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 さらに2日が経ち、僕はついに目的地であるサルラという町に到着した。

 ここでキャラバンの人たちとはお別れ。

 去り際に、あの母子と2,3言葉を交わし、町の門前で見送った。

「さて、と」

 振り返った僕は、アーチ型の石橋を渡り、大きな石門をくぐった。

 そして――

「……すごい」

 目の前に広がる光景に、僕は息を呑んだ。

 ずらりと並ぶ建物は、どれも木とレンガと石で出来ている。白塗りのレンガ壁に、急傾斜の屋根。映画のセットのような、中世ヨーロッパ風の町並み。

 ほとんどが2階建て以上。背の高い建物が、広い道路に沿って整然と並んでいる。

 だが現実世界の都市のような圧迫感はない。空が広いのだ。きっと景観を壊すような電柱や高層ビルがないからだろう。

 中世ヨーロッパ風の町並みと、広い青空が、まるで絵画のような綺麗なコントラストを描いていた。感動にぶるりと身が震える。しばし言葉を忘れ、見入っていた。

「兄ちゃん、そんなとこに突っ立ってると邪魔だろ」

「えっ、あっ、ごめんなさい」

 慌てて端により、大きなカバンを背負った行商人風の男に道を譲った。

 通行の邪魔にならないところに避難してから、改めて周りを見回す。

 道を行き交うのは、実に多様な人たちだった。

 人間は基本的にヨーロッパ系の堀の深い顔の人たちなのだが、これのほかに、耳の長い「エルフ族」、同じ耳が長くても肌が浅黒く目つきの鋭い「ダークエルフ族」。ほかにも「ドワーフ」や「獣人種」と呼ばれる人種も、この世界にはいるそうだ。精霊なんていう不可思議な生き物も。

 そんなファンタジーの人たちが、普通に町を歩きまわり、店番をしていたり買い物したり、何か食べたり喋ったり、ごくごく自然体で生活していた。

 時刻は午前9時をまわったところ。町が活発に動き出す時間帯なのだろうか。

 鳥の羽を毟っている中年女性。

 腕を組んで歩くエルフの夫婦。

 甲冑を着ている集団もいた。あれは冒険者たちだろうか?

「きゃははははは」「待ってよー」「あっち! あっちー!」

 エルフと人間の子供が、全身に元気をみなぎらせながら、目の前を駆けていった。

 名前も知らない花の香りが漂ってきて、まるで僕を歓迎してくれているような気分になった。

 僕は異世界にいるんだ。

 もう何度目かの実感が、僕をゆっくりと興奮させていく。

 吸い込む空気さえ特別に感じた。

 すこし浮き足立ちながら、僕は町の中を進んだ。





 サルラの町は西と東に区分されている。

 東は行政区、西は商業区と居住区になる。

 町の中心には噴水があり、その噴水を取り囲むようにして露店市が広がっている。

 「道に迷えば噴水へ」と教えてもらった。単純な構造で助かる。

 そして僕の当初の目的である「冒険者ギルド」は東にある。

 このギルドと呼ばれるものは、護送からモンスター討伐まで、さまざまな「荒事」の依頼を紹介してくれる仲介組織のことだ。

 冒険者はギルドを通さずに直接依頼者と契約を交わすこともできるのだが、そこでのトラブルには一切の保証は無く、何かあっても責任を冒険者と依頼主が負わなければならない。なので、よっぽどの事情がない限りは、依頼者も冒険者もギルドを利用しているそうだ。

 そんなギルドを利用するためには、まず正式に登録しておかないといけない。

 ここで文字が読めないという心配があったのだが、教えてくれたキャラバンの人たちは「読み書きの出来ない馬鹿でも職員に頼めばどうとでもなる」と笑ってくれた。馬鹿は余計だと思う。まぁ、その言葉を信じよう。行けば何とかなるさ。

 ギルド。クエスト。冒険者。報酬金。

 この言葉にワクワクしない少年はいないはずだ。

 僕の心は完全に舞い上がっていた。





「ここが冒険者ギルドかー」

 目の前の建物を見上げ、感慨深げにつぶやいた。

 人に場所を聞きながらウロウロさまよって、ようやく見つけることができた。

 冒険者ギルドの建物は、レンガ造りの5階建て。周りの建物よりも作りがしっかりしている。装飾がほとんどないのだが、その代わりに清潔感が建物全体に漂っている。

 「警察署」というイメージが近いかな。

 たのもう!と声に出したくなる衝動を抑えつつ、僕は大きな木製ドアを開けた。

 室内も清潔な雰囲気に包まれていた。

 磨き上げられたフローリングの床に、美しい白壁。照明器具は上品なランプ。

 正面には銀行窓口のようなデスクが等間隔に並んでいる。

 きっとあそこが受付カウンターだろう。

 室内へと足を踏み入ると、一瞬視線が集まった。しかし、すぐに興味を失ったように視線は散っていった。ピリッとした空気を肌で感じて、少し気圧されつつも、僕は近くのカウンターに近づく。そして女性職員に恐る恐る声をかけた。

「あ、あの、冒険者の登録って、ここでよろしいのでしょうか?」

「はい、こちらで結構ですよ。どうぞお掛けください」

 よかった。

 女性の丁寧な言葉使いに、緊張がすこし和らぐ。

 なんだ、レンタルビデオの新規会員カードと同じ感覚でいけそうだ。

 ホッと胸をなでおろし、僕は椅子に座った。

「お名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「拝・真悟(オガミ・シンゴ)です」

「かしこまりましたオガミ様。それでは身分証か推薦状の提示をお願いします」

「…………ぇ?」

 みぶんしょ? すいせんじょ?

 なにそれきいてないよ?

 一瞬で幼児退行しかけた僕を見て、女性職員はクスッと笑った。

「オガミ様は、ギルドは初めてですか?」

 さきほどよりも数段柔らかい声音に、なんとか落ち着きを取り戻す。

 僕はぶんぶんと首肯した。

「ギルドの登録には、まずはじめに個人の能力審査が必要となっております。こちらが能力を正確に把握することで、力量に合った依頼をご紹介するためのものです。ここまでは大丈夫ですか?」

「は、はい」

「審査は身分証か推薦状によって判断するものなのですが、オガミ様はお持ちじゃないご様子ですので、こちらで簡単なチェックをさせていただきます。オガミ様は剣士ですか? それとも魔法使いですか?」

「えーっと、魔法使いです」

「かしこまりました。では、チェックルームにご案内いたしますので、こちらに――」

 立ち上がった女性職員の後に続き、別室へと移動する。

 つまりこれから体力検査をするようだ。

 一瞬ヒヤッとしたが、何とかなりそうだ。ホッとしつつ女性職員の後を追った。






 実を言うと、僕はこのあと『ある展開』を期待していた。

 異世界に突然迷い込んだ主人公。彼はその世界ではありえないような超人的な能力に覚醒し、ドラゴン退治にお姫様救出に、華やかな活躍を繰り広げる。

 アニメや漫画で王道と呼ばれるシチュエーションだ。

 そして今の僕の状況は、まさにそれに当てはまっている。

 なんせ銃を生み出す魔法使い様なのだから!

 僕は通された部屋で、魔力検査というものを行った。この検査はいたって簡単で、水晶のようなものに手を置いて、深呼吸をすればいいだけだった。

 ものの数分で終了。

 そして今は結果待ち。僕は椅子に腰掛け、その瞬間を今か今かと待ち構えていた。

 期待に胸が高鳴る。

 もうすぐ検査を担当した人たちが驚愕の声を上げ、「こんなことはありえない!」「前代未聞だ!」「何かの間違いだ!」とか騒ぎだすのだ。きっとそうだ。

 机をはさんで向かいには、受付をしてくれた女性職員がいた。

 名前はステラさん。エルフ族の女性だ。

 さきほどは緊張しすぎてよく見ていなかったが、ものすごい美人さんだった。

 大人っぽく後ろで纏められたブラウンの髪。

 スタイルも良く、パンツルックのダークスーツをきっちりと着こなしている。

 そして何と言っても、エルフ族特有の尖った耳。それが彼女の美しさとあいまって、とても神秘的な雰囲気をかもし出すアクセントとなっていた。

 テレビでも見たことがないような美人と、対面で座っている。

 そのことを意識したとたん、顔に血が上ってきた。

 別の意味で緊張して待っていることしばし。

 やがて結果が書類になってステラさんの手元に届いた。

 ついに来たか!

 書類に目を通しているステラさんの目つきが、徐々に変化していく。

 待ちきれなくなった僕は、先に切り出した。

「結果はいくつでしたか?」

 たっぷり数秒の時間をおいて、ステラさんは、重く口を開いた。

「…………………13です」

 …。

 ……。

 …………13?

 13万とかじゃなくて?

 なんか低いような気がするんだけど。

 あ、そっか、10段階評価の13ね! もしくは5段階の13? それはすごい!

 なるほどだからステラさんはそんな難しい顔をしてるんだね!

 安心してステラさん、それは検査のミスじゃないんだ。

 僕という規格外の存在が異常を起こさせたんだよ。

 あははは、あーびっくりした。

 ……そうなんだよね?

「大変申し上げにくいのですが」

 うん、うん、わかるよ。わかってるよ。

 申し上げにくいほどスペシャルなんだよね?

 僕の期待にこたえるように、ステラさんはまるで判決文を読むような沈痛な面持ちでこう告げた。

「規定の数値に届いていないため、登録することは出来ません」




 だと思ったよ。




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