3-35 帰路 (new) 8/7
怪我の治療もそこそこに。
僕は気絶したドミニクを背負い、来た道を戻っていた。
敷き詰められた枯葉のカーペットに足跡をのこし、一歩一歩、前へと進む。
「ふぅ、ふぅ」
流れた汗が顎先から滴り落ち、枯葉に点々と印をつける。
脱力した人間というのはとにかく重い。セリオスとの死闘で体力も精神もギリギリだっていうのに、なんの苦行だよまったく。だんだん腹が立ってきた。僕の苦労も知らないでグースカ寝やがって。昨日みたいに縄で縛って引きずってやろうか。
そんなことを冗談交じりに考えていると、
「……うぅ……」
やがてドミニクが短くうめき、身じろぎした。
どうやら背中のお客さんが目を覚ましたようだ。
「気付いたかドミニク」
「オ……オガミ? ここは。俺はいったいなんで」
まだ状況がうまく飲み込めないのだろう。
夢うつつといった様子で、あたりを見回していた。
「気分はどうだ?」と僕。
「最悪だ。ウップ、二日酔いと船酔いが一気に来たみたいに気持ち悪ぃ」
「……」
もし吐いたら。
オガミ流処刑術の7『顔面エチケット袋』の刑に処してやる。
「そ、そうだ、それより敵は」はっとなったドミニクは、弾けるように体を起こした。「賊は、賊はどうなったんだ!?」
「オイ暴れるなよ。落ち着けって」
「落ち着いてなんかいられるかよ! ってか、なに暢気に歩いてるんだ!? ――まさか」
ドミニクは何かに気付いたように顔をこわばらせた。
「まさか俺たち死んじまったのか? し、死後の世界に来ちまったのか!?」
「そんなわけあるかバカ」意外に信心深いことを言うもんだから、思わず「プッ」と吹き出してしまった。「お前が気絶している間に片はついたんだよ」
「片はついたって……まさか敵を全部殺ったってのか!? お前ひとりで!?」
「ああ。全員仲良くあの世に送ってやったよ」
ドミニクの疑問に首肯し、そして付け加える。
「でも僕ひとりじゃない。お前の助太刀があったおかげだ。感謝してるよ。――――とにかく僕たちは、厄介なトラブルを片付けることができた。あとは帰るだけだ」
肩越しにドミニクを見やり、念を押すように言った。
「ドミニク、もう終わったんだ。安心しろ」
「そ、そうか……」
ドミニクの体から、ゆるゆると強張りが抜けていく。
「全部、終わったんだな……」
落ち着きを取り戻したドミニクは、ぽつりと、自分に染み込ませるように呟いた。
やがてその体が小刻みに震えだした。
背中にかかるドミニクの息が、熱く湿りだす。
「……う゛う゛う゛」ひき結ばれた唇から、嗚咽を漏れた。堪えていた感情があふれ出るかのように涙がこぼれ、その顔を濡らしていく。ドミニクは声を詰まらせながら、しきりに「怖かった」と繰りかえしていた。
僕はドミニクから視線を外すと、前へと向きなおった。
怖かった、か。まぁ確かにそうだよなと妙に納得してしまった。
誰だって実戦は怖い。ましてコイツは、昨日友人を目の前で殺されたばかりだ。しかしドミニクは逃げなかった。恐怖を乗り越え、たった一人で僕を助けに来た。その勇気がどれ程のものであったかは想像に難くない。
ドミニクのすすり泣きを聞くうち。胸の底から、じんわりと優しい気持ちが溢れてくるのを感じた。
「……な、情けねえ」ズズッと鼻をすすり、ドミニクは恥じ入るように零した。「なにガキみてえにマジ泣きしてんだ俺。昨日からずっとこうだ。ィグッ、ホント、マジ情けねえ」
「誰だって最初はそんなもんだよ。僕もそうだったし」
「……お前も、なのか?」意外そうにドミニクが聞き返す。
ああ、と僕。
「僕が山賊から子供を救出したって話は、たしか知ってたよね?」
「ああ、噂で聞いた」
「じつはあの時が、僕にとって初めての実戦だったんだ。死ぬような目に何度も遭いながら、なんとか誘拐された子供を助けて、その帰り道でね。僕も泣いたんだよ。『この子も自分も無事でよかった』『もう終わったんだ』『帰れるんだ』って思った瞬間、タガが外れたみたいに涙が溢れてきて、自分ではどうしようもないくらい泣いたんだ」
「そうだったのか……」
「生死に関わるようなプレッシャーから解放されたら、誰だって反動で感情が昂ぶるもんだよ。それは全然変なことでも、恥じることでもない。お前はそれぐらい大変なことをやってのけたんだ」
「……」
「ゾーイもハッシュも、きっと今日のお前を見て喜んでるよ」
それを聞いたドミニクは、「くっ」と喉の奥を鳴らした。
嗚咽は止んだ。
かわりに、温かい雨粒がポタポタと肩にこぼれ続けた。
しばらく無言で森を歩いていると、足もとがぬかるみ始めたことに気がついた。
地方道が近くなった証拠だ。
やれやれ、やっとこの運搬作業から解放される。ふーっと溜め息をついていると、
「……色々とその、すまなかった」
ドミニクがぽつりと謝罪の言葉を口にした。
「お前には迷惑ばかりかけて、おまけに二度も命を救ってもらった。この償いは一生かけても――」
「いいって、そんな大げさにしなくて」
「そういうわけにはいかねえよ!」
納得できない様子で、ドミニクは若干声量をあげて食い下がった。
「そもそも、なぜなんだ」
「なぜって?」と僕。
「どうして俺なんかにそこまで良くしてくれる。俺はお前に、見殺しにされたっておかしくないことをやったはずだ。なのになぜ助けてくれたんだ? やっぱり、俺を助けて親父に取り入ろうとか、そういうことなのか?」
「やっぱりって何だよ。そんなことで命が張れるわけないだろバカ」
何か裏があるのでは無いかというドミニクの勘繰りを、僕は軽い口調で蹴飛ばした。
まぁ、救助したときの報奨金は後でキッチリ請求するけどね。
出さなかったら脅すけどね。ね。
「だったら」
「裏も何もない。単純な話だよ」
足をとられないよう、慎重にぬかるんだ土の上を歩く。
額から伝う汗を肩で拭い、何てことのない調子で話を続けた。
「一昨日、勢いでマルコに言っちゃったんだよ。『マルコの友達は、僕の友達でもある。だからできる限りの努力はする』って。男が一度口にしたことを簡単に反故にするわけにはいかないだろ? だから僕は意地を通した」
それと。
お前が死ぬことで、哀しみ自分を責めるマルコの姿を見たくなかった。
「……え? え?」うまく言葉の意味が飲み込めなかったのか、ドミニクは目を数度瞬かせた。「まさか、そんなことで? それ真面目に言ってんのか?」
「そんなってなんだよコノ野郎」
首だけ振り向いて、じろりとドミニクを睨む。
「……」あんぐりと口を開けて呆気にとられていたドミニクは、やがて目を細めて笑いはじめた。それは馬鹿にするような笑いではなく、未知のものを見た時に自然と出てくる純粋な笑みであった。
なんだよ、ちゃんとそんな笑い方もできるんじゃないか。
「ハハ、ハハハ、お前、変わってんな」
「よく言われるよ」
「そんなこと言うヤツはじめて見たよ。見た目は平凡なのに、マジでスゲーヤツなんだな」
「ありがとう平凡は余計だバカ野郎」
ドミニクがさらに笑う。つられて僕も笑った。
やがて、前方からドドドッという地響きのような足音が迫ってきた。木々の向こうへと目をやると、ボナンザがものすごい勢いでコッチに向かってきているところだった。大きな瞳は情けなく垂れ、尻尾はプロペラのように振られている。その様相は、デパートで迷子になった幼児が母親を見つけたときのそれだった。
気付いた僕が「オーイ」と声を張ると、「キュッキュー! キュキュー!」と歓喜の声が返ってきた。その後ろには、遅れて駆けつけたロジャーさんとリュッカさんの姿も見える。
前を見つめながら、僕はなんとなく口を開いた。
「本当に大変なのはこれからだぞ」
「ああ、覚悟してる」とドミニク。「あの2人を死なせちまったケジメを、俺なりにちゃんとつける。その上で、一からやりなおしていくよ」
「そうか。がんばれよ」
「オガミ……」
「ん、何?」
「ありがとう」
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
楽しんでいただけましたでしょうか?
今回、投稿が予定日から大幅に遅れてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
いろいろと個人的な都合が重なってしまい、執筆に時間がかかってしまいました。
今回、3章のクライマックスということで特に気合を入れて戦闘を執筆しました。
個人的に、双手刈からナイフに膝蹴りをぶち込むあたりが気に入っています。それと、手榴弾を作成する直前に主人公が発した「勝手にやってろバーカ」という台詞も(笑)
次回はエピローグとなります。
予告としては、例の香水少女がいろいろとやらかします。
そして、ちょっと先の話になるんですが、
3章が終わるとすぐに4章に行くのではなく、3,5章へと寄り道します。この3,5章では、冒険色を強めた物語にする予定です。
誰かの悩みや葛藤という要素は避け、展開をサクサクと進め、新たな発見や戦闘などを話の中心にします。
いままでほとんど触れてこなかった要素にも深く関わることになります。
あと、ピチカ成分の足りない方は、ぜひこちらで補給してください。
「ショートバレル.00」
http://ncode.syosetu.com/n6802cd/
最後に。
もしよろしければ、「ランキング」、「お気に入り・評価点」を付けていただけると、とても嬉しいです。こういった数字の増加が、僕にとって頑張ったご褒美であり、次の執筆のエネルギーに繋がります。何卒、よろしくおねがいします。
また、感想を書いていただけるとめっっっっっちゃ嬉しいです!
次回投稿は、9月中旬頃になると思います。
くわしい日程につきましては、活動報告にて告知します。
それでは、また次回の投稿でお会いできることを楽しみにしています。
土田ナオより。
追伸
感想を書いてくださった皆様、お返事が遅くなってしまって本当にすみません。
これから、お一人ずつ心を込めてお返事を書かせていただこうと思います。




