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1-22




 午前8時から9時の間は、町が活発に動く時間帯だった。

 なぜなら、いろんな業種の人たちが、一斉に動き出すからだ。

 開店準備に追われている店主、農具が詰まった荷車を押している作業着の人、道の端で労働者用の弁当を売っている女性。冒険者の姿もちらほら。

 もう色んな人でごった返していた。

 あわただしく行き交う人の波に混じって、僕も足早に歩き続けていた。

 こうしていると、なんだかまるで朝の出勤ラッシュに参加しているような気分になってくる。さきほどの「社会人かも?」という言葉が頭をよぎる。

 妙な高揚感が湧いてきた。

(新社会人も、出社初日はこういう気分なのかな)

 などと考えつつ、すこし軽くなった足取りで、僕はギルドへと続く道を急いだ。

 そして――


「申し訳ないんだけど、いまオガミ君に紹介できる仕事は無いの」


 さっそく現実に打ちひしがれた。

 冒険者ギルド一階、受付ロビー。

 僕はステラさんと向かい合うようにしてカウンター席に腰掛けていた。

「そうですか」

 風船から抜けていく空気のような声で言い、ガックリと肩を落とした。

 ひょっとしたら何か依頼を受けられるんじゃないかと期待していたのだが――やっぱりダメだった。そりゃそうだよね。ギルドに採用されたからって魔力13には変わりないんだもの。はぁ。

「……お手数おかけして済みませんでした」

「それは別にかまわないんだけど」

 ステラさんは気遣うように尋ねてくる。

「でもオガミ君、受ける任務を一人で勝手に決めちゃっていいの?」

「え?」

 意味が分からず、僕は首を捻った。

「あの、何かまずかったんでしょうか?」

「だって、もし仮に任務を受けられたとして、それには当然、推薦者であるリュッカ・フランソワーズを同伴させなきゃいけないわけでしょ? あの子、自分の予定を勝手に決められるのを毛嫌いするから、きっと怒るんじゃないかな」

 気難しい子なのよね、と苦笑する。

 そんなステラさんを前に、

「……へ?」

 僕は口を半開きにして静止した。

 な、なにその謎ルール。

 推薦者を同伴させなきゃいけないなんて初耳だ。

 昨日――リュッカさんはお金をブン取ると、用済みだといわんばかりにさっさとどこかへ行っちゃうし、登録の担当官は、極度のストレスから解放されて泣き崩れるしで、まともに説明を受けていなかったのだ。

 つまり任務を受けるためには、あのヘソ曲がりを説得して予定を空けてもらわないといけないの? メチャクチャ面倒だなそれ。

 嗜虐的な笑みを浮かべるリュッカさんに、ひたすら頭を下げている自分を想像する。

「どうしたの? 急に顔が土気色になったけど」

「……いえ……リュッカさんの了解を得るのを考えると、急に胃痛が」

「あぁ、そういうこと。キミも大変ね」

「それはもう」

「でも、その割には上手にやってるそうじゃない」と、からかうように言う。

「僕とリュッカさんがですか!? 冗談じゃないですよ!」

「あらそう? いいコンビに見えるって聞いたけど?」

 誰がそんな正気を疑うような事を言いやがったんだ。

 だいたい。

「いいコンビなら、相方の報奨金を巻き上げるような真似はしません」

「フフ、いかにもあの子らしいわね」

「笑い事じゃないですよ。それに同伴の事も教えてくれなかったんですから」

 それは何気なく口にした一言だった。

 だがそれが、会話に奇妙な間を空けた。

「ちょっと待って。教えてくれなかったって、オガミ君、まさかあなた、同伴のことを知らなかったの!?」

 大仰に驚くステラさんに、「はい」と首肯する。

「……じゃあキミは、『一人で』任務を受けるつもりでココに来たっていうの?」

「そのつもりでした」

 次の瞬間。

 空気が一変した。

 それまでの和やかな雰囲気が霧散していき、代わりに身を切るような冷たい静けさが、あたりに立ち込めた。

 なにか。なにかまずい事を言ってしまったようだ。

「……」

「……」

 一秒、二秒と無音の時が過ぎていく。

 ステラさんは閉口したまま、眉根を寄せている。

 明らかに怒っている。でも怒らせた理由がわからない。

 僕は内心冷や汗をかきながら、ステラさんの次の言葉を待った。

 まるで時間を引き延ばしたかのように、一秒が長く感じられる。

 やがて、ステラさんの唇が、重い岩戸のようにゆっくりと開いた。

「ひとつ聞きたいんだけど」

「は、はい!」

「どうしてキミに推薦者の同伴が必要なのか、その理由をちゃんとわかっているの?」

「え、え? えっと、その」

 咄嗟に答えが出てこない。

 そんな僕を見て、ステラさんは「やっぱり」と納得したかのように小さく首を振り、そして溜息を吐いた。

 向けられる視線に、親しみの色が完全に失せ、容赦のない眼光が宿る。

 おもわず身をすくめた。

 ステラさんは決して声を荒げず、静かに話を始めた。

「任務中、不測の事態に陥るということはよくあります。奇襲、待ち伏せ、事故。これらはいくら予防線を張っても防ぎきれるものではありません。ですので冒険者には不測の事態に、柔軟に対応する能力が求められます。ここまでは分かりますか?」

「は、はい」

「では、そういった状況に置かれた時、キミはその貧弱な体と装備だけで、どうやって自分の身を守ると言うの?」

「それは……」

「それは、何です?」

「あの……」

「すぐに答えられないでしょ? それはキミが、何も考えていない証拠です」

 グサリと刺さる一言だった。

「まわりをよく見てみなさい。キミのような恰好の冒険者が一人でもいますか? キミはその姿で、彼らと同じ仕事をするつもりなんですか?」

 内に秘めた怒りの炎を透かしたように、ステラさんの眼光が鋭さを増す。


「キミは冒険者という仕事を、その危険性を、あまりにも甘く見すぎています」


 頭から冷や水を浴びせられたように、僕は縮み上がった。

 淡々とした口調。しかしその言葉は耳元で怒鳴りつけられるよりも僕の心を抉った。

 図星を指されているからだ。

「冒険者は一般人の手には負えないトラブルを解決することで、高い報酬を得ます。

 獰猛な野生動物を駆除する。

 盗賊から積荷を守る。

 危険な遺跡を発掘する。

 攫われた人命を救助する。

 どれも危険なものばかりです。

 任務中に命を落とすことなど日常茶飯事。

 冒険者とは、つねに死と隣り合わせで生きるということです――オガミ君」

「は、はい」

「昨年の冒険者の死亡者数がどれくらいか知っていますか?」

「……いいえ」

「国内ギルド全体で合計680名。これはあくまで『確認できた』数です。これに行方不明者、重度の怪我や後遺症を負った者の数を足すと、倍以上に膨れ上がります」

「そんなに」

「これでも減ったほうです。しかし冒険者ギルドのルールを厳格化し、私のような審査員をつけた今でも、分不相応な任務を選び、あっけなく命を落とす冒険者は後を絶ちません。そうやって無駄に命を散らす冒険者を、私たちギルド職員は数え切れないほど見てきました」

「……」

「そういう死にやすい冒険者は、

 得てして報酬額にばかり気を取られ、

 任務内容からどんな危険が潜んでいるか想像することができず、

 貧弱な装備と未熟な腕のまま、行き当たりばったりでここに来ます。

 無知で無計画。そして愚かしいほど無自覚」


「つまりオガミ君、キミの事を言っているのよ」


「……はい」

 ステラさんはここで一旦話を区切り、ティーカップに手を伸ばした。

 僕は背中を丸め、デスクに視線を落としていた。

 何も言えなかった。

 ただ、滝に打たれるように、ステラさんの話を聞くしかできなかった。

 一階ロビーには、僕のほかにも沢山の冒険者たちがいた。

 鎧やローブを着用し、ちゃんと武装している。

 自分はといえば、いまだ手ぶらで布の服。

 ここに居ることさえ許されないような気がしてくる。

 傍のテーブルでは、冒険者とおぼしき数人の男たちが打ち合わせをしていた。仮にあの輪に入って、僕は何か発言できるか? できない。話の内容についていくことさえ出来ないだろう。だってその知識がないんだもの。

 ここへきて、ようやく理解した。

 つまり僕は誰かに「何とかしてもらおう」という気持ちで此処に来ていたのだ。

 初心者だから周りが何かしてくれるだろうと甘えていた。

 現に昨日だって、誰かに説明されるのを待って、聞こうとさえしなかったのだ。

 誰も何も言わないけどまぁいっかー、で済ませたのだ。

 自分の命がかかっている大事な事柄だというのに、確認しようとしなかった。

 装備が無くても、何とかなるさ。

 黙ってても誰かがしてくれるさ。

 ギリィッと歯軋りする。

 ……僕は、いつからこんな自分では何もしないクソ野郎になったんだ?

 自己嫌悪で泣きそうになってくる。

 カチャッと小さくティーカップが鳴る。

 そしてステラさんの話は再開した。

「ハーピーやラビットクローを倒したという点に関しては、疑うつもりはありません。個人の戦闘力としては申し分ないでしょう。しかし、それだけでは冒険者として仕事を任せるわけにはいきません。キミには、決定的に足りないものがあります。それが何か、わかりますか?」

 ブンブンと首を振る。

「……ちゃんと口で言いなさい」

 少し苛立った声に驚き、僕は慌てて口を開いた。

「ご、ごめんなさい。わかりません」

「よろしい。キミに足りないもの、それは『ギルドの評価』です」

「評価、ですか?」

「冒険者を計るための物差しのようなものです。

 何が出来て、何が出来ないのかを把握し、評価する。

 そうすることで、その者のレベルに適した任務を斡旋することができます。

 キミの場合、何の訓練も受けておらず、装備も整っていない。

 危険を認識できていない。

 魔力値は規定数を大きく下回る。

 評価はほぼゼロです。それが私――つまりギルドの下したキミへの『評価』です。

 自覚しておきなさい」

「……はい」

「評価が低いということは、冒険者にとっては致命的です。依頼を受けられないことはもちろん、仲間を募ることもできません。つまりキミは冒険者としては使い物になりません。本来、冒険者を名乗る資格すらありません」

「…………はい」

「それでも冒険者になりたいと思うなら」


「今すぐその甘えた考えを捨て、求められる資質を磨いてから出直してきなさい!」


 はい。

 返事をし、僕は強く唇をかんだ。口の中にじわりと鉄の味が広がる。

 僕は自分が情けなかった。

 情けなくて、いますぐベレッタを召喚して自分の頭を吹き飛ばしたかった。

 冒険者という仕事が、どれだけ危険かなんて、この町に来るまでに散々見聞きしてたはずだ。実際、任務中に殺された冒険者の姿も見た。

 それなのに、僕は心のどこかでその危険性を楽観的に捉えていた。

 まるで死んでもやり直しが利くRPGゲームのように考えていた。

 自分は死ぬはずがない。そう考えてさえいた。

 狼に殺されかけ、魔力欠乏症で衰弱死しかけたってのに。

 数分前まで舞い上がっていた自分が恥ずかしい。

 なにが社会人だよ。何の自覚もないじゃないか。

 自責の念で心が軋みをあげる。

(でも……)

 でも、落ち込んでばかりはいられない。

 僕はやると決めたんだ。

 膝の上に置いた手を、ギュッと握る。緩みかけた涙腺を必死で堪える。

 ここで泣いたらダメだ。それだけは絶対に許さない。

 ステラさんは僕の問題点を丁寧に教えてくれた。僕のためにだ。厳しい言葉は、それだけ重要なことなのだ。

 何も僕が憎いから言っているわけじゃない。それぐらい分かる。

 そして、その気持ちを無駄にしてはいけない。応えないといけない。

 欠点はわかった。じゃあ僕は、次に何をすべきなんだ。

 冒険者として求められる資質を習得するには、これからどうすればいいんだ?

 分からない。

 分からないなら、知っている人――ステラさんに聞くしかない。

 でもその前に、言わなければいけない言葉があるんじゃないのか?

 僕は、意を決して口を開いた。

「あ、あの、ステラさん」

「なにかしら?」

 硬質な声にビビッてしまう。

 だが引け腰気味の気持ちに活を入れ、僕は声を張った。

「ご指導いただき、ありがとうございますっ!」

 バッと頭を下げる。

「ステラさんの仰るとおりです。甘えていました。冒険者になれて浮かれ、自覚が足りませんでした。ステラさんが叱ってもらわなかったら、ずっとそのままだったと思います。そして取り返しのつかない事になっていたかもしれません。おかげで大切なことに気付けました。ありがとうございます!」

 マシンガンのように、自分の気持ちを口にした。

「……」

 そんな僕を前に。

 ステラさんは、しばしキョトンとしていた。

 やがて、その厳しかった瞳が、雪解けのように柔らかなものへと変わっていく。

「……そう、わかってくれたの」

 その言葉が合図であるかのように、肌を刺すような張り詰めた空気が、徐々に弛緩していく。そのことにホッとしつつ、僕は言葉を続けた。

「それで、あの、申し訳ないんですが……」

「どうしたの?」

「分からない事があるので、2,3質問してもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんよ。そんな恐縮しないで。そのための私なんだから」

「あ、ありがとうございます」

 いつもの優しい口調に、思わず涙が出そうになる。

 もう一度頭を下げ、そして質問をはじめた。





「冒険者に必要な力を得るには、どうするべきなんでしょうか?」

「そうねぇ……」ステラさんは陶器のような艶やかな頬に、指を当てる。

「一般的には、訓練所で基礎トレーニングを受けるんじゃないかしら?」

「訓練所?」

「ええ」とステラさん。

 訓練所と呼ばれる施設で技能や体力を鍛え、同時に、冒険者としての心得を学ぶことができるのだそうだ。車の教習所みたいなものかな。

 そして訓練期間を終え、最終テストに合格すると、『基礎教練修了証明書』を発行してもらえる。その内容によって、ギルドの評価が決まるのだ。

 ギルドに初めて来た日、提示を求められていた証明書がこれだ。

 ステラさんの説明を聞いて、僕は頭を捻った。そしてはたと気付く。

 あれ? もしかして順番間違えてないか?

 大事な訓練過程をすっ飛ばしてるから、今みたいな「登録しただけ」の状態になってるんじゃないのか。

 ということは、訓練所とやらに通えば問題は全部クリアじゃないのか?

「僕がその訓練所に通うことってできるんでしょうか」

「もちろん」

 よしっ、と心の中で拳を握る。

「ちなみに幾らぐらいお金が必要なんでしょうか?」

「うーん。魔法使いだと安くて100万ルーヴほどじゃないかしら」

「……ひゃ」

「どうしたの?」


「ひゃ、ひゃくまん!?」


 驚きすぎて耳から脳みそが出そうになった。

 なんだよそれボリすぎだろヤクザかよ。何匹ラビットクローを狩ればいいんだよ。

 呆然とする僕の様子を見て、ステラさんは眉をひそめた。

「もしかしてオガミ君、ご両親の反対を押し切って、ひとりで冒険者に?」

 えーっと。それでいいのかな。

 冒険者になるといったら――きっと母は大反対だろうな。父も引きずられるようにして反対意見になるだろう。でも僕は曲げるつもりはない。

 じゃあそういうことか。

「えっと、まぁ、そんなところです」

「それで納得できたわ。援助が受けられないから証明書も装備も準備できなかったのね」

「お恥ずかしい限りです」

「べつに恥じることじゃないわ――それにしても、フフッ」

「な、なんですか」

「親の反対を押し切って、一人で冒険者になろうだなんて、オガミ君も見かけによらず『男の子』なのね。少し驚いちゃった」

 ステラさんの顔に、ふわりと笑みが浮かぶ。

 まるでマリア像のような母性を感じさせる、柔和な笑顔。

 こんな時だというのに僕の胸はドクンッと高鳴った。

「でも困ったわね。援助が受けられないとなると、訓練以前の問題になってくるわね。オガミ君は今どうやって生活しているの?」

「狩猟で生計を立ててます」

「……アッサリ言うけど、それはそれで十分すごい事なのよね」

「?」

「いいの、独り言だから。じゃあ当面は狩猟を続けるしかなさそうね」

「やっぱりそうなりますよね……」

「ガッカリした顔をしないの」ステラさんは苦笑を浮かべる。「狩猟も冒険者にとっては大事なことなのよ」

「そうなんですか?」

 もちろん、と頷くステラさん。

「狩猟には冒険者にとって必要な技術を学ぶことができるのよ。たとえばサバイバル技術や生の戦闘体験なんて、訓練所でも経験する事はできないわ。冒険者になったはいいものの、腕に自信が無くて、経験をつむためにしばらく狩猟をするなんていう人もいるくらいなんだから。狩猟で学ぶことは多いはずよ」

「……確かに」

 思い出したのは、ラビットクロー5匹と一度に戦ったとき。

 あの時、僕は先制攻撃の重要性を改めて思い知った。先手を打てたからこそ無傷で勝てた戦いだった。そして奇策(あの時は死骸を投げつけたこと)によって、数秒の時間を得ることが、戦闘にどれだけ有利に働くかも学んだ。

 ステラさんの言うことはいつも正しい。

 僕の回答に、ステラさんはウンウンと頷いてくれた。

「それでいいの。狩猟をただのお金稼ぎの道具と思わず、大切な学びの場と考えるの。そうすれば自ずとオガミ君の実力も養われると思うわ」

「わかりました。しばらく狩猟を頑張ります!」

「素直でよろしい」グッとくる微笑み。「私も手が空いたときに訓練所のことを調べといてあげる」

「えっ、そんな、そこまでしてもらわなくても」

「いいのよ。人材を育てることも、ギルド職員の務めですもの。それに個人的に、キミには期待しているから、ね」

 茶目っ気たっぷりにウィンクをする。

 うわー。

 なんか、もう、「うわー」だった。

 僕の人生の中で、ここまで親身になって話を聞いてくれる異性は、母以外いなかった。

 母にすら、ここまで真剣に話し合いをした経験はなかった。

 そして、ちゃんと怒ってくれた。

 本気で叱ってくれた。

 僕のことを本当に心配してくれなければ、温和そうなステラさんが、あんな剣幕を浮かべるわけがない。そのことが嬉しくて、お腹のそこから温かくなってくるような、そんな幸せな気分に包まれた。この人に出会えて良かったと、本気で思う。

 まるで、自分のお姉ちゃんが出来たようだ。しかも美人のお姉ちゃん。最高だ。

 一人っ子だった僕には、姉や兄がいることがちょっとだけ羨ましかった。

 そんなことを、変にテンションの上がった脳みそで考えたせいだろう。


「わかった! ありがとうお姉ちゃん!」


 おもっくそ大失態をやらかした。

 フロアに響くような声で言ってしまった。

 隣に座っていた受付カウンターの職員が「えっ!?」と目を大きくしている。奥のほうで物が割れる音がした。

 口から飛び出した言葉は、もう二度と帰っては来ない。

 死にたくなった。

 鏡を見なくても分かる。僕の顔は、間違いなく真っ赤だ。血が頭に上りすぎて、手足が真っ白になりそう。

 ステラさんはというと、そんな僕を前にして、可笑しそうに、上品に笑っていた。

 笑ってくれたことがせめてもの救いだった。

 真顔だったら二度とこのギルドには足を踏み入れられないだろう。

 やがて。

「頑張るのはいいけど無茶をしてお姉ちゃんを心配させないでね? シンゴ君」

 右手を伸ばし、その細い人差し指で、チョンッと僕の鼻を押した。

 限界だった。

「そ、そそ相談に乗ってくださってあ、ありがとうございます! いってきます!」

 何度も頭を下げ、僕は席を立つとネズミ花火のようにギルドを出た。

「いってらっしゃい」

 扉が閉まる瞬間、背中でその声を聞いた。







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