1-14 ギルドで買取
冒険者ギルドは、仕事の紹介のほかに、モンスターの部位の買取もしてくれる。
道具屋や露店などでも同じように買取はしてくるが、その場合、ある程度の経験が必要になってくる。というのも、せっかくの商品を安く買い叩かれてしまうからだ。
そういう面では、冒険者よりも商人のほうが遥かに達者だ。
おまけに不当な値段であったとしても、一度売買が成立してしまった後では、取り消しはできない。見抜けなかったほうが悪いとされる。この世界にクーリングオフのような制度はないのだ。
そういったリスクがあるので冒険者や狩人の多くは、多少値が下がっても、信頼の置けるギルドに買取りを任せている。
町まで戻ってきた僕たちは、獲物を換金するために一緒にギルドに来ていた。
なぜ町で別れなかったのかと言うと、合計11匹の獲物を2等分することが出来ないという事に、リュッカ様が異常なまでに気にしたからだ。
一匹譲りますよと提案したものの、「嫌」、の一言で突っぱねられた。
何でそんなところだけ義理堅いんだよ。
しかたなく僕らは2人並んで、ギルド買取カウンターへと足を運んだ。
買取カウンターは、駅にある窓口のような作りで、分厚いガラスで仕切られていた。
その前に立ち、
「……」
「……」
二人仲良く絶句していた。
「んー、こりゃダメだな。力任せに引きちぎったみたいだけど、軟骨が全部砕けちまってる。悪いんだがコレは買い取れないな」
職員のヒゲのおじさんが、悪いね、と苦笑いを浮かべる。
僕は無言のまま、油の切れた歯車のような動きで、隣にいるリュッカ様を見た。
おじさんが買い取り不可だと言ったのは、リュッカ様が解体した耳『だけ』だ。僕が切り取ったのは、値はすこし下がったが全部換金できた。
つまり、そういうことだ。
え、おい、うそだろ。
僕が何か言おうとしたのを察したのか、リュッカ様が先に口火を切った。
「これは、その……そう、そうよ! アンタのナイフが悪かったのよ!」
「いま、『力任せに引きちぎった』って言ってましたよ?」
「た、たまたまよ! たまたまそうなっただけよ!」
「たまたま全部ちぎっちゃったんですか?」
「ぐぬぬ」
リュッカ様は口をもごもごして、やがて黙った。
非難をこめてリュッカ様を見つめ続けていると、ふてくされていたその表情に、段々と焦りの色がにじみ出てくる。
やがて。
「はいはい、わかったわよ私が悪かったわよ。これでいいでしょ」
「雑っ!?」
「なによ、なんか文句あるわけ?」
「ありますよ! 僕の仕留めた獲物を台無しにしたんですから、もっとこう、ちゃんと謝ってくださいよ」
「ハァ? この私がアンタみたいな何処の馬の骨とも知れないヤツに、こうして頭を下げてるっていうのに、それの何が気に入らないっていうのよ」
「1cmも頭なんて下げないじゃないですか!」
「誰がアンタみたいな底辺民に易々と頭なんか下げるもんですかヴァーーカ」
「なっ」
カチン、と来た。
彼女のその一言で、いままで溜まりに溜まっていたストレスに、ポッと火が灯った。それはあっというまに僕の胸全体を延焼させ、怒りの炎となって渦を巻きだした。
もういいもう知るか。強かろうが何だろうが、知ったことか。
言いたい事を言ってやる。
綺麗な顔に冷笑を浮かべている彼女に、僕は満面の笑みでこう言った。
「自分の不器用さと失敗を棚上げにする性格ドブスのあなたのほうがよっぽど人として底辺ですよ底辺リュッカさん」
「なっ!?」突然の反撃を受け、彼女はあんぐりと口を開ける「なっ、なぁあ!」
動揺を見せたのも一瞬だけ。即座に、形のいい眉がギュインと吊り上る。
その宝石のような瞳が、憤怒の色を宿す。
彼女のまとっている空気が歪んで見えてきた。
ただ正面に立っているだけなのに、胸を押されているような圧迫感を覚える。それが剛剣と呼ばれた剣士が放つ迫力なのだろう。
だからどうした、かかってこいよ!
挑みかかるように彼女を睨みつける。
全身全霊で口喧嘩してやる!
「あんたねえ! 誰に物言ってんのかわかってんでしょうね!」
「えーっと、なんでしたっけ? ペラペラエックスの称号でしたっけ?」
「ヘラクレスよ!」
「ああそうでした。ヘラクレスの称号をお持ちの、後先考えずに行動するバカで、森林伐採するの大好きっ娘のリュッカさんでよろしかったですか?」
「よろしいわけないでしょブチ殺すわよ!」
「あははリュッカさんは怖いなぁ」
「笑うな! っていうか様はどうしたのよ、様は!」
「えーっと、様と呼ぶほどの存在ですかぁぁぁぁ?」
「このおおおお!」
彼女の、真っ白だった頬が紅潮する。
「底辺民の分際で、調子ん乗ってんじゃないわよ!」
「だからその底辺民っていうの止めてください! 何の造語か知りませんが無性に腹が立つんですよそれ!」
「あー、お二人さん?」
「あら、あらららー? 何で腹を立てるの? もしかしてアンタ自覚がないわけー? アンタなんてどっからどー見ても、灰色人生真っ盛りの残飯漁り大好き君じゃない。あ、でも自覚はあるようね。現に怒ってるみたいだしー。でも、たかがラビットクローの耳くらいでギャンギャン吠えちゃってさー、みっともないったらないわね」
「それは、あなたが自分の非を認めてちゃんと謝らないから怒ってるんです」
「私に非なんかあるわけないじゃない」
「耳になに詰まってるんだよバカ金髪! 買取拒否されたのはあなたのだけでしょうがバカ!」
「熱くなってるところ悪いんだけどよ」
「ア、アンタねえ! 人にバカって言っちゃダメだって親から教わらなかったの!」
「あなたここに来るまで何回僕にバカって言いましたか!」
「私はいいのよ!」
「あなたのご両親は完全に育て方を間違えたようですね!」
「パパとママの悪口言わないでよ!」
「当て擦りであなたを貶してるんですよ気付けバーカ!」
「また言った!」
「だからよ、騒ぐんなら他所でやってくんねぇかな? ここだと邪魔に――」
「さっきからうっさいのよ糞ヒゲ!」「人が喋ってる横から口を挟まないでください!」「あんた次余計なこと喋ったらその小さい受け取り口から全身引きずり出すわよ!」「その上でヒゲに放火しますよ!」
「……」
カウンターの人が降参というジェスチャーをしたのを確認し、ふたたびリュッカさんに向き直る。
互いに一度口を閉じる。
しばしの沈黙。それは居合い斬りを得意とする侍同士が、どちらが先を取るかでにらみ合うような、緊迫したものだった。
やがて、僕が先手を取った。
「とにかく、全面的に非があるのはあなたです」
「んなわけないでしょ」
ハンッと馬鹿にするように鼻で笑う。
どこからその自信が湧いてくるんだよ。
「だいたいはアンタが全部解体しておけば、こんなことにはならなかったんじゃない。 そうよ、悪いのはやっぱりアンタよ」
どうだ、と言い切るリュッカさん。そのドヤ顔が憎たらしい。
だが、次に放った僕の言葉が、彼女の表情を打ち砕いた。
「でも自分で切ると言い出したのはリュッカさんですよ?」
「…………うぐっ」
手ごたえあり。
リュッカさんは二の句がつげなくなり、忌々しげに歯軋りしている。
しばらくして、降参の声を上げた。
「あーもお! あーもお!」床板を割るような勢いで地団太を踏み「わかったわよ! 私が悪かったわよ! 晩御飯おごるわよ! それでいいでしょ!」
「わかりました、それで手を打ちます。あと、売れたのは僕のだけなので、買取金はもちろん僕が全部いただきます。よろしいですね?」
「勝手にしなさいよ!」
扉を蹴破るような勢いで開け、リュッカさんは先に外へと出て行った。
窓口でお金を受け取り、あわてて僕も後を追う。
「……なんで私が野良犬の餌やりなんかしなきゃいけないのよ」
「なにか言いましたか?」
「なんでもないわよ!」
「あ、そうそう、この町の名物料理って何ですか? それ食べたいです。あとお肉」
「死ね!」




