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幕間01





「……退屈だわ」



 もはや舌に馴染んだ言葉を発しつつ、私はスカートについた土汚れを払った。よく見ればライトアーマーの肩部分にも泥がついている。私はイライラしながらそれも手で払った。

 ともかく、仕掛けはこれで完了だ。

 時計を見れば夕刻前。

 この時間帯にセットしておけば、朝には反応するはず。

 周囲に立ち込めだした血のにおいに眉をしかめつつ、その場を後にした。その際、オリハルコン製のブーツの底が、『大きな羽』を踏んで「ギュムッ」と鳴いた。フンと鼻で笑う。『あの鳥』は身を隠すのは得意なくせに、自分の羽が落ちていることにはまったく無頓着。愚鈍な鳥だ。

 まず間違いなく、ここがあの件(くだん)の鳥のテリトリーだろう。

 勝負は明朝。

 久しぶりの狩り。なのに私の心は浮き立たない。

 歩を進めながら、チッと舌を打つ。

 あたりまえよ。

 こんなもの、狩りでもなんでもないわ。ただの暇つぶしよ。

 陰気臭い洞窟から外へと出ると、澄んだ空気が私の頬をさらった。

 陽は傾きだし、空にはオレンジ色が混ざりだしている。

 いたずらなそよ風が、私の金髪を弄ぶ。ふわりふわりと揺れる前髪を眺めつつ、私はため息を吐いた。そしてもう一度言う。

「退屈だわ」

 いつから私は、退屈な日常と戦うようになったのだろう。

 私は生まれた瞬間から、色んな物を与えられた。

 贅沢な生活、ママ譲りの容姿、そして人間種では類を見ない膂力(りょりょく)。

 称号「ヘラクレス」。

 対象者の身体能力を劇的に向上させる。

 フランソワーズ家の女にだけ許される、遺伝型の称号。

 この称号のおかげで、私は大した努力もせずに一流の剣士並みの戦闘力を手に入れた。単純な力勝負で鬼族とタメを張れるほどだ。

 しかしそんな優れた力も、発揮する場所は限られていた。

 私の周りには満足な喧嘩相手が居なかったのだ。

 日増しに募るフラストレーション。

 16になった私は、それを契機に、家を出ることを決心した。


 私は外の世界に、新しい刺激と――そして『同類』との出会いを期待していた。


 国もとに知人と呼べる者はほとんど居ない。思った事をそのまま口に出すような性格だから、人当たりはお世辞にもいいとは言えない。でも、根底にあるのはそういう事じゃない。

 私と『あいつ等』とでは性質が真逆なのだ。

 私は闘争を好み、弱さを忌み嫌う。誇りのためなら死を選べる。

 あいつ等は平穏を好み、弱さに同情する。死を選ぶくらいなら誇りを捨てる。

 私にとって当然の思考が、あいつ等には非常識に映るのだ。

 どれだけ表面上で取り繕っても、根っこの部分では理解し合えない。それはもう仕方のないことだと理解している。彼らが私を恐れるように、私も彼らを見下している。

 そういう関係が出来上がっているのだ。

 最初から。

 だからこそ私は、自分と似た強者との出会いを期待していた。

 そして、そいつらとパーティを組んで、冒険に繰り出すのだ。

 ママが枕元で語ってくれたような、血湧き肉躍る狂乱のアドベンチャーを。

 そういうのを期待していた。

 なのに……。

 それなのに……。

 私の怒りを察したのか、そよ風が止み、浮いていた前髪が下りる。

 やるせない怒りに、肩が震えだす。

 なんなのよこの有様は!

 強いヤツなんてどこにも居ないじゃない!

 強者が集う町って聞いてたから、わざわざサルラなんていう辺鄙なクソ田舎に、この私が来てあげたっていうのに! すこし前にギルドの方針が変わったですって!

 私が期待していたような超危険でド派手な任務は、人口の多い町と王都に集中させ、この町ではしょっぼいのしか扱わなくなった。おかげで今じゃ腕のある連中はみんな他所に移った――――ですってえ!!

 なら先に言いなさいよ! 

 こんなの詐欺じゃない!

 ちゃんと町の門に横断幕でも垂らしておきなさいよ! ここのギルドは金も力も無い程度の低い冒険者たちの拠り所なので本物の冒険を希望される方はここよりも大きな町へどうぞって!

 もしくは「サルラ(下位)」って名前に変えなさいよ!

 まぎらわしいのよバカ!

 死ね!

 あとムカつくのが、この町の冒険者だと名乗ってる連中。

 なにあれ、仮装大会でもしてるわけ?

 鎧だ剣だとお化粧に精一杯で、根性のあるヤツなんて一人も居ないオカマ集団じゃない。一丁前に陰口は叩くくせに、ちょっと殴っただけでピーピー騒ぐし。おまけに、私に不満があるのに面と向かって噛み付いてこようとしない。

 私がフランソワーズ家縁の者だからという『言い訳』で、私の前に立つことから逃げようとする。

 かなわないから、負けるのが目に見えているから、立ち向かう事を避ける。

 そんなもの戦士でも何でもないわ!

 何のために剣を持つの? 何のために鎧を着るの?

 弱い自分をすこしでも大きく見せようとしているだけじゃない。

 あの負け犬の濁った目は、私の故郷にいる『あいつ等』と同じだ。

 ゴミよ、ゴミ。

 私が一番毛嫌いするタイプのゴミ人間よ。

 どうりで、こんな田舎の町で燻ってるわけよ。

 あーもームカつく!

 カスばっか!

 ムカつく!!

 なんでこんな掃き溜めに私が居なきゃいけないのよ!



 こんなことなら王都で騒ぎなんて起こすんじゃなかったわ!!







 このサルラの町に来る前。

 王都で『ちょっとした騒ぎ』を起こしてしまったばっかりに、私は期限付きで王都の出入り禁止を言い渡されてしまった。決りは決りなので、ムカつくけど反故にはできない。

 騒動を起こしたのは、確かに私よ。

 でも、そもそもの原因を作ったのは向こうじゃない!

 思い出しただけでも眉間に皺が寄るのがわかる。

 あの日。

 王都に着いた私は、検問所で荷物検査と一緒に、身体検査も受けていた。

 その際、若い軍人が私の髪を無遠慮に撫で、さらにおぞましいことに髪の匂いを嗅いだのだ。この私の。リュッカ・フランソワーズの黄金の髪を!

 だからそれ相応の礼をした。

 その結果、一人を折檻するために、検問所の周囲にいた軍人を2,30人ほど巻き込んじゃったけど、それは……まぁ……あれよ、ささいなもんじゃない。

 だって私の髪を不潔な手で穢したのよ! 

 死人が出ないように手加減したその慈悲深さに感謝すべきよ!

 あの時『あの女』が間に入ったから我慢してやったけど、もうちょっと殴っとけば良かったわ!

「フンッ!」

 胸に溜まったストレスを、荒い鼻息とともに吐きだす。

 出入り禁止が解除されるまで2ヶ月。

 今の私には2年にも感じる長さだわ。

 拠点を王都に移しさえすれば、この状況も少しはマシになると思う。

 ……そう思いたい。

 家を出るとき、ママが言っていた言葉が頭をよぎる。

『あんまり期待しすぎない方がいいわよ』

 その言葉に私は何て返したんだっけ。

 大丈夫よママ。

 世界は広いの。

 きっと大丈夫。ママが羨ましがるような、素敵な冒険をしてみせるんだから。

 たしかムキになって、そんなことを言ったような気がする。

 ……いまの私は、同じ言葉を口にする気にはなれない。

 いっそ王都はやめて、もっと大きな町に移ろうかしら?

 思いかけて、首を振る。

 それはダメ。拠点をコロコロ変えて、ママに「啖呵切ったわりにだらしないわね」と笑われたくない。やっぱり待つしかないか。

「あーもう!」そう言い、私は乱暴に髪をかきあげた。

 イライラする! モヤモヤする! 

 そうだ何か食べよう。食べて気分を紛らわせよう。

 どうせ明日までやることなんて何もないんだし。

 それに同意するかのように、鎧の下のお腹が、クゥと子犬のように鳴いた。

 そういえば昼も『仕掛け餌』の調達でまともに食べてなかったんだっけ。

 何にしよう。パスタ……ピザ……いや、肉料理がいい。鉄板の上でジュウジュウと香ばしい煙を上げる分厚いステーキ。もしくは肉汁たっぷりの骨付きリブ。

 もちろん付け合せは、大好きな白パン。

「……パンかぁ」

 急に、パパが作ってくれたパンの味が恋しくなってきた。柔らかな笑みを浮かべながら、焼きたてのパンを満載させたトレーをテーブルに運んでくるパパの姿を思い出す。

 国内で五指に入るほどの剣士で知られるママ。そのママの婚約者であるパパは、普通の人だった。流血と闘争とはほど遠い、牧歌的な世界に生きていた民間人だった。

 しかしパパは弱くない。むしろママより強い時がある。

 力がじゃない。心がだ。

 国王すら殴りつけたことがあるママだが、パパにだけは頭が上がらない。

 それは結婚する前から変わらないらしい。

 パパは小さな村で、小さなパン屋を営んでいた。

 ある日このパン屋に、ママがふらっと立ち寄った。

 私が言うのも何だけど、ママは色んなことに大雑把な人だ。

 ママは小さなトレーに、大量のパンを山積みにしだした。そして案の定パンのひとつがトレーから零れ、床に落ちた。そして、

「これも勘定に」

 落ちたパンに見向きもせず、素っ気無く一言。

 ちょうど同じ時期、ママは国境線を侵犯した他国の軍勢を、たった一人で壊滅させたばかり。理由はギャンブルでスッた憂さ晴らし。そんな鬼神に、一般人が文句など言えるわけがない。

 勘定に、という一言が出ただけでも良しとして、溜飲を下げるのが普通。

 しかしパパは許さなかった。

 パパは店の扉を乱暴に開け、そしてママの手からトレーを強引に奪い取った。

 そして震えながらも、睨み据えてこう言った。

「パンに敬意を払えない人間に、パンを口にする資格はありません。お代は結構です。出て行きなさい!!」

 周囲は色めき立った。

 それをママは手で抑え、一言「すまなかった」と詫び、静かに店を出た。

 その翌日――



 ママはその小さなパン屋ごと、パパを屋敷に持ち帰った。



 なぜと聞いても、ママははぐらかして理由を教えてくれなかった。

「それはホラ、あれよ。血? 血がそうさせたの……うん、そんな感じ。理屈じゃなくてね、こう、『ビビッ』とね。ビビーって来るの。電流っぽいの。わかる? リュッカ」

 ママの説明はいつも不明瞭だ。

 でもこれだけは分かる。

 ママは幸運だ。パパと言う人と偶然、出会えたのだから。

 それは広大な麦畑で、一本の粟を見つけるより困難だ。

 今の私ならわかる。この世界は弱虫だらけ。私の同類は希少種だ。

 別に恋がしたいわけじゃない。

 理解して欲しいと嘆いているわけでもない。

 ただ私は、パパのような強い心を持った仲間が欲しいのだ。

 この私の真正面に立ち、噛み付いてこられるだけの仲間が。

 それは無い物ねだりなのかしら……。

 あてども無く歩いているうち、私はどこかの平原に出ていた。

 って、どこよココ。

 周囲を見回していると、私の耳が物音を拾った。


『――』


 人の声。何を言ったのかはわからない。

 だがその声――咆哮に反応して、『森が沈黙』した。

 これはただ事ではないと私の五感が囁く。

 すると突然、脳に電流が走るような感覚を覚えた。もしかして、これがママの言っていた「ビビッ」って奴かしら。わからない。でも確かめるだけの価値はある。

 気付いた時には、私は声のした方向へと進みだしていた。

 ピクリとも動かなかった心が、トクンッと、ちいさな脈動を始める。

 淡い期待の熱が胸に灯る。

 もしかしたら、麦畑で粟を見つけたかもしれない。

 しかし。

 私が見つけたのは、麦でも粟でもない。

 しょっぼい黒髪の優男だった。

 期待が一気に萎れる。どうせまた『外れ』だと、心の中で唾棄した。





 これが、私とあのバカとの最初の出会いだった。









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