1-17 僕の盾
ライオットシールド。
ライオットシールドとは、投げつけられる石や刃物から、体を守ることを目的に作られた、ポリカーボネート製の盾のことだ。
現代版の盾といっていい。
映画やFPSゲームなどでたびたび登場する、半透明の四角い盾だ。
ゲームではアサルトライフルの弾丸やら榴弾を真正面から弾き返すことができるのだが、実際の性能は、せいぜいが9mm弾が精一杯らしい。5,56mm弾なら容易く貫通させることができる。まぁ盾といっても所詮はプラスチックの板なのだから、現実はそんなもんだろう。その事実を知った時は、けっこうガッカリしたけど。
そしてそれは、あくまで僕がいた現実世界の話だ。
スペルブックが『更新』されたのを感じた僕は、慌てて確認すると、新たなページが追加されていた。
ページには「ライオットシールド」が描かれていた。
たぶんこれが、僕という魔法使いに授けられた障壁なのだろう。
僕はそのまま町を出て、人気の無い夜の草原で、さっそく性能の確認作業をすることにした。ようは実験だ。
いきなり実戦投入して、もし使い物にならなかったら大変な目にあうからだ。
何事も用心が大事だ。
「すぅぅぅ、はぁぁぁ」
深呼吸し、精神統一。
そして強くライオットシールドを意識する。
すると、何もない虚空に棒状の物が水平に出現し、シャッターを下すように、するすると半透明な壁が生み出されていく。そして1秒もかからず完成した。
……なんというか、レシートを吐き出す自販機みたいだった。
もっとこう、閃光が迸ってズババーンというのを期待していたので、少しガッカリした。まぁそんなことはどうでもいいか。
まず最初に気付いたのは、驚くほど魔力消費が低かったことだ。
ベレッタのマガジン1つ分の消費も感じなかった。しかも維持するための魔力消費も、ほとんど無いに等しい。
おまけにめちゃくちゃ軽い。指2本で持ち上げられるほどだ。
叩くとコンコンと固い音がするので強度はありそうだけど、不安になる軽さだった。
念じると、形を自由に変形させることができることもわかった。
左腕に巻き付くようにイメージすれば、取っ手がなくても装着する事ができる。四角から三角形に変えることもできる。しかしシールドの大きさや厚みを増やすと、さすがに魔力消費が増える。魔力を材料に作られているわけだから、質量が増えれば、必然的にコストも増えるってわけか。
最後に、一番肝心な強度テストをすることにした。
腕に装着したライオットシールドを外し、木に立てかける。
そしてベレッタM92Fを弾が満タンの状態で召喚。
あたりに人がいないことを十分に確認してから撃鉄を起こし、引き金をひく。
真っ暗な闇にマズルフラッシュが瞬き、乾いた音が響いた。
「……うそだろ」
目の前の光景に、僕は愕然とした。
僕の召喚するベレッタは、現実世界のものよりも遥かに上を行く破壊力を持っている。その銃弾の直撃を、なんと防ぎきったのだ。
まぐれを疑って、僕は立て続けに7発、計8発を撃ったが、やはりライオットシールドは欠けることなく銃弾を防ぎきった。
軽く、低コスト、そして高い強度。
すばらしい性能だ!
そしてうれしい発見はこれだけじゃなかった。
「……って、あれ? 8発も撃てたっけ?」
僕は1マガジンを全部使い切るつもりで撃った。なのに、なんで8発も出るんだ?
まさかと思いスペルブックを確認すると、思ったとおり、ベレッタM92Fの数字は4+1から7+1発に増えていた。
えっと。つまり。
これは『レベルアップ』というヤツなのだろうか?
なにがきっかけで数字が更新されたのかはわからない。
でも、これで戦闘は格段に楽になったのは確かだ。
すごいすごいすごい!
僕は明かりの無い夜の世界で、ひとり興奮していた。
様々なことを試しながら、それをメモに残していく。
しかし作業に没頭しているうちに、
「あっ、やばっ!」
あることに気付いて青ざめた。
ホテルを探さないと、このまま野宿するはめになるじゃないか!
懐中時計を見れば、もう午後10時を回っている。本気でヤバイ!
僕はあわてて荷物を片付けると、町へと足早に戻った。
ちなみにM4A1も確認したが、数字に変化無かった。
サルラの町の西側。
商業区画の一角に宿屋街がある。ここで今日の宿を探すことにした。
しかし何軒か宿を回ったのだが全部断られてしまった。
僕の格好がいけなかったのだ。モンスターの解体作業や相次ぐ戦闘での汚れで、僕の姿はけっこう酷いことになっていた。一応ギルドに向かう前に水場で軽く洗ったのだが、それで落ちきるようなものじゃなかった。
いや、汚れよりも、僕自身の「胡散臭さ」がダメだったのだろう。武器すら持っていない小僧。これじゃあ誰も泊めたがらないのも頷ける。
けっきょく僕は、門前払いを何度も経験するはめになった。
このまま野宿かと諦めていた時、「アンブレラ」という宿を見つけた。
名前の響きに惹かれ、だめもとで交渉したら、なんとオーナーのご好意で、泊めてもらえることになった。
一番グレードの低い部屋でも一泊10000ルーヴという高値だが、僕は即決した。
フロントに飾り気はなく、いっそ潔いほどの内装。あめ色に輝くフローリング。
執事服を完璧に着こなしているオーナー。
いままでの宿よりも遥かに清潔感のある雰囲気に、僕の勘は「ここしかない」と判子を押した。
前払いで代金を支払い、部屋に通された僕は、すぐに風呂の支度にとりかかった。
蛇口を捻ると、清潔なお湯が勢いよくバスタブに溜まっていく。この世界ではお湯を循環させるのに「魔力クリスタル」というものを動力にしているそうだ。街灯もオイルではなく、魔力クリスタルの器具を使っているらしい。
そんなことはどうでもいい! 仕組みなんかよりも、いまは熱い湯船だ!
「ふぃー」
風呂から上がり、フロントで売っているシャツとズボン、そして下着類に着替えると、まるで卵の殻がむけたような気分になった。
なんという開放感なんだろう。
清潔なお湯。やわらかい着替え。そして――
「いやっほー」
そしてフカフカのベッド! 僕は修学旅行の気分でベッドにダイブした。
まるで雲のように僕の全身を柔らかく包み込んでくれる。布団に顔をうずめると、天日に干した時の香りがする。しあわへぇぇぇ。
この4日間、ほんとうにロクな目に合わなかった。堅い板の上で薄い毛布一枚で眠り、ぬるい湯で体を拭くくらいしか出来なかった。
現実にいた頃は、何も考えずに毎日繰り返していたことが、こんなにも幸せな事だったなんて。日本はほんとうに恵まれた国なんだと、改めて実感した。
ちらっとカバンを見る。
僕の冒険初日は失敗に終わった。プラスマイナスゼロどころか、完全に赤字だ。
しかし収穫も大きかった。お金の代わりに貴重な情報と、経験を得ることができた。
今日はそれで良しとしよう。
さて、明日はどうやって稼ごうか。
ラビットクローの解体にリベンジしたいという気持ちもある。
あれ? でもたしか明日ってリュッカさんが何かあるって言ってたような。
あぁでも何か言う前に置き去りにしたんだったっけ。
まぁ今となっては、どーでもいいや。連絡先も知らないし。
リュッカ・フランソワーズ。
すご腕の女剣士で、口が悪くて、破天荒で、性格最悪。
彼女の言動にはすっごい頭にきたし、口ゲンカもした。
でも――
毛布の中に「ふふふ」と笑みを染み込ませる
ちょっとだけ、だけど。ちょっとだけ彼女といた時間は楽しかった。
あんな全力で他人とぶつかったのって、現実世界であったっけ。
たぶん、ない。
あれだけ罵りあったのに、また会ってみたいと思う気持ちがある。
変なの。怖いもの見たさというやつなのだろうか?
まぁこの町にいれば、また会えるだろう。あのレストランに行けばそのうちきっと。その時はまた今日みたいに口ゲンカするのかな。それはやだなー。ははは。
(……残りは……明日考えよう)
もう限界。
僕は思考を手放すと、グデーンと全身の力を抜き、柔らかな感触を全身で楽しむことにした。そうしているうちに僕の意識は、深い闇へと落ちていった。




