは様々な意味の詰まった、短い一言だった。

 僕は今朝の事を思い出す。

 トトリ峠からの帰り道のこと。

 たまたま傍を通った冒険者に馬車の運転を頼み、僕と同伴した職員は、けがを負った貴族たちの応急処置をしていた。

 その際、僕の治療の手際を見て、職員は腰を抜かすほど驚いていた。

「冒険者なんて向いてないものは今すぐやめて、魔法医になりなさい!」

 唾を飛ばすように、職員は僕を説得し続けた。

 治癒の技術を褒められたことよりも……誰かから向いていないとハッキリ断言されたことの方がショックだった。

 他人の目から見たら、僕は冒険者には向いていないのかもしれない。

 でも、僕がトトリ峠でやったあの行為は、そんなに間違ったものなのか?

 僕には正しい事をしたとしか考えられない。

 あいつらに必要な「けじめ」を、つけさせただけだ。

 誰かがやらなきゃいけないことを僕がしたのだ。覚悟を持ってやったのだ。

 でもそれが冒険者として完全に間違った物の考え方だと言われるのなら、僕に冒険者という生き方は向いていないってことになる。

 この冒険者って生き方、けっこう気に入ってるのに。

 トトリ峠の従業員が向ける笑顔が、甘い残滓として胸に残っている。

 僕はかっこ悪い。

 一度「こう!」と決めたことなのに、ちょっと行き詰まっただけで、こうして悩んでしまうのだから。

 スクリーンに映るアクションスターのような、オープニングからエンドロールまで、ブレずに我を貫き通す、そんな強さが欲しい。

 難しい顔をして黙っていると、落ち込んでいると勘違いさせてしまったようだ。

「で、でも銃を生み出せるなんて、すごい素敵じゃないか。よかったら今度狩りをしているところ見せてよ!」

 と斉藤さんは励ましてくれた。

 ホロッと来そうになった。

「そうそう、仕事に困ったら遠慮せずに僕に言うんだよ? アルバイトならいつでも大歓迎だからねっ!」

「あ、ありがとうございます」

「いいよべつに。同郷者同士、気軽に頼ってよ。僕は魔法使いのことは専門外だけど、仲間の伝手を辿れば、もしかしたら魔法使いに精通した人がいるかもしれないし。オガミ君さえよかったらその人に会って――」

 饒舌だった斉藤さんは、そこで唐突に言葉を区切り、視線を彷徨わせだした。

 みるみると青ざめていく。

 それはまるで、なにか重要な事を思い出したような緊迫した面持ちだった。

 おもわず僕も緊張する。

「あの、どうしたんですか?」

「うん。申し訳ないんだけど、紹介する話は無しでいいかな」

「あ、いえ、そんな気を使わないでください。大丈夫です」

「ごめんね。あと、これはすごい重要なことなんだけど、正直に答えてくれるかな」

「は、はい」


「オガミ君は、自分が地球人だと、誰かに喋った?」


「……? いえ」

 突然の剣幕に驚きつつ、僕は首を横に振った。

「しっかりと思い出して欲しい。これは非常に重要なことなんだ」

「わかりました」

 面食らいつつも記憶の糸を辿っていく。

 ココに来るまで、ずっと魔力欠乏症の記憶喪失で通している。

 喋ったのは……帆馬車の人か? あるとすればそれくらいか。

 でもあの時は錯乱していると思われてたよな確か。まったく相手にされなかったし。

 じゃあやっぱり大丈夫か。

「誰にも喋っていません」

「間違いは無いね?」

「はい」

「そ、そうかい。よかったぁ」

 僕がハッキリと答えたのを確認して、ようやく斉藤さんは緊張の糸をゆるめた。

 えっと、どゆこと?

「あの、僕が地球人だと喋ると、何かまずい事があるんですか?」

「それは言えないんだ」

「えっ、なんでですか!?」

「申し訳ないんだけど厳しく口止めされててね。とにかく他人に喋るのだけはダメだ。たとえそれが誰であれ、異世界人に伝えてはいけない。いいね?」

「は、はい……」

 よく分からないが、そういう事らしい。

 その真剣な表情は、不穏な事柄が含まれているということを暗に示していた。

 従った方がよさそうだ。

 僕は不思議に思いつつも疑問を全部飲み込み、とにかく納得する事にした。

「わかりました」

「ぜひ、そうしてくれ。それでオガミ君は、明日予定とかってあるかな?」

「いえ、特に何も」

「じゃあ明日、何時でもいいんだけど、ある人に会ってもらえるかな」

「かまいませんが、どなたに会うんですか?」

「……これも今は言えないんだ。ごめんね、何から何まで隠し事ばかりして」

 眉をハの字にして、恐縮しっぱなしの斉藤さんに、僕は笑顔を返した。

「いいえ、大丈夫です。斉藤さんの紹介ですから安心ですし。地球人と言う事も絶対に喋りません」

「ありがとう……でも君はアレだね」

「はい?」

「いや、びっくりするぐらい素直な子なんだね。もっとこう、疑われたりだとか、不審がられたりすると覚悟して喋っていたのに、なんだか拍子抜けだよ」

 良い意味でね、と斉藤さん。

 もちろん僕だって人を疑う。でも斉藤さんのような人を信じられなかったら、この先、異世界の誰を信じればいいんだ、ってなる。これをそのまま本人に言うのは恥ずかしかったので、別の言葉で伝えることにした。

「そんなの、当然じゃないですか」

「どうしてだい? 今日会ったばっかりだというのに」

「日にちは関係ありません」と僕。

「というと?」

「古い時代劇を好きな人に、悪い人はいませんからね」

「それはまたメチャクチャな理屈だね。でも不思議だな、悪い気がしないよ」

「でしょ?」

「ははっ」「あははっ」

 2人で顔を見合わせて笑う。

 これ、この空気感。すごくいい。

 顔をほころばせながら、僕は彼との関係を大切にして行こうと誓った。

 そこで唐突に、

(……うっ)

 さきほどのカフェテラスでの出来事が脳裏をよぎった。まるで「こっちの関係はどうするんだ?」と誰かが責めるように。

 不快感がぶり返し、せっかくの楽しい気分に水を差した。

「どうしたんだい?」

「……その……」

 言いよどんだ僕を見て、ん? と首を捻るサイトウさん。

 すこし躊躇したが、僕はリュッカさんのことについて相談することにした。





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