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1-28 ピチカの家





 トコトコトコ。

「ベッド」「うわー、天井一面に張られた星空の壁紙とかすごい素敵だね!」「ん」

 トコトコトコ。

「キッチン」「窓から外の景色が見られて、料理するのが楽しくなる台所だね!」「ん」

 トコトコトコ。

「お風呂」「立派なヒノキ風呂! 温泉が家にあるなんてうらやましい!」「ん」

 トコトコトコ

「トイレ」「清潔なトイレルームだね。えーっと、清潔が一番!」「ん」

 トコトコトコ。

「玄関」「…………玄関4回目だよ?」

「……」「えっと、その、抱擁感のある素敵な玄関だね!」「ん」

 トコトコトコ

「ソファー」「ふかふかで座り心地満点だね。まるで雲の上にいるかのようだ」「ん」





 いま僕が何をやっているのかと言うと……。

 ピチカが自分の家を案内してくれていて、僕はその小さな添乗員の後をついて歩いているのだ。

 なにかのスイッチが入ったのか、ピチカは気合を入れて案内してくれるのだが、説明はなく名称のみ。それはいいのだけど、到着する度に、感想を求めるような目を向けるのは止めて欲しい。玄関の褒め言葉を4回も用意できないよ。

 ――あの世界の終末のような落雷のあと。

 ピチカが「ワッフルのお礼がしたいから家に来て」と言い出したので、ご両親の所まで送るついでと思い、僕は了承した。

 ちなみに岩イノシシは牙どころか存在自体が消えたので、どうしようもなかった。

 ピチカの家は、立ち入り禁止である北の森の奥にある。

 つまりピチカは『関係者』なのだろう。

 保護という名目があるので、僕が北の森に入ってもお咎めはないだろうと判断し、ピチカといっしょに森の中へと進んだ。

 ハイキングコースのような、適度に整備された林道を歩くことしばし。

 パッと森が開けたそこには、立派な二階建てのログハウスが鎮座していた。

 これがピチカの家だ。

 丸太が組み合わさってできた壁は飴色で、天井は黒に統一。

 なだらかな斜面の屋根には、もくもくと煙を上げるレンガの煙突。

 現実世界にいたとき、スキー場で同じようなログハウスに泊まった事を思い出す。

 そういえばあの時も、ログハウスに興奮してたっけ。懐かしく思いつつ、素直な感想を口にする。

「すごく雰囲気のいい家だね。森と一体感もあるし、こういうログハウスに憧れてるんだよね」

 木の板でできた入り口階段を上がりながら呟く。

 何気ない台詞だったが、どうやらこの言葉が、ピチカに火をつけたようだ。そういえばその時、前を歩いていたピチカの耳が反応するようにシャキンッと立ってたな。

 そしてピチカのお宅訪問ツアーが開催された。

 まぁ添乗員を頑張っているピチカも可愛かったから、別にいいけど。

「案内してくれてありがとう。おかげで夢に見そうだよ」

「ん」

 ようやく解放された僕は、リビングのテーブルにピチカと向き合うように座った。

 ――ところでピチカのご両親は何処? とは聞けなかった。

 案内されて気づいたのだが、このログハウスには、ピチカの両親と思われる部屋がなかった。部屋どころか荷物もない。すべて1人前しかないのだ。

 じゃあピチカの両親はいったいどこに? まさか――。

(いや、やめよう)

 今日知り合ったばかりの僕が触れるべきではない、そう判断した。

 なので僕は、両親の事はなるべく避けて質問することにした。

「今日はピチカ一人なの?」

「一人、ちがうよ?」

 ピチカはそう答えると、くるっと首を回して、リビングの奥をじっと見つめた。

 つられてそちらを見る。

 なんかいた。

 えっと、なんだあれ?

 ブロッコリーだ。等身大のブロッコリーに、かわいい手足が生えている。そこに眼球と口がついたら化け物確定だが、それはなかった。なので地方のマスコットキャラ的な可愛げがあった。っていうかあれ、置物じゃなかったんだ。

 挨拶しているのか、こっちに手を振ってくる。

 僕が手を振り返すと、うれしそうにピョコピョコ飛び跳ねた。可愛いじゃないか。

「ピチカ、一人ちがう。ここ妖精、いっぱい居るよ?」

「あれって妖精なんだ」

「んっ」

 ブロッコリーに『中の人』が入っていないと知ってホッとした。

 じっと見すぎたせいか、ブロッコリー君は照れてキッチンへと隠れてしまった。

 視線を巡らすと、窓を拭いている小さな人を発見。小さいと言ってもバービー人形ぐらいのサイズ。背中に透明な羽が生えた女性で、ハチドリのようにパタパタとホバリングして、器用に窓の溝を拭いている。

 探せばもっと他にもいるのだろう。

 あまりジロジロ見るのは失礼だと思い、視線をピチカに戻した。

「ずいぶんとにぎやかなお家だね」

「ん」とピチカ。

 実はそこが一番気になっていた。

 さびしい思いはしてないようで良かった、と安心した。

 ピチカの話では、身の回りの世話はほとんど妖精がやってくれているらしい。

 もともとはピチカの体から自然に溢れる魔力を吸収するために集まってきた連中なのだが、気づいたら世話をしてくれるようになったらしい。

 まぁ彼らの気持ちもわかる。放っておけないもんなぁ、この幼子。

 しばらくすると、ブロッコリー君がサンドイッチとコーヒーを運んできてくれた。

 2人前がテーブルに並ぶ。

「ワッフルのお礼。めしあがれ」

「ん、あっ、そういえばそうだったね。それじゃあ遠慮なくいただきます」

 先ほどの戦闘であまり食べられなかったので、ちょうど小腹がすいていたところだ。

 ハムと卵とトマトのシンプルなサンドイッチにかぶりつく。

 味は申し分なかった。というか美味しかった。

 喫茶店を思い出す味だ。

 美味しいよとブロッコリー君に伝えると、その場でクルクル回りだした。

 陽気な緑黄色野菜だな。

 どうやって味見したの? とか、パンにはさんでいるトマトは君の仲間じゃないの?とか、そういう野暮なことは考えない。これは、そういうものなんだ。

 ゆっくりと咀嚼しながら、部屋を見回す。

 丸太で形作られた室内の雰囲気とあいまって、ロッジで優雅な朝食を食べているような気分に浸れる。

 目の前ではピチカがムグムグとサンドイッチを頬袋に詰め込んでいた。

 ワッフルを食べたばかりなのに……意外に大食漢なんだな。

 僕は笑いながら、ピチカの口元についたソースを、ハンカチでぬぐってやる。

「んー」

 目を細めて、ピチカはされるままだった。

 とても落ち着いた、贅沢な時間を過ごすことができた。





 食事を終え、コーヒーのお代わりをブロッコリー君にもらい、ひと心地ついた頃。

 やることがなくなって、しばらく室内をボーっと見回していると、僕はあるものを発見して――閃いた。それは何の変哲もない紙だ。

 ピチカの喜ぶ顔が見たくなった僕は、その紙を数枚持ってくると、テーブルにザッと広げた。

「シンゴ、なに? なにする?」

「さー、なんだろーねー?」

「? ? ?」

 質問には答えず、意味ありげに笑う。

 興味を引かれたピチカが、椅子をギーコギーコ言わせながら、右隣にくっついてくる。

 よしよし。つかみはオッケー。

 僕はなるべくピチカから手元を隠すようにして、作業を始めた。

 するとピチカは気になって仕方ないのか、なんとか手元を見ようと腕を引っ張ったり、袖を噛んで引っ張ったりする。でも見せてあげない。途中過程は見せられないのだよ。

 フフフと笑って拒み続ける僕に焦れたピチカは、強行手段に打ってでてきた。

 僕の右脇から強引に頭をネジ込んできたのだ。

 いきなり視界の右端から、銀色の塊がズボンッと飛び出してきて、思わず「うわっ」と声を出してしまった。

 でも残念。

 もう完成したのだ。

「……これ、なに?」

 テーブルの上には、紙で折ったツルがちょこんと乗っていた。

 ピチカはまるで蛍を捕まえるように、そっと両手で包み込むと、僕の目の前に見せてくる。

「シンゴ、コレ魔法? 紙の魔法?」

 顔は無表情のままだが、その耳は天を貫く勢いでピーンと立っている。

 すごい興奮しているのだろう。

 その無邪気な反応に、僕はおもわず相好を崩した。

「ちがうよ。それは折り紙っていう遊び」

「オリガミ? 魔法ちがう? 遊び?」

「そうだよ、誰でも出来る簡単な遊びなんだ」

「ピチカも……できる……?」

 恐々と聞いてくるピチカ。

 その破壊力たるや凄まじく、思わずぎゅっと抱きしめたくなってしまうような衝動に駆られる。それを理性で堪えつつ、笑顔で答える。

「もちろんだよ。ピチカも作ってみる?」

「んっ!」

 今日一番大きな声を出したピチカを、まずちゃんと椅子に座らせて、その前に紙を並べる。耳をピコピコ動かす可愛い教え子に笑いつつ、僕は説明を始めた。

「じゃあ僕と同じようにやってね? まずはここを――」





 ピチカは鶴の折り方を覚えると、一心不乱に折り続けた。

 よっぽど気に入ってくれたようだ。いまやテーブルの上はピチカが作った鶴だらけ。ブロッコリー君の緑のアフロヘアーにも2匹くっついてる。

 しかし手元に紙がなくなって、高そうな本を破ろうとした時はさすがに焦った。

 新たな紙を手にしたピチカは、ふたたび鶴の生産ラインを稼動させていた。

「んー、ん、んー」

 足をパタパタさせ、鼻歌っぽいのを口ずさんでいる。

 そんな様子を温かく見守りつつ、ブロッコリー君の入れてくれたコーヒーで唇を湿らせた。もう完璧に親みたいなポジションだな、僕。

 と、ここで、ちょっとしたイタズラ心が芽生えた。

 数枚の折り紙を組み合わせ、四角い鞠の折り紙を作って、それを一心に折り続けるピチカの頭上から、ポトンと落としてみたのだ。さて、どんな反応するかな?

 笑うのを堪えながら見ていると、四角い鞠に気づいたピチカは、ピタッと手を止めて数秒停止してしまった。ふたたび動き出したピチカは、鞠を手に取ると、不思議そうにいろんな角度から見る。

「?」

 そして何度も首をかしげながら、やがて僕の顔を見上げてくる。

 その透明な瞳には「これなに?」という言葉が浮かんでいた。

「さーて、これはどーやって折ったでしょうか? ピチカにわかるかな?」

「ん~」

 その時、ピチカの目に強い意志を感じられた。

 軽い冗談のつもりだったのだが、どうやらピチカはこう見えて、負けん気の強い子なのかもしれない。

 ピチカは鶴と鞠を、鑑定士のような真剣な眼差しで何度も見比べ、何度も見比べ……。

「んっ! わかった!」

 やがて鞠が複数の部品で組み合わさった物だと気付き、分解を始めた。

 ピチカは嬉々と(表情は相変わらずだけど)、鞠をバラバラにしていく。ほぐすのがよっぽど楽しいのだろう。

 だがその手が、唐突に止まった。

 好奇心でキラキラと輝いていた瞳から、徐々に光彩が失なわれていく。

 どうしたんだと思って手元を見ると、どうやら部品を元に戻そうとするが、できないようなのだ。解体に夢中になりすぎて手順を覚えていなかったのだろう。

 やがてピチカは、その大きな尻尾を胸にギュッと抱き

「……ごめんなさい」

 震える声で謝ってきた。

「えっ!?」僕は焦った。

「だ、大丈夫だよピチカ、これすぐ組み立てられるやつだから、ね」

「でも……これ……死んだ」

 死っ!?

「死んでない死んでないコレ超生きてるから!」

「………………………………………………………………ほんと?」

 尻尾越しに、ピチカ。

 大きく頷く。

 そして僕は大慌てで鞠を組み立てなおし、べそをかいていたピチカの頭を何度も撫でてあやし、鞠の作り方を教えてあげ、二人で作った鞠でキャッチボールをはじめた頃になって、ようやく元の元気を取り戻すことができた。

 心の中でドッと冷や汗をかいた。

 子供ってデリケートなんだな。気をつけないと。

「って、ピチカ。口でキャッチしちゃだめって言ったでしょ」

「ん~」








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