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1-23 防具屋モーガン





 ギルドを後にした僕は、その足で、西の商業区画に来ていた。

 僕の目の前には、通りをはさむ形で店がずらーっと並んでいる。

 見上げると、雨が降っても大丈夫なように、薄い天幕が張られている。

 まるで日本のアーケード街そっくりだった。

 いまは午前10時ごろ。

 冒険者といった風貌の人をたまに見かけるぐらいで、あまり人通りはなかった。

 壁に張られている広告や、下げられている看板に何が書かれているのかはわからない。

 でも、ショーウィンドー越しに店内の様子がうかがえるので、そこが何のお店かは大体の見当がついた。

 そして僕の目的は「防具屋」だ。

 武器屋を見たいというのもあったが、まず優先させるべきは防具だ。

 そう思うのには理由がある。

 ステラさんの話を聞いていて改めて痛感したのだが、僕の体は本当に脆い。

 ちょっと不意を打たれるだけで、一気に死ぬリスクが高くなる。

 僕がこれまで経験した戦闘は、ほとんどが先手を打ってきた形だった。だから相手の攻撃をほとんど受けることが無く、布の服一丁でも、こうして生きていられるとことができた。


 だがもし、後手に回ったらどうなるだろう? 


 ラビットクローの前足で腹部を裂かた状態で、果たして反撃が出来るだろうか?

 ハーピーの羽が顔に刺さった状態で、冷静に対処できるだろうか?

 どっちも無理だ。

 治療する事はできるだろうが、それを敵が待ってくれるわけがない。

 不意をうたれた上に、さらに複数で来られたら、もはや死ぬしかない。

 これが手足の負傷ならまだ何とかなるが、胴体の負傷は本当にまずい。

 まずは胴を守る装備が必要だ。

 最低でも、ハーピーの爪を防げるくらいの強度が望ましい。

 現在の所持金は4万ルーヴ。

 これに今日の宿代を引いて、諸経費を引いて、自由に使えるのはだいたい2万。

 ……2万で何か買えるのかは疑問だけど。

 とにかくどういった装備が売られているのか、自分の目で確認しない事には始まらない。僕はたくさんある防具店の中から、とくに雰囲気の良さそうな店を発見し、そこに入ることにした。

 ぎぃぃぃ。

 ガラスの嵌った木製ドアを開けると、ガソリンのような匂いが僕を出迎えてくれた。整備用のオイルか何かだろうか?

 カウンターには熊のような図体の親父さんが一人。鍛冶職人がしてそうな皮の前掛けをしてる。僕が入ってくるのを目で確認すると、いらっしゃいませ、の代わりに、ニヒルな笑みを送ってきた。

 えっと、勝手に入っていいのかな?

 戦々恐々としつつ、僕は店内へと足を踏み入れた。

 店内は、教室2つ分くらいはある広さだった。

 頑丈な金属製の棚には、篭手やベルト、靴や兜などが整然と並んでいる。

 兜ひとつとっても、その形は和風っぽいものからスパルタ兵が被ってそうなものまで、種類に富んでいる。材質も鉄だけでなく、紫の色が混じった鉄や、グリーンの水晶みたいなものなど、一見してどれがどれだけ堅いかなんて判断がつかない。

 しかもこれらは全て、映画の小道具ではなく、実際に使用できる本物だ。

 スクリーンで見るものより遥かに迫力があった。

 眺めているだけで、否応なしにテンションが上がってくる。

 そして一際目を引くのが、甲冑が並べられているコーナーだった。

 壁沿いに、様々な鎧を着たマネキンが、ずらっと陳列されている。その様は、まるで映画ハムナプトラ3で出てきた中国の兵馬俑のようだ。店内は見た目以上に奥行きがあり、マネキンだけでも一列20以上ある。圧巻だった。スマートフォンがあれば絶対写真に収めて壁紙にしていただろう。

 高そうな装備品は、カウンター横の大きなガラスケースに入っている。

 美しい装飾が施された篭手や黄金のブーツなどが、淡い照明によって化粧され、まるで芸術作品のような気品を放っている。

 あぁ、めっちゃくちゃ楽しい。

 どこを見ても好奇心を刺激されるようなものばかり。

 現実世界なら入場料がとれるよこれ。

 あっちへフラフラ、こっちへフラフラ、当初の目的を忘れて鑑賞を楽しんだ。

 そんな中、

「……かっこいい」

 僕の目は、ガラスケースに並んだ鎧のうちのひとつ、純白のフルプレートアーマーに釘付けとなった。

 陶器を思わせる滑らかな表面。しかしその鎧が持つ堅牢さは、僕の5,56mm弾すら安々と弾き返せるほどの凄みがある。

 ごてごてと装飾が付いていないところも好感が持てる。

 その無駄をそぎ落とされた姿形は、まるで真珠のような色気があった。

 コレを着ていれば、ハーピーの突進攻撃も余裕で受け止められるだろう。

 トランペットを眺める少年のごとく、ガラスケースに張り付くように見ていると、

「そいつぁシルバーオリハルコン製フルプレートアーマー。最新の5重構造でおまけにAクラス魔法防護処理済。首都の大工房で作られた一級品だ。色は、まぁカマ野郎向けだが、性能はこの店でダントツだ」

 背中に野太い声がかかった。

 振り返ると、そこにはヒグマ――じゃなくて親父さんが居た。

 丸太のような腕を組み、渋みのある笑みを口端に浮かべている。

「熱心に見ていたが、こいつが気に入ったのか?」

 すこし威圧されつつ、はいと答えた。

「こんな見事な鎧を実物で見たことがなくて、つい」

「そんなに気に入ったんなら、どうだボウズ、着てみるか?」

 その一言が、僕の少年心に火をつけた。

「是非!!」

 二つ返事で頷いた。

 そして十分後、後悔する事となった。





「た、た、たすけてぇぇぇくださぁいぃぃぃ」

 兜の隙間から、僕の弱々しい声が漏れ出る。

 親父さんに手伝ってもらいながらフルプレートアーマーを装着していったのだが――篭手を片方つけた時点で、いやな予感がした。

 そして予感は的中した。

 最後に兜を装着した時点で、僕は一歩も動けなくなってしまった。

 鉄板にはさまれたタイ焼きのような気分だ。鏡に映った自分を見て「誇らしい!」という気分はまったく味わえず、転んだら圧死するという恐怖しかなかった。

 ただその場を動かず、命乞いのような声をひり出すしかなかった。

 ふたたび親父さんの手を借りて、鎧を外していく。

 ほとんど瓦礫から救助されているような気分だった。

 鎧から解放された僕は、まるで浜に打ち上げられたヒトデのごとく、グッタリするしかなかった。嬉しいとか楽しいという言葉は一つも出てこなかった。

 その様をみて、親父さんは愉快そうに笑っていた。

「ガーッハッハッハッハ。どうだったボウズ、憧れの鎧を着れた感想は」

「し、死ぬかと思いました」

「カカカ、鎧に殺されちまったら本末転倒だわなぁ!」

 親父さんは上機嫌でバンバンとカウンターを叩いていた。

「うぅ」

 四つんばいの姿勢のまま、恨みがましく見る。

 そんな笑わなくてもいいじゃないか。

「あーわりぃわりぃ、つい悪ノリがすぎちまったな。カンベンしてくれ」

 そう言って笑いを引っ込めた親父さんは、テキパキと鎧をガラスケースにもどした。

 まったく重さを感じさせないその手際に、僕は驚いた。

 篭手一つでも足に落としたら確実に骨折しそうなほど重いというのに。日頃から重い物を扱っているから、あんな筋骨隆々の体になったんだろうな。

「それでお前さん、冒険者に成り立てなんだろ?」

 えっ、と目を丸くする。

 もちろん言った覚えはない。

「わかるんですか?」

「ボウズみたいなのは偶に店に来るから直にわかるんだよ。で、何を探しに来たんだ?」

「じつは――」





 店主である親父さんの名前はモーガン。

 話してみると、とても気さくな人で、すぐに仲良くなった。

 親父さんと打ち解けた僕は、自分の装備について相談に乗ってもらうことにした。

「魔法使いのくせに鎧が欲しいのか? 変わってんなぁ」

 そう言いつつも、親父さんはカウンターの上に、様々な材質で出来たライトアーマーや鎖帷子など、僕の筋力でも使えそうなものを次々と並べてくれた。

 予算が2万しかないので、いま買うわけではなく、今後購入するための試着だ。

 あらかじめそう断っておいたのだが、親父さんは嫌な顔ひとつせず「暇だから付き合ってやるよ」と了承してくれた。いい人だ。

 親父さんに材質の特性を教えてもらいつつ、自分の理想がどんな何なのか、イメージを固めていく。

 まず価格が安いライトアーマーはまったく役に立たなかった。

 材質が安価な鉄でできているため、重量が重く、しかも僕が求めているほどの強度を持っていないのだ。最低でもハーピーの一撃に耐えうるだけの強度は欲しい。

 カバーするのは主に上半身で、特に腹部を防御できないと意味がない。

 できれば全身カバーできればと思ったが、重量の関係でそれは断念した。

 つまり防弾ベストの形が、いまの僕にとって一番理想的だった。

 そして今の僕の体力でも、最低1kmはジョギングができるだけの重量に抑えないといけない。なので上限を5kgにした。鎧のほかに予備マガジンや仕留めた獲物の部位などを運ばなければいけないからだ。

 持久力や筋力は、今後のトレーニングで努力するとしても、軽ければ軽いほど助かる。

 強度、形、重量。

 そうして希望に沿った鎧をリストアップした僕は、


「300万ルーヴ!?」


 普段より5オクターブ上がった声を出した。

 しかも300万ルーブは一番安いヤツだ。平均で500万~600万。

 一番高いのは聞くのが怖かったので耳をふさいだ。

 月4000円のお小遣いでやりくりしていた僕にとっては、その価格に閉口するほかなかった。

 もしこれがRPGゲームだったらクーリングオフものだ。

 クソゲーオブザイヤーのノミネート作品だ。なにせ最初の鎧を買うのに300万吹っかけてくるんだから。何年初期装備でスライム狩り続けさせるつもりだよ。

 いけない。あまりの金額に現実逃避してしまった。

 顔面蒼白になった僕は、ひとまずリストアップした鎧の名前をメモし、「出世したら買いに来ます」と弱々しく告げた。





 先ほど鎧を選んでいて気づいたのだが、僕には身を守る鎧のほかに、射撃をスムーズにするための補助的な装備も必要だとわかった。

 とくに再装填中のまごつきをどうにかしたかった。

 これまでずっと予備マガジンをズボンのポケットに入れていた。しかしポケットだとマガジンの上下がわからず、いざ再装填が必要になったとき、「あれ、どっち」と余計なロスタイムが生まれるのだ。

 だからといって慌てて落としでもしたら最悪だ。

 拾っている最中に首を掻っ切られてしまう。

 つまりリロードをスムーズに行うための装備『マガジンポーチ』が必要なのだ。

 それも即座に取り出せるタイプのものが好ましい。

 僕はカウンター横の棚にかけてあった、ナイフを収納するためのベルトに目を付けた。

「なんだボウズ、次はナイフか? お前さん本当に魔法使いかよ」

 そう呆れつつも、親父さんは丁寧にベルトの説明をしてくれた。

 その説明を受けながら吟味し、牛革で出来た投げナイフ用のホルスターを購入することに決めた。肉厚の刃が入るようにできているそれは、ちょうどベレッタM92Fの太いマガジンがすっぽりと収まる。

 これは太腿にベルトで巻きつけるタイプの物で、手を伸ばせばすぐ取り出すことができる。これは便利だ。

 確認のために、その場で左腿に装着し、マガジンを差し込んで、シャドーボクシングのように「再装填」の動作をした。すると思ったとおり、ズボンのポケットに突っ込んでいた時よりもスムーズに動作が行えた。大正解だ。

 おまけに少しの動作で再装填ができるので、右腕があまり動かず、銃口を目標に向けたままできる。すごい!

 夢中になって動作確認している僕を、最初は興味深げに見ていた親父さんだったが、次第にその表情から笑顔が消え、真剣なものになっていた。

 値段は3000ルーヴと安かったので、2つ購入することに決めた。


 ホルスターの次に、僕は「膝当て」を購入することにした。


 なぜ膝当てが必要なのかと言うと、ハーピー戦のときにニーリング(膝射)をして、尖った岩で膝を怪我してしまったからだ。下が岩場やイバラなどの場所の場合、ニーリングの姿勢を長時間安定させるためには、どうしても膝を保護するための物がいる。

 なので膝当てだ。

 だが、さすがに膝当てが単品で売っていることはなかった。

 僕が欲しいのは、バレー選手のサポーターみたいなやつなんだけどなぁ。

 なにか代わりになる物はないかと物色していると、お店の隅のほうに、篭手やら鎧の部品が乱雑に詰め込まれている木樽を発見した。

 けっこうでかい。

 なんだろうと親父さんに聞くと、

「あぁそりゃジャンク品だ。工房で完成品を作ったら、どうしても部品が余るんだよ。それをまとめて買い取ってんだ。自前で鎧の補強やら改造が出来るやつが、そのジャンク品を買ってくのさ」

「あの、じゃあ膝だけを守れる部品ってあります?」

「膝だけ? 膝だけ守ってどーすんだよ」

 親父さんは不思議そうに首をかしげる。

 なんと説明してよいものやら。

「あー、その、とにかく必要なんですよ」

「必要ねぇ。まったく魔法使いの考えることはちっとも判らねぇや」

 そういって親父さんは、僕の膝に合いそうな部品を探してきてくれた。

 この人、本当にいい人だ。

 やはり膝部分だけというものはなかったので、脛当てを分解することになった。

 いくつか見繕ってもらった中から、重たい金属製のものは避け、軽くて甲羅のような材質のものをチョイス。

 そして親父さんに頼んで、伸び縮みするベルトと、金具で簡単に留められるように加工してもらった。工賃込みで6000ルーヴ。

 最後に、靴だ。

 キャラバンで貰った靴はボロボロになったので、頑丈なブーツが必要になった。

 いろいろ見て回って、底がゴムでできた、柔軟でしっかりした革のブーツを購入。

 こっちは5000ルーヴ。

 マガジンポーチ、膝当て、ブーツ。

 計17000ルーヴ。

 鎧の目処もたったし、満足のいく買い物も出来た。

 それもこれも、根気よく質問に答えてくれた親父さんのおかげだ。

 僕は親父さんに何度もお礼を言い、そしてお店を出ようとした。

 その背中を「ちょい待ちな」親父さんが呼び止める。

 えっ?と振り返ると、親父さんはカウンターに頬杖をついたまま、片手で何か投げてきた。

 あわてて両手で受け取ると、それは薄手のレザーグローブだった。

 薄いといっても、しっかりとした材質で出来ており、おまけに手のひらには滑り止め加工が施されている。すぐに安物ではないとわかる。

「えっと、これは?」

「そいつぁ餞別だ。遠慮なく受け取んな――ところでお前さんは『見習いの通過儀礼』ってヤツを知ってるか?」

 いいえ、と僕は首を振る。

「この町の道具屋連中がやってる、伝統のイタズラさ。何も知らねぇ見習いを言いくるめて、使えない装備を売りつけんだよ。んで、あとで買い戻してやるのさ。そうすることで見習いは、てめぇの装備のことを真剣に考えだす。自分に合うか、合わないかを、人の意見ではなくてめぇの頭で考えるようになんのさ」

 そこで一旦区切り、親父さんは表情を引き締めた。

「だがボウズ、お前は違う。何が必要で何が不必要か、全部自分で決めちまいやがった。それが出来るのは見栄っ張りか、自分の戦い方を知ってるヤツのどっちかだ。そしてお前さんは後者だ。断言してやる。お前は近いうち、かならずここへ鎧を買いに来る」


「餞別はよそに浮気しないためのチップだ」


 締めくくりにニヤッと笑った親父さんを見て、鳥肌が立った。

 なんて粋な人なんだろう! しかもすごい褒められてしまった!

 思わずうれしくなって、僕は満面の笑みで答えた。

「わかりました。そのときは是非、こちらで購入させていただきます」

「おう、くそ高ぇ鎧売りつけてやるから、覚悟しとけ!」

「はい!」

「かかかか。よい旅を、若き冒険者」

 もう一度頭を下げ、僕は気持ちよくその店を後にした。

 絶対に買いに来る。そう決意を胸に秘めて。





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