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1-16 騒乱の夕餉






「あーはっはっはっはー」


 こじゃれた洋食屋といった店内に、リュッカさんのご機嫌な笑い声が響く。

 ケルトに曲調が似た弦楽器の音が流れている店内には、大小さまざまな人たちが、陽気に飲み食いしていた。

 ジョッキをぶつけ合い、腕を交差して飲み干している戦士風の人たち。

 上品にナイフとフォークを使って静かに食事している、スーツ姿のエルフ。

 肉体労働者風の人は、馬鹿笑いしながら肉にかぶりついている。

 異国情緒あふれるこの雰囲気をもっと満喫したいと思うのだが、そうはリュッカが卸さなかった。

 テーブルを挟んだ向かい側。

 喜色満面のリュッカさんが僕に尋ねてくる。

「で、あんた魔力値いくつ?」

「……」

「いくつって聞いてんのよ」

「13です」

 投げやりに言う。

 するとリュッカさんの笑顔に、さざ波のような変化が起こった。そして、

「……13……13だって……く、くくっくくく…………あーはっはっはっはー、13だってーーーーーーーーー!」

 ちくしょう。

 僕はリュッカさんに玩具にされていた。

 こうなったのは僕の迂闊さが原因だった。

 宵闇に包まれるサルラの町。オレンジ色の街灯が、石畳の町を美しくライトアップしている。闇とオレンジ色が混ざり合い、町全体を美しく彩っていた。

 その風景の中を、労働を終えた様々な人たちが闊歩している。

 まるでハロウィンのような行列。でもこれが、この世界の日常の風景なのだ。

 そしてその一部に、自分が居る。そう考えるだけで否応無く心が躍った。 

 木とレンガで出来た店内に入ると、壁に飾られたモンスターの剥製が出迎えてくれた。店内は、もちろんファンタジーの住人でにぎわっている。その生きた光景の中にいて、心ときめかないわけがない。

 そうしてハイテンションのままテーブルにつき、注文をリュッカさんにまかせ、今日は暑かったわね程度のトーンで「ところでアンタ魔力値いくつ?」と自然に切り出され、バカ正直に答えてしまったのだ。

 結果はごらんの有様。

 鬼の首を取ったような勢いで、はしゃぎ続けていた。

 注文してからもずーーーーっとこの調子だ。尻尾を追う犬のごとく、飽きもせずに「13! 13!」と繰り返している。

 しかしこれに関しては事実なので言い返せない。

 ここで下手にいい訳じみたことを口にしたら、逆に惨めになる。

 だから聞かれたら答えるしかない。

 これは絶対に、さっきの仕返しだ。

 そうに違いない。

「ちょっと何睨んでんのよー。ほらご飯時なんだからもっと楽しい顔しなさいよ。ここのご飯は美味しいんだから、絶対アンタも気に入るはずよ」

「……そっすか」

「ところでアンタ魔力値いくつ?」

「……13です」

「13だってーーーーーー!!」

 くそったれ。

 俯いた顔がかぁっと熱くなる。

 そしてこのリュッカ地獄は、注文の品がテーブルに出揃うまで続くこととなった。





「さぁ遠慮は要らないわ。じゃんっじゃん食べなさい!」

「……」

 ごくり、と唾を飲み込んだ。

 僕の目の前には、骨のついた肉の照り焼きに、温野菜の盛り合わせ、クリームソースのパスタ、綿毛のように柔らかそうな白パンなど、色とりどりの皿が並んでいた。

 湯気にのって、食欲を刺激する匂いが運ばれてくる。

 こんな豪勢な食事、この世界に来てから初めてだ。同意するように腹の虫が鳴く。

 そういえば今日は、露店の焼き菓子を食べただけで、まともな食事にありついていなかった。おまけに現実世界では経験しなかった労働の連続。

 肉汁たっぷりの牛肉が照明で艶やかに輝き、淫靡に僕を誘う。

 すきっ腹にこの光景は、もはや毒だった。

 いますぐ食べたいのだが……しかし困ったことが1つ。

 料理の皿は、すべてリュッカさんの陣地にあって、僕の陣地にはスープ皿ひとつしかないのだ。スープと言っても具もなにもない、指を洗うボウルじゃないのかと勘違いしそうなくらいの無色透明なヤツだ。

 そして、テーブルには国境線のような隙間ができている。

 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 まさかな、と思いつつ、試しにリュッカさんの陣地にある肉料理へフォークを持っていく。すると国境線沿いにリュッカさんの手刀が閃き、フォークが寸断された。銀色の先端部分がヒュルンと舞って天井にドスッと突き刺さる。

「あぶなっ!」

 いま火花が散った!? って、フォークの先端溶けてる!?

 慌てて手を引っ込める僕を、リュッカさんは薄ら笑いを浮かべながら見ていた。

「ほらどうしたの? 冷めないうちに食べなさいよ」

 そして硬直する僕に見せ付けるように、リュッカさんはゆっくりと食事を始めた。

 嗚呼……そういう事か。そういう事ね。

 燻っていた怒りの火が再び燃え上がる。

 上等ですリュッカさん。

 そこまでお望みとあらば第2ラウンドをはじめてあげますよ。

 僕は静かに反撃の狼煙をあげた。

 近くを通りかかるトラの耳に縞々シッポが生えたウェイトレスを呼び止める。初めて獣人の女性をみた感動とか今はどうでもいい。やられたら倍でやり返してやる。

「すみません、追加注文よろしいですか?」

「ちょっと! なに勝手なこと――」

 慌てて止めに入るリュッカさんを、すかさず牽制。

「ところでリュッカさん、僕の魔力値がいくつか知ってますか?」

「いくつよ」「13です」「あははは」

 馬鹿笑いしているのを横目に、僕は小声で「彼女が注文したセットより、2ランク上のものを。あとこの店で一番高いフルーツジュースってあります?」

 すばやく注文を通し、ウェイトレスを下がらせた。

 リュッカさんの笑いが収まった頃には、後の祭り。

 オーダーが通った時点で売買は成立している。取り消しなんてもちろん出来ない。

 狙い通りに事が運ばず、ブスッとしたリュッカさんを、僕はニヤニヤしながら見返してやった。ざまぁみろ。魔力13でもこれぐらいできるんですよ。

 ほどなくして僕の前にも料理が並んだ。

 その景色を前に、

「これはなんというか……」

 思わず感嘆の呟きが漏れた。

 自分で頼んどいてなんだが、すごい量の皿の数だった。肉だけでもステーキ、フライドチキン、ブタ肉の串焼きと3種類揃っている。皿は僕の陣地を越えて、リュッカさんの陣地を侵略するほどに。とどめに南国風のトロピカルジュースが届いたときには笑ってしまった。

 頬を膨らましてムクれているリュッカさんを無視し、上機嫌で僕は手を合わせる。

「では、いただきま――ってリュッカさん、それ僕のお皿ですよ!」

「ングッ、私のお金で買ったものなんだから私の勝手――ちょっとそれ、最後の楽しみに取って置いたのに何食べてんのよ!!」

「ムグッ、食事を奢ると言った以上、このテーブルのものは僕のものです」

「あっきれた、さすが野良犬ね。食うことに対して意地汚いったらな」

「隙あり」

「あっ、あーっ! それ私のお気に入りなのにい!」

 やや涙目になりながら訴えてくる。

 知りません。まだ仕返しは終わってませんからね。

 狙いを定めてリュッカ陣営の皿から強奪すべく手を伸ばそうとする。

 すると、

「ちょっと!」

「うわっ、危なっ! いま僕の手をフォークで刺そうとしましたよね!」

「目の前でウロチョロさせてるほうが悪いのよって、ああああ!」

「ムグムグ」

「どうして私のお気に入りばっかり狙って食べんのよバカァ!」

 大事そうにしてるからですよ。

 店内では弦楽器が次の曲を奏で出す。

 酔った男たちが、音程を狂っているのも気にせず歌いだした。

 僕たちの口ゲンカを飲み込むかのように、店内はいっそう賑やかさを増していった。

 途中からもう誰がどの皿かわからなくなり、競い合うようにして食べ、そしてリュッカさんが僕のジュースを一気に飲み干すという悲劇がおこった。





「魔力欠乏症による記憶障害ねぇ」

 テーブルの上のものを綺麗さっぱり平らげ、どさくさに紛れて追加注文した食後のコーヒーが半分ほどになった頃。

 ようやくひと心地ついたあたりで、リュッカさんが急に色々と質問してきた。

 それも僕の出身地や経歴など、思わず返答に困るようなことばかり。

 まさか地球で高校生をやっていて、ブログ更新に躍起になっていたことや、まして異世界からこっちにきて一週間しか経っておらず、まだ勝手がわからないなんて言っても、まったく通じないだろう。

 ああでもリュッカさんだと「ふーん」で全部飲み込んでしまいそうだけど。

 とにかく僕は、いらぬ誤解を避けるためにも、『魔力欠乏症による記憶障害を起こしているので、自分の素性がわからない』と説明した。

 これは帆馬車の人たちにも通用した言い訳だ。

「その魔力13っていうのも、欠乏症によるものなの?」

「僕には何とも。なにせ記憶があるのは一週間前からですので」

「ふーん。杖を使わないのも関係してんの? ローブじゃないわよね、アンタが着てるそれ」

「杖? ローブ?」

「わからないなら別にいいわ。にしても本当に魔力13なのかしら……」

 リュッカさんの目が、疑わしげに細められる。

 居心地が悪くなった僕は、視線から逃れるようにコーヒーの残りをあおった。

「ま、いいわ。アンタ、明日ちょっと付き合いなさいよ」

「どういう用件ですか?」

「ここでは話せないわ」

 そう言うとリュッカさんは、こちらの返答を待たずに席を立った。

 僕は慌てて後を追いかける。

「リュッカさん、伝票忘れてますよ!」

「チッ」





 僕たちが店を出ると、すぐ近くの大通りで、なにか騒ぎが起こっていた。

 人垣の向こうからは、複数の怒鳴り声が聞こえてくる。穏やかじゃない空気があたりに充満している。その熱気に当てられたかのように、道行く人たちがどんどん集まってきていた。

 それを目にしたリュッカさんはと言うと、

「喧嘩だわ!」

 祭りだわっしょいのテンションで、野次馬の壁に突っ込んでいった。

 運の悪い酔っ払いが、リュッカさんにはねられて宙を舞っている。

 本当に、メチャクチャな人だな。

 食事をご馳走してもらった時点でリュッカさんは用なしなので、このまま野次馬に付き合うつもりはない。もっというと明日の用事とやらにも正直関わりたくないので、このまま放置して宿探しをしようと思った。

 しかし、

「おい、どんなヤツがやってんだ?」

「5対1だってよ」

「なんでも魔法使いの兄ちゃんが一方的に絡まれてるらしい」

「マジかよ見ものじゃねーか」

 すぐ近くを歩いている人の会話を聞いて、考えを改めた。

 魔法使いの喧嘩。なにか戦いのヒントになるかもしれない。

 すばやくカバンからメモ帳とペンを取り出す。

 この世界で魔法使いなる人をちゃんと見たことが無い。一般的に使用される魔法という物がどういうものか、ちゃんと見ておきたかった。

 しかたない、一緒に見学するか。

 僕は金髪ブルドーザーがなぎ倒した道をたどる。

 リュッカさんが陣取る位置まで来たときには、ちょうど一人の大柄な男が、ローブを着た優男に掴み掛かっているところだった。

 たぶんローブを着た人が魔法使いだろう。

 線が細く、袖から覗く手首も細い。

 対する男はというと、肉体労働者なのだろう、腕も首周りも異常に太い。

 岩のようにゴツゴツしている。

 他の4人も似たような体型で、逃がさないとばかりに取り囲んでいる。

 ちなみに町の中での不用意な抜刀は軽犯罪になる。それ同様、魔法使いも攻撃魔法の使用を厳しく制限されている。

 つまり喧嘩は素手でやるしかないってことになるよね。

 体格差は歴然としている。おまけに数も向こうが上。大丈夫なのか?

 圧倒的に魔法使いが不利だと思っていたのだが、結果は意外なものだった。

 魔法使いの目が一瞬細くなったと思った次の瞬間、魔法使いの前方に亀の甲羅のような半球状の光の壁が出現し、目の前の大男を後ろへ弾き飛ばした。

 壁と男が接触した瞬間、男の腹がべっこりと陥没したのが見て取れた。まるで透明な手で内臓を上に押し上げたような恐ろしい光景だった。

 2mほど転がった男は、まるで蟹のように泡を吹いて昏倒している。

「うぉおらあ!」

 魔法使いの背後にいた男がタックルを仕掛けようとする。しかし魔法使いは振り返ることなく光の壁を横へ移動させ、まるでバットを振る要領で、男に光の壁をたたきつけた。肉をハンマーで撃ちつけたような鈍い音。わき腹をしたたかに打ち据えられた男は、膝を折って、地面に吐しゃ物を撒き散らした。血が大量に混じっている。

 ゾッとした。

 すごい威力だ。同じ事を僕がやられたら、一発で内臓破裂だ。

 一瞬で仲間2人を倒された男たちは、そこで戦意を喪失したのだろう、倒れた仲間を担いで退散していった。

 喧嘩は呆気なく終了。

 つまんないの、と吐き捨てるリュッカさんに、僕は気になることを尋ねた。

「いまの光の壁みたいなやつって何ですか? 攻撃魔法って禁止されてましたよね」

「ちがうわよバカ。あれは『魔法障壁』でしょ。身を守るために使う防壁の魔法だから禁止されてないわよ」なにいってんのコイツという顔で解説してくれる。

「いやでも、人がはじき飛ばされてましたけど」

「盾で思いっきり突き飛ばしたのと同じよ。障壁を動かすのに魔力を使えば、あれぐらい出来るじゃない」

 なるほど。

 魔法使いはあの『魔法障壁』で身を守るだけじゃなく、攻撃に使ったりするのか。

 接近された時の攻撃手段にもなるし、詰められた距離を強引に引き剥がすのにも役に立つわけだ。

 本格的な攻撃魔法を見れなかったのは残念だったけど、収穫はあった。

 さっきの彼に出来るということは、僕にも出来る可能性があるというわけだ。

 僕はさらに質問を重ねた。

「さっきの魔法使いって、どれぐらいの強さなんですか?」

「んなの知らないわよ。でもまぁ初心者ではないでしょうね。相手がゴミすぎて即効で終わっちゃったから、どうかはわからないけど」

「あの障壁って強くなくても使えるものなんですか?」

「え?」

「え?」

 きょとんとした顔で見つめ合う。

「……まさかとは思うけど、アンタ、障壁使えないの?」

「……」

「使えないのね?」

「…………はい」

 数瞬の静寂のあと。

 綺麗な顔に、くそ憎たらしい笑顔が花開いた。

「あっはっはー! ア、アンタ何? あんなのも使えないの? 子供でも使えるのに? 剣士だって使えるのに? あーおかしい。アンタ今度から自分の名前を『13』にしなさいよ。それがいいわ、あーっはっはっはっはー」

 僕はアイスクリーム屋になった覚えは無い。

 笑いまくっているリュッカさんを放置し、僕は足早にその場を後にした。

 怒ったからじゃない。

 確かめたいことがあるのだ。

 脳内を駆けめぐる電流の正体を考えつつ、僕は人の居ない場所へと移動を始めた。、











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