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1-31 小さな覇者




 軍事国家カンニバル。その王都。

 近代化された都市の中央には、山のように(そび)える王城が築かれている。

 その空を突き破る巨大な槍のような城塞は、遠く離れた場所からでも見ることができ、周辺国の畏怖の対象になっている。もし不穏な動きを見せれば、この穂先で貴様の胸を突き破るからな? という無言の威圧感があった。泣く子供を黙らせるために「城が見ているぞ」という言葉があるくらいだ。

 そんな凶悪な城の一室にて。

(何の騒ぎだ?)

 書類の最終チェックをしていた私は、窓の外がにわかに騒がしくなっていることに気づいた。

 どうせ、軍事演習のトラブルか何かだろう。

 すぐに興味を無くした私は、ふたたび書類のチェック作業に戻った。

 南の山脈に黒龍が出た。その討伐隊編成のための予算やら、人員配備、行軍日程など、不備がないことを入念に確認していく。

(なんで私がこんなことをせにゃならんのよ)

 ハァーっと、書類が吹き飛びそうなほどのため息をつく。

 こんなはずじゃなかった。

 家督もなにもかも、面倒事をひっくるめて、ぜんぶ兄弟連中に放り投げた。こういう地面に這う蟻のような小さい文字を見つづけるのが嫌で嫌でたまらなかったからだ。

 しかし私はここにいて、デスクに座ってクソつまらんクソのような作業をしている。

 なんでかしらねぇ。

 今年で25。

 体は精力で満ち溢れていると言うのに、発散させる場所がない。

 最近、気合の入った連中が喧嘩を売ってくることが全くない。エルフの里でごたごたがある程度だが、しかしそれに私が『遊び』に行くわけにもいかない。

 数年前の出兵がやけに懐かしく感じる。

(また戦争でも起きないかねー)

 国民が聞けば卒倒するようなことを思う。だが、申し訳ないが本心だ。

 私は軍人だ。

 書類にインクを垂らすために、この腕を磨いてきたわけじゃない。

 黒龍だって私と部下がいけば片がつく。わざわざ軍隊を動かす必要などない。

 なのに私が動くと、やれ「武力の誇示」だとか「周辺国に過度な緊張を与える」とか官僚連中が言って来る。うるせぇ黙れブチ殺すぞと怒れば、またそれが問題になる。

 あーあ、暴れてぇなぁチクショウめ。

 椅子の背もたれを軋ませるようにして背筋を伸ばし、ゴキゴキと首を鳴らす。

 隣には老年の政務官が立っているが、私の王族らしからぬ粗暴な態度を見ても、何も言ってこない。当然か。命は大事だものな。

 これがあの小うるさい友人だったら、政務官ともども説教されていたところだろう。

「ふふ」

 私の口元にわずかな笑みが浮かぶ。

 あの堅物は、今日もクソ真面目にやっているんだろうな。

 と、その時。

 ぎぃぃぃ。

 ノックもなく扉が開いた。その礼儀を欠いた態度で、私の部屋に入る度胸があるのは、カンニバル広しといえど一人しか居ない。

 私は姿勢を戻すと、その小さな来訪者を笑顔でもって迎え入れた。

「いらっしゃいませ、ピチカ様」

「んっ」

 ピチカ様はテッテッテと幼い足取りで部屋を横切ると、遠慮なく私の膝の上にポスンと乗っかってきた。そこが定位置なのだ。

 傍に控えていた政務官が、恐ろしいものを見たような顔をしていたが無視する。

 ピチカ様は膝の上で首をまわし、丸い瞳を向けてくる。

 そして、いつもの合言葉を口にした。

「おばあちゃん、ピチカきた。おこづかい、ちょーだい」

「はいはい」

 若干笑顔が引きつるのを我慢しつつ、私はプレジデントデスクの引き出しから、金貨を数枚取り出すと、差し出してくる小さな手に乗せてやった。

 これはピチカ様の遊びだ。

 本来ピチカ様は金など必要としない。町でたまたま見かけた老婆と孫のやりとりを見て、真似をしているうちに気に入られたようなのだ。

 この若さでババァと呼ばれるのは若干複雑だが、ピチカ様の楽しみを無碍にしたくないので、我慢することにしている。

「おばあちゃん、おみやげ持ってきた。庭にある」

「お土産を、庭にですか?」

 顎の下にある銀色のつむじが、こくんと頷く。

 私は政務官に目配せし、確認をとらせた。

 そして窓の外を確認した瞬間「ひぃ!」と政務官は引きつった声を上げた。

 その無様さにチッと舌打ちする。

「何だ」

「こ、こ黒龍です。黒龍の首と胴が、演習所の中央に」

「あー?」ボケてんのかじじい。

 怪訝に眉を曲げつつ、窓の外へと視線を向ける。

 するとそこには確かに、高さ3m以上はある黒龍の首と、宿舎ほどもある胴が、無造作に転がっていた。その遺体の状態を見ればすぐに分かる。黒龍は抵抗する暇すら与えられないまま、一方的に攻撃されて絶命したのだろう。

 それはまるで、子供が虫を踏み潰すように。

 やったのは間違いなくピチカ様だ。この小さな覇者は、これぐらい簡単にやってのける。土産とはこのことだったのか……。

 分かっているとは言え、やはりピチカ様のお力は凄まじい。

 驚嘆し、しばし言葉を失っていると、

「おみやげ、きにいらない? うれしくない?」

 不安そうな声に、私は慌てて笑顔に戻した。

「いいえ、大変気に入りました。ありがとうございます、ピチカ様」

「んっ」

 ピチカ様は再び背を向ける。表情こそ出ないが、床に届かない足をパタパタさせていることから、喜んでいることがわかった。

「しかし、どうして急にお土産を?」

「おばあちゃん、ピチカおみやげ持っていく、喜ぶって、シンゴ教えてくれた!」

 シンゴと口にしたピチカ様の声色に、若干の情感が込もっていたことを、私の耳は聞き逃さなかった。

「そのシンゴというのは、いったい何者なんですか?」


「チキュージン」


 一瞬で部屋の空気が凍りついた。

 即座に復帰した私は、政務官に鋭い視線を送った。

「退室しろ」

「っ」

 さきほど黒龍を見て驚いていた時の何倍もの恐怖を顔に張り付かせ、彼は足早に部屋を出ようとする。

「待て」

 その背中を呼び止めた。申し訳ないが、念押しが必要だ。

「……分かっていると思うが、この場で見聞きしたことを、たとえ僅かでも外に漏らせば、貴様の一族郎党すべて容赦なく殺す。己の口が大いなる災いを招くことを、努々忘れるな。いいな?」

「は、はい」

「わかったなら行け。あと人払いをしておけ」

「かしこまり……ました……」

 窒息しかけているような青白い顔をして、政務官は部屋を後にした。

 もちろん殺すつもりは無い。だが必要とあらばそうする。そういう話だ。書類が出来上がるのを待っていただけなのに、えらいことに巻き込んでしまったなと内心で少し気の毒に思った。まぁそれも仕事だ。諦めろ。

 扉が閉まり、部屋全体が特殊なフィールドでコーティングされたことを肌で確認してから、私はため息を吐いた。

「ピチカ様、あのような不用意な発言は、いくらピチカ様でも――」

 小言を口にしていた私は、そこで言葉を飲み込み、驚愕に目を見ひらいた。

「何をなされているのですかピチカ様っ!?」

「んー、ん、んー」

 見れば、ピチカ様は大事な書類を4つに折り曲げていたのだ。

 書くのに一時間もかかったというのに!

 あーあ、もうだめだ、書き直しだ。

 ピチカ様の手でテキパキとゴミに変わっていく書類を、私は乾いた目で見るしかなかった。まぁ黒龍はもうおっ死んだから、討伐の書類は要らないんだけどな。

 でもこのイタズラは、さすがに宜しくない。

 私はお仕置きにと、その綿毛のような頭を心行くまで撫でまくることにした。両手でシャンプーするように、わしゃわしゃわしゃ。

 こそばゆいのか、ピチカ様の背中がみじろぎしていたが、かまうものか。

「それで、そのシンゴというチキュージンは、どういった者でしたか?」

「やさしい。綺麗。純粋。あと」

「あと?」

「ピチカ、友達なった」

 チラッと振り返る瞳は、嬉しさと誇らしさが滲んでいた。

 そのことに少しばかりの嫉妬を覚えつつ、私は言葉を続ける。

「わかりました。ではこちらで保護ということでよろしいですか?」

「ダメ!」

 ピチカ様にしては珍しい、強い拒絶の声だった。

「シンゴ、一人で成長する。助けは要らない。一人で考えて、一人で大きくなる。それが素敵。それが綺麗。邪魔はダメ、ぜったい」

 驚いた。

 シンゴという者が何者かはわからないが、あのピチカ様を、これほどまでに執心させているなんて。

 どれほどの傑物なのだろう?

 わずかに芽生えた好奇心を顔には出さず、私はピチカ様に言った。

「了解しました。カンニバル国はシンゴとの接触はいたしません。また、第三国からの過度の接触を排除します。これでよろしいですか」

「んっ」

 私の返答に満足したのか、ピチカ様はふたたび紙を折りたたむ作業に没頭した。

 しばらくして。

「ごほうび、あげる」

 ピチカ様はそう言うと、手を差し出してきた。

 その手のひらに、何かが乗っている。

 目を凝らして観察すると、それは精緻な鳥の作り物だった。

 これを、あの紙だけで作ったのか?

 私はその緻密さに驚く。そんな私の反応を見て、ピチカ様のしっぽが小さく揺れた。

「ピチカ様、これはなんですか?」

「オリガミ」

 花びらのような唇が、ニッと笑う。

 その首に下げられた牙の形をしたネックレスが、チャラリと綺麗な音を奏でた。







 つづく。

















今後の話の展開にとって無駄となる文章を削除をしました。(06/18)

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