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2-03 僕なりのやり方




 当初の予定とはすこし違ったけど、おおむね狙い通りの展開になってくれた。

「んだぁコラ!」

 冒険者のオガミと申します少しよろしいでしょうかと言った瞬間コレだ。

 茶屋にたむろしていた貴族の一人が湯呑みを地面に叩きつけ、威嚇するような声を出して近づいてきた。その顔には嘲りが色濃く浮かんでいる。まぁ冒険者と言っても僕の見た目はショボイから、挑発しても大丈夫な相手だと判断したのだろう。

 職員は離れた位置から様子を見ているだけで、手出しはしない。

 仮にもし僕が胸を刺されて絶命したとしても、それは自己責任。

 彼に非は無く、同行を拒んだ僕の責任だ。

 もちろん覚悟の上だ。

「冒険者が俺らに何の用だってんだ? つーかマジで冒険者かお前?」

 僕を怯えさそうと、紙粘土みたいに顔を変形させて威嚇してくる。

 そうこうしているうちに、茶屋から続々と新たな顔が出てきた。

 よく見ればその顔ぶれは全て人間種。

 エルフや獣人などの他種族は一人も居ない。

 内心でため息をこぼす。何やってんだよ人間の恥さらし。

 うんざりしつつ、僕は用意しておいた言葉を告げた。

「皆さんの振る舞いは、この休息所に居るすべての人に迷惑をかけています」

「だからー? 誰が困ろうが俺にはかんけーねーし」

「ですが、実際にギルドにまで苦情が来ています。このまま事が大きくなれば、ご両親に迷惑をかけることになるのではありませんか? 事を穏便に収めるためにも、一度サルラの町の冒険者ギルドにご同行願えますでしょうか?」

「はあ? 何でそんなダリーこと俺がしなきゃいけねーんだよ。だいたいテメェにはかんけーねーだろがよー」

「……」

 関係ない関係ないって、全部お前らがやらかした事だろ。

 癪に障る顔しやがって今すぐスイカのように吹き飛ばすぞなんていう邪悪な感情はおくびにも出さず、あくまで受付嬢のごとく笑顔をキープさせる。ウフフ。

「貴族の皆様には大変ご迷惑とは思いますが、一度」

「いーやーだーねー」

「とにかく一度、サルラの町まで」

「うっせーな! さっきからなに言ってんだお前! 俺のことナメてんのか!」

 ダメだ、会話にならない。

 近づいてきた貴族たちが口々に吠えだす。

「マジでうぜーんスけど? コイツ」

「つかよー、だいたい俺たちがやったしょーこあんのかよ。見せろよ、しょーこ」

「そーだよ、見せてみろよ」

「めーわくかけたんなら被害者いるよな? 出せよ、ここによー」

「何とか言ってみろよ。ビビッてんじゃねーぞオラ!」

 本当にこいつら貴族なのかと疑いたくなるような言動だった。

 まるで学園ドラマに出てくる非行少年だ。

 でも残念ですが、君たちの目の前にいるのは、3-Bを受け持つ熱血教師ではなく、人の皮を被った狼なんですよ。

「つーか、オイ、どっち向いてんだゴラ!」

 肩越しに後ろを確認していた僕に、苛立った声がかかる。

 僕は顔を元に戻しながら、

「すみません、後ろに障害物があるかどうか見てたんです」

「ああ?」

 貴族の顔が不可思議そうに歪む。

 彼には理解できないだろう。もうすぐここで何が起こるのか。 

 そして、とうとう僕が期待している状況になった。

「おいコラ!!」

 一人の貴族が大声を発し、剣を肩に担いで、ふらふらとした足取りで近づいてきた。

「よーお前よー、冒険者か何か知らねーけど、ちょーしくれちゃってるワケ?」

 目と鼻の先まで接近すると、トカゲのように見開いた目を向けてくる。

 そして脅すように剣を半分ほど抜いて、刀身をちらつかせた。

 あとすこしだ。

「俺たちに手え出す度胸あんのかよ? あ?」

「無い無い、こいつら冒険者は見てくれだけでビビりだもんよー」

「なぁコイツ刺していい? 剣の錆びにしちゃっていい?」

「ギャハハハ、やっちまえ、やっちまえ!」

「よっしゃー」

 騒がしく周りが囃し立て、それに応えるように目の前の男は剣を鞘から完全に抜いた。

そして柄を両手で握り、その切っ先をゆっくりと僕の方へと向けようとした。


 はい、アウト。


 僕は電光石火でベレッタM92Fを召喚した。

 召喚と同時進行で、左手を的確に動かし、マガジンポーチから弱装弾が詰まったマガジンを取り出し、グリーンライトの渦から生み出されたベレッタに差し込んでスライドを引き、薬室に初弾を送り込み、グリップを握る右手をグッと包む。

 まるで左手がプログラミングされたロボットアームのように高速で的確に動く。

 召喚から射撃態勢に移るまでの動きを、なるべく無駄をそぎ落とし、コンパクトにしたその動作は、2秒以下で完了した。

 日ごろの訓練と考察の賜物だった。

「……な」

 僕の突然の行動に、男は目を丸くして硬直している。

 まるで手品を生まれて初めてみたようなリアクションだ。

「お、おま、魔法使いかよ」

 いまごろ?

 男は、僕に攻撃を仕掛けようとしていたことさえ忘れて呟く。

 その暢気さに呆れつつ、僕は引き金を絞った。

 スライドが後退する感触。

 バスンッという、分厚い発砲スチロールに釘を打ち付けたような、普段よりも控えめな発射音。

 射出された弾頭は、男の右ひざに命中した。

 弱装弾は、その威力をぎりぎりまで抑えたとはいえ、男の膝を破壊するには十分だった。男の膝関節を粉々に砕き、靭帯を乱暴に引きちぎる。

 弾頭にも工夫しているから皮膚を割く事は滅多にない。2000発ラビットクローの皮膚で試射したから間違いは無い。

 男の膝がぐにゃりと逆方向にまがり、その体がエンピツのよう転がった。

 次の瞬間、男の絶叫がトトリ峠一帯に響いた。

 声だけはうっさいんだな。

 うんざりしつつ、僕は動揺する貴族たちから数メートルの距離を置いた。

 貴族たちの位置を確認しつつ、背後に回りこまれないようにキープ。

 そして遅すぎる警告をした。

「僕には貴方たちを一方的に攻撃する権利がありませんが、『自衛権』は持っています。大人しく従うなら攻撃しませんが、彼のように敵愾行動をとるなら自衛のため容赦しません。従ってくれますか?」

 その言葉に、彼らが素直に従うはずがなかった。

 状況をちゃんと理解できていない貴族たちは、目をギラつかせながら、剣や槍を鞘から抜いて構える。

 そしてその切っ先を僕に向けた。その意味も理解しないまま。

 思った通りになってよかった。

 一人だけでは、ぜんぜん腹の虫が収まらない。

 職員が異変に気づいてこっちに来こようとしているが、『偶然』、目の前の馬が騒ぎ出し、それが邪魔で動けないでいる。

 まだ十分に時間がある。

 一人の貴族が僕に向かって吼える。

「ぶっ殺したらぁ!」

 やってみろよ。

 嗜虐的な笑みを浮かべながら、僕は丁寧に引き金をしぼる。

 叩き潰すことに特化させた弾頭が男の右大腿筋に着弾。

 薄い皮膚と皮下脂肪のさらに奥にある、太い筋肉の束にザックリと亀裂が入る。

 筋繊維が裂け、同時に、周囲の筋肉が萎縮し、開いた傷口がさらに左右に広がる。

 出血も骨折もしていないが、男の怪我は決して軽くなかった。

 Ⅲ型肉離れ。

 外科手術が必要なほどの重症。プロ野球選手ですら悲鳴を上げてマウンドを転がりまわるその激痛に、何の備えもない男が堪えられるわけがない。

 孔雀の羽を思わせる悪趣味なズボンを失禁で汚し、地面をクルクル転げまわる。

 しかし不幸なことに、周囲には、男が過剰に痛がっている風にしか見えない。

 だから貴族たちの足は止まらない。

 どんどん近づこうとする貴族たちに、僕は適切な距離を保ちながら銃弾を見舞っていく。銃撃を受けたことで、初めてその痛みを知ることになる。

 それが人の痛みってやつです。

 次に誰かを殴る時は、ちゃんと思い出してくださいね?

 すばやく再装填作業を行い、そして照準を向ける。

 順調に貴族たちの腕や足を壊していく。

 休息所の開けた空間に銃声が木霊すたび、怪我人が増えていった。

「お、俺の親父が誰だか知ってんのかよ!!」

 そばかすの浮いた顔の赤毛の男が、甲高い声を放つ。

 申し訳ありませんが存じ上げません。

 相槌のかわりに脛の骨を砕く。

 そばかす男は悲鳴を上げながら地面を転がりまわっていた。

 その光景を前にして、つい本音が漏れ出てしまった。

「そうやって弱い人にだけ威張って、親の影にコソコソ隠れて、自分のしでかした事の責任を負おうとしない」


「男として情けなくないんですか?」


 侮蔑を込めて、足元に転がる貴族たちを睨みつけた。

 ――職員が来るまでもう少しというところ。

 ここで状況に変化が起こった。

「どいてください、ぼっちゃんがた!」

 その怒声に反応して、貴族たちがザッと左右に散った。奥から、大男が近づいてくる。大男は若者たちとは違い、しっかりとした筋肉で覆われた肉体をしていた。

 まるで人型にくりぬいた岩石だ。

 特に上腕筋なんて盛り上がりすぎて気持ち悪いことになっている。あのコブシで顔を殴られたら、僕などひとたまりもないだろう。

 どうやら彼も関係者のようだ。察するに、雇われた用心棒的なヤツだろう。

 事前の情報と違う。しかし、そういう事もある。

 冒険者に不測の事態はつき物。それに柔軟に対応する能力が求められる。

 ですよね、ステラさん。

 大男は茶屋に置いてあった直径2mほどの分厚い丸テーブルを両手で持っており、まるでフリスビーの要領で、こちらに投げようとしてくる。

 それをされると一気にまずくなる。

 僕は即座に照準を大男に移し、太ももと腹に一発ずつ弾丸を見舞った。

 投げる動作はそれで阻止したが、しかし骨を折るまでには至らない。

 大して怪我も負っていないように見える。

 男の頑強で分厚い筋肉には、弱装弾では威力が足りないようだ。

 どんな体してんだよ。

 チッ、と舌打ち。

 実弾を使うかと一瞬迷ったが、却下した。

 大男はこちらに思案する暇を与えず、丸テーブルを盾にして突っ込んでくる。

 同時に、左右に離れた貴族のうちの一人が、側面から槍を突こうと接近してくる。

 ――職員が到着するのはもう間もなく。

 さぁどうする?

 答えが出る前に僕の体は動いていた。

 後退しながら、まず槍を持つ貴族の大腿を狙って発射。一発目を外すが二発目で着弾。腿の筋肉が派手に断裂したのだろう、貴族は地面に転がった。

 そして突進してくる丸テーブル野郎に向き直り、マガジン内に入っている全ての弾丸を叩き込んだ。『右手』だけで撃っているから狙いは正確ではないが、なんとかテーブルに弾をまとめることはできる。3発目で亀裂が入り、5発目でテーブルが勢いよく砕け、その衝撃で飛び散った破片が大男の顔面を襲った。

 しかしやはり、そんなもので大男は怯まない。

 人差し指ほどもある木片が頬や鎖骨あたりに突き刺さった状態のまま、大男はテーブルの残骸を捨てると、猛然とタックルを仕掛けてきた。

 大男は、僕との距離を一気に詰める。

 右手のベレッタはちょうど弾切れ。リロード(再装填)は間に合わない。

 そして接触した。

 ドンッという衝突音。

 骨と肉がつぶされる、おぞましい音が辺りに響いた。

 一拍置いて、

「ぎぃぃぃぁああああああああああ!」

 大男は顎が外れるほど口を開けて絶叫し、地面をのた打ち回った。

 闘牛のようなその突進は、しかし僕の手前に起立する、透明な壁によって阻まれた。

 巻きあがった砂埃が、壁の全容をあらわにさせる。

 大男がテーブルでノタノタと接近している間に、僕は左手でライオットシールドを召喚し、進路上に置いて地面に癒着させたのだ。

 興奮していて半透明の壁に気付かなかったのだろう。

 見れば垂直に癒着させたはずのライオットシールドが、斜めに曲がっていた。

 大男はさながら自動車の衝突試験のように、強固な壁に、全力で体当たりしたことになる。結果は、肩と腕の骨折。肋骨もだいぶやっちゃってるだろう。エアバックが大男の体に備わっていないことが悔やまれる。

 けっこうエグい怪我をしてるようだけど、そんなスピードで僕にぶつかろうとしたんだから同情はしないよ?

 激痛で意識がショートし、大男は白目を剥いて動かなくなる。

 それを見たまわりの貴族たちは完全に戦意を喪失し、剣や槍を捨てた。

 降参の意思表示か。

「……」

 駆けつけた職員も呆然としたまま、僕の隣に立ち尽くしている。

 喧騒が霧散し、あたりに何とも奇妙な静寂が立ち込めた。

 ただ、地面からゾンビのようなうめき声が上がるだけだった。

 そろそろ潮時かな。

 僕は懐中時計を取り出すと、戦慄に凍りつく貴族たちに向けて、手短に説明した。

「あと3分でサルラの町にむけて出発しますので、あちらの馬車にご同乗願えますか? 到着後は冒険者ギルドで、事の次第を洗いざらい説明してもらいます」

 そこで一旦区切り、声にドスを効かせる。

「ちなみに3分過ぎれば死体袋に入れます。では荷物をまとめて馬車に乗ってください。よーいドン」

 もちろん死体袋はただの脅し。だが効果はてきめん。

 僕が手を打ち鳴らした瞬間、まるで催眠から解けたかのように、貴族たちは我先にと馬車へ向かって駆け出した。

 隣に立つ職員が、傷ついて動けなくなった者たちの運搬作業をはじめる。

 その際、何か言いたげな視線を送ってきたが、僕はあえて見ない振りをした。

 ぼくしらないもーん。

 ぜんぶこいつらがわるいんだもーん。

 するとここで、ことの成り行きを見守っていた茶屋の従業員たちが、「ありがとうございます」と、僕に何度も頭を下げてきた。

 貴族たちには、本当に困らされていたのだろう。

 そこに居る人は皆、憑き物がとれたように安堵の表情を浮かべていた。

 涙を流しながら僕の手を握る人も居た。その手はひどい火傷の痕があった。

「……」

 言葉が出てこなかった。

 ほとんど自分の怒りをぶつけたような野蛮な行為だったと思う。

 そこに正義感や善意などなく、ただ、貴族たちに「けじめ」をつけさせるために暴力を振るった。それだけだ。

 しかしその行為が彼らの救いになれたというこの実感が、僕の胸の中にある見えない空洞に、温かい湯が流れ込むような、そんな不思議な幸福感を与えてくれた。

 従業員総出で見送られながら、僕はトトリ峠を後にした。

 これが僕の初仕事だった。

 悪くない仕事だと思えた。

 ここまでは。





「面白いわね、あの小さい狼君」

 女性はちぎった馬毛を捨て、その場を後にする。

 その動きに合わせ、赤髪が虚空をふわりと撫でた。






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