1-11
サルラ噴水前広場。
人々の憩いの場として開放されたその場所には、昼時とあって多数のカフェテラスが開かれており、人々の陽気な声でにぎわっていた。
芝生に並ぶベンチ。
そのひとつに、僕はうな垂れるように腰掛け、途方にくれていた。
完全に出鼻をくじかれてしまった。
「ギルドにいけば」と楽観的に考えていたことは否定しない。
だが、まさか門前払いされるとは思わなかった。
ステラさんの話では、魔力値13というのは、平均的な10歳児くらいの値だそうだ。ギルドの登録に必要な最低ラインは50。半分も届いていない。ていうか10歳児て。
あのときのステラさんの僕を見る目が辛かった。ステラさんの目には、世間を分かっていない馬鹿な子供のように映ったはずだ。僕は顔から火が出るほど真っ赤になって、逃げるようにギルドを後にした。
「はぁぁぁぁ」
キノコが生えるぐらいの陰鬱な息を吐く。
今朝まであったワクワク感は、根元から砕け散った。
容赦ない現実に、打ちのめされる。
東京を夢見て田舎から出てきた若者たちも、僕と同じ気持ちを味わったのだろうか?
しかし、だ。
ここでいつまでも感傷に浸っていられない。
僕はこの世界でお金を稼ぎ、生活すると決めたのだ。これで終わったわけじゃない。
まだ始まってもいないじゃないか。
(そうだよね。まだ僕は、何もはじめてない)
足もとを彷徨わせていた視線を上げる。
なにもギルドだけがお金を稼ぐ手段じゃない。この世界にはいくらでも仕事がある。
それに、全く当てが無くなったわけじゃない。
僕は気合をいれて立ち上がった。そしてメモ帳を取り出し、折り目をつけておいたページを開く。
ここに来るまでの間、元狩人という人に、狩猟のやり方を教わった。
動物を狩り、その体の一部を持って帰り、金に換える。そういうお金の稼ぎ方が、この世界では普通に行われているそうだ。
その仕事を、これから実行する。
いまは昼間。夕方までに獲物を見つけ換金すれば、なんとか今日の食事代ぐらいは稼ぐことが出来るはずだ。
何をすればいいかは決まった。
じゃあ後は動くだけだ。
気合を入れるために両膝をバシン!と叩き、僕は立ち上がった。
サルラの町を出て、街道を横断すると、すぐに緩やかな坂が見えてくる。
この坂を下りていった先にある平野が、狩人が教えてくれた場所だ。
ここには『ラビットクロー』とよばれるウサギの化け物が生息している。
特徴は前足の爪が異様に長く、生身で引っかかれると大怪我を負うのだそうだ。たまに街道に出ては、馬に悪さをするらしい。
そして、こいつの耳が売り物になる。
生息場所は、まばらに生えている木の幹を見れば分かるとの事。ラビットクローが遊び半分でつけた、引っかき傷が目印になるそうなのだ。
この話の締めくくりに元狩人は「オガミ様ならば問題なく狩れるはずです」と言い、太鼓判を押してくれた。平均的10歳児でも大丈夫なのだから、そのラビットクローとやらも、大したことはないのだろう。
元狩人の言葉を信じ、僕はこの狩場を目的地にしたわけなのだが……。
「あの野郎……」
今はいない元狩人に向けて、僕は怨嗟を込めた言葉をつぶやいた。
目標となる獲物も発見した。
だが少々問題があった。
それはウサギのサイズが、成犬のシベリアンハスキーぐらいあるのだ。
しかも足がめちゃくちゃ速く、いまも遠くのほうを土煙を上げながら疾駆している。
僕が身を潜めている木の幹には、熊が付けたようなエグい爪跡が残っている。
生身で引っかかれたら大怪我どころか即死だ馬鹿野郎。なにが問題なく狩れますだよ。
魔力13の手ぶらの初心者が、これを狩って金策するのか?
どんなマゾゲーだよ。
くそったれめ。
でも、文句は言っていられない。やるしかない。
狼やトカゲに比べれば可愛いものだ。そう思わないとやってられない。
荷物を肩から下ろし、深く深呼吸する。
まず簡単にプランを建てることにした。
攻撃はベレッタM92Fで行う。
もしラビットクローが手ごわく、M4A1を使用しなければならない状況だったら、即座に撤退する。ここは僕以外に人がいないので、魔力欠乏症を起こせばそれで終わりだ。まだ慣れないのに、実戦にM4A1を使用するのはリスクが高すぎる。
撤退するときの逃げ道をシュミレーションし、頭の中に叩き込む。
つぎに、実際の戦闘準備に移る。
マガジンが空の状態のベレッタM92Fを召喚。やはり思ったとおり、魔力消費は軽かった。予備マガジンをカバンから取り出して、銃に差込み、スライドを操作する。これでOK。すぐに撃たないので、撃鉄をおろした状態で安全装置をかけておく。
あと予備マガジンを皮袋から2本取り出して、ズボンの両ポケットに突っ込む。
皮袋にはまだマガジンがあるが、全部は持っていかない。
意外にマガジンは重い上に、ポケットが大きく膨らむと動きの邪魔になるのだ。
いざとなれば新しいマガジンは召喚すればいい。
準備を終え、最後に荷物を木の根に置く。よし、OK。
さぁハンティングの時間だ。
(あぁくそ、めちゃくちゃワクワクしてきた)
最初こそ文句を言っていたものの、準備を進めているうちにテンションは上がり、いまや体はウズウズしっぱなしだ。
僕はハンターの素質があるのかもしれない。
ふと、森で出会った『彼』のことを思い出す。僕を最初に襲った、あの狼だ。
彼は僕を襲うチャンスをうかがっていた時、同じ気持ちだったのだろうか?
(まずはアイツだな)
僕は草原に身を伏せつつ、最初の標的を決めた。
20メートル先。そこにはグランドを駆け回る子供のように、1匹のラビットクローが走り回っていた。
ああして走り回ることで、地中に潜んでいるモグラの位置を割り出し、するどい爪で掘り起こして捕食するのだ。
そして、いままさにモグラを見つけて、地中を掘りだしたラビットクローに狙いを定める。ちょうど僕の位置はラビットクローの背後。絶好のチャンスだ。
ベレッタの安全装置を解除。
僕は伏せている状態から立ち上がり、一気に走り出した。
ぐんぐん距離を縮めながら考える。
さて、いったい何発で仕留められるのだろう?
急所を狙えば弾の節約になるが、どこが急所かわからない。ハンターは獲物の心臓を狙うと聞いたが、位置がわからないんじゃ仕方ない。
とりあえず頭を叩き割ることに決めた。
10mくらいまで迫った辺りで、ようやくラビットクローは外敵である僕の存在に気づいた。間抜けな野生動物だな。頭の上についてい耳は飾りかよ。
ラビットクローが顔をこちらに巡らせるタイミングに合わせて、僕は立射の姿勢で引き金をひいた。
体から射撃一発分の魔力消費を感じる。
同時に、小気味いい程度の反動が腕に伝わり、右肩へと抜けていった。
広々とした草原に、パンッと乾いた射撃音が鳴り響く。
僕の放った銃弾は狙い通り、ラビットクローの眉間に命中。
内側にめり込むように凹み、脳をザクザクと引き裂き、側頭部からパンッと血の花火が飛び散った。ラビットクローは風で倒された板のように、あっけなく倒れ付した。
ワンショット・ワンキル。
見事な一撃必殺に、僕の体を甘い電流が駆け巡った。
ぴくんぴくんと痙攣するラビットクローの手足の動きが止まり、完全に絶命したのを確認してから、ようやく僕は近づくことにした。いきなりガバッと起き上がってズバッ、ギャーはいやだからね。
足を蹴飛ばしたが反応なし。大丈夫。足を掴んで持ち上げると、見た目よりもずっと軽かった。体毛の嵩が大きいだけで、中身はそれほどないのかな。
血のにおいもそれほどない。
あのトカゲの体液は激烈だったからなぁ。思い出して顔をしかめた。
じゃあ次は解体だ。
買い取ってもらえるのは耳だけ。皮も肉も後処理が大変な割りに価値が低いので、どこも買い取ってくれないそうだ。
この場で解体をしてもいいのだが、作業中に後ろから襲われるのは避けたい。なので、すこし離れた岩場まで死体を移動させることにした。
平原からすこし離れたところに、ちょうどいい岩場を発見。都合がいい事に水が沸いている小池まである。ここをキャンプ地に決めることにした。カバンもここに移動させておく。
さて、いよいよ解体作業だ。
が、これが思った以上に難作業になった。
元狩人から譲り受けた解体用のナイフを、耳と頭部の間に差し入れ、刃を横に滑らせ分離させようとするのだが、
「固っっっった!!!!!」
ナイフを持つ手が真っ白になるくらい力を込めても、なかなか刃が進まない。
ウソなにこれ、ノコギリじゃないとダメなんじゃないの?
手を離すと、ナイフはビーンと突き刺さったまま水平を維持している。
だんだんイライラしてきて、銃弾で吹き飛ばしたくなる衝動に駆られるが、なんとか堪えて作業を続けた。
ようやく切り離せたが、切断面はお世辞にも綺麗とはいえなかった。ナイフで切ったというより、グチャグチャに噛み切ったみたいだ。まぁしかたない。
僕は余ったラビットクローの死骸を、岩場の近くの草むらに捨てた。
元狩人がいうには死骸の後始末は「余裕があれば」でいいそうだ。一番良いのは土に埋めるのだが、その場に放置していても、夜になれば森の住人が掃除してくれるから問題にはならないそうだ。
この耳のペア1つで、だいたい2000ルーヴ。
噴水広場の露店で焼き菓子を買ったときに確信したのだが、どうやら1ルーヴは日本円の1円とおなじ感覚で良さそうだ。
現在の所持金は銀貨3枚。銀貨一枚10000ルーブなので、30000ルーヴになる。価値にして3万円だ。
風呂と朝食の付いたちょっと豪華なホテルが、一泊平均10000ルーヴだから、あと4匹かれば今日の目標達成とする。初日だから±0でもいいや。
おお、なんだ、なんとかなるじゃないか!
自然と笑みがこぼれる。
魔力13でも、これならやっていける。
俄然やる気が出てきた僕は、次の獲物を求めて移動を再開させた。
それから数時間後。
僕の足元には7匹のラビットクローの死体が転がっていた。
目標を大きく上回る成果。だが、ハリキリすぎたわけじゃない。
群れで襲われたのだ。
すこし時間を戻す。
あのあと順調に2匹仕留めた僕は、まとめて解体しようと思い岩場に戻った。
するとそこで、死骸を貪り食っているラビットクロー5匹と鉢合わせしたのだ。食っていたのは僕が解体した後に投げ捨てた、最初の死骸だ。
食事中の5匹とばっちり目が合う。
そこからが大変だった。
とっさに僕は手に持っている死骸を投げつけた。この判断は正しかった。
ラビットクロー達がそちらに気をとられたおかげで、僕は先制攻撃のチャンスを得た。向かって左側の2匹に射撃。2匹の腹部に命中させたが、ここで弾丸が空になる。
僕は素早く予備マガジンをポケットから取り出して装填。
被弾して動けなくなった2匹は無視し、残り3匹に向けて射撃した。しかし今度は一発もあたらない。すばやく動かれて狙いが散ってしまったからだ。予備マガジンを装填し、直進で接近しようとした一匹に全弾叩き込んだ。そのうちの1発が命中し、内臓を撒きながら転げまわった。弾が勿体無いなんていっていられない。こっちは「布の服」だ。接近して腹を引っかかれたらそれで終わりだ。
これで残るはあと2匹。だがここでラビットクローが新たな動きを見せた。
連携するように左右から襲い掛かってきたのだ。
この瞬間、僕の中で闘争本能が爆発した。すべての時間がゆっくり感じられるほどに神経が冴え渡る。知ってるかウサギども。こうなると僕は怖いんだぞ。
僕は新しいマガジンを召喚し、ほんの一呼吸で装填作業を完了させる。
「すぅぅ、ふっ」
短く息を吸い、吐くタイミングで2度、引き金を絞った。弾丸のひとつが、右から回り込んできたラビットクローの足の付け根に命中した。真っ白な体から足が千切れ飛ぶ。撃たれたラビットクローは、自身が出したスピードを殺しきれずに前にすっ転び、地面を削るように滑った。
あと一匹。
僕は照準を水平移動させる。
最後の一匹は、もう数メートルのところまで来ていた。
弾を外せば、再装填の猶予は無い。
弾丸は残り2。
余裕が無い。
命の瀬戸際だ。
なのに、なぜかこの瞬間「あはは」僕は笑ってしまった。
僕の集中力は最高潮に達した。
激しい鼓動にあわせ、引き金をひく。
2発の弾は、きっちりとラビットクローの全身を捉えた。
銃声が止み、動ける者は、僕以外居なくなった。
だがこれで終わりじゃない。
傷を負わせただけで、どれもまだ生きているのだ。
僕は新たなマガジンを生み出して装填すると、急いでトドメを刺しに移動した。
そしてふたたび現在。
「ふぅー、ふぅー」
2匹+5匹の死骸を、安全な岩場の上に集めるという作業を終えた頃には、荒馬のように乱れていた息もだいぶ落ち着いた。
今のは本当にやばかった。
無傷で撃退できたのは、5匹と接触した距離が遠かったからだ。
もっと近ければどうなっていたことか。
油断したという反省点はあるが、いやそれよりも、おい元狩人さん。死骸を漁りに集まって来るなんて一言も聞いてないよクソッタレめ! サイズのことも言わなかったし、なんか僕に恨みでもあるのか?
いまから帆馬車を追いかけて文句を言いたくなってくる。
そんな恨み節をつぶやきながら、僕は手ごろな岩に腰掛けた。
拳銃もマガジンを抜いてから消し去る。
気分が悪くなっていないことから、魔力にはまだ十分余裕があるようだが、いまの不意打ちはさすがに精神的に堪えた。
すこし休息が必要だ。




