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「何でっ、僕がっ、こんなっ、目にっ」


 そう愚痴をこぼしつつ。

 僕は垂れ下がったツタをくぐり、腰ほどもある草をかき分けて、前へと進んだ。

 額にびっしりと浮いた汗を袖で拭う。

 跳ねた泥で袖は汚れていたが、それを気にする余裕は、いまの僕には無かった。

「誰かー! 誰かいませんかー!」

 あたりに向かって叫ぶ。しかし反応はなく、声がむなしく反響するだけ。

 僕は見知らぬ森の中をさまよい歩いていた。

 ここがどこで、出口がどっちかなんてわからない。僕以外に人は居ない。

 つまり「遭難」しているのだ。

 そもそも、ここって本当に日本なのか?

 足を止め、あたりを見回す。

 360度どこを見ても木、木、木。人影どころか、人工物すら見当たらない。

 腐葉土が敷き詰められた地面には、木の根が大蛇のようにのたうっている。

 まだ陽は高いというのに、空を覆う枝葉のせいで光が地面まで届かず、辺りは夕暮れのように薄暗い。ちょっとした茂みにすら闇が落ち、そこに何かが潜んでいるようで薄気味悪かった。人の手が入っていない森は、キャンプ場や公園とは明らかに違う、異様な雰囲気が漂っていた。

 ――怖い。

 じっとしていると、心細さに押しつぶされそうになる。

 僕はこみ上げてきた不安を振りほどくように、再び歩き出した。

 こんな時こそ携帯があればと思うのだが、残念なことに手元には無い。せめて道路か開けた場所があれば、そこで救助を待つこともできるのだが、あいにくそういった都合のいいものも見当たらない。

 今はただ、人気を求めて歩き続けるほかなかった。それが正しい事なのかなんて、ただの高校生でしかない僕には、分かる訳がなかった。

「誰かー!」

 気づいたときにはこの場所にいた。

 学生服姿で、上履きのまま。

 どうやってここに来たのか、まったく記憶に無い。

 朝。いつもどおり登校して、二時限目の準備をしていたあたりまでは覚えているのだが、そこからプッツリと記憶が途切れている。

 次に気づいた時には、この状況に放り出されていた。

 もしかして拉致されたのかもと考えたが、すぐに否定した。わざわざ僕をこんな森に放置して、いったい誰の得になるって言うんだ?

 夢を見ているという可能性も考えた。しかし、転んだ拍子にできた手の傷がヒリヒリと痛むたびに「夢じゃない」と教えてくれる。

 これは紛れもなく現実だ。

 でも、じゃあ現実だとして、この状況はいったいどう説明するんだ?

 もしかして……。

 ごくり、と唾を飲み込む。


 もしかして僕は、ファンタジーの世界に迷い込んだんじゃないのか?


 アニメや漫画でも、そういう展開の話はけっこうある。何気ない日常から、いきなり謎の集団に拉致されたり、魔法の力で異世界に召喚されたり、白兎を追いかけて異世界に落ちたファンキーな少女もいたな。

 きっと僕も……。

 いやいや、そんなバカな。おもわず苦笑が漏れる。

 そういう妄想は、物理の授業中にするものだ。

 いくら待っても教室にテロリストは来ない。現実と二次元をごっちゃにしちゃダメだ。

「……」

 ダメなんだけど、ねぇ……。

 しかしこの『ファンタジーの世界』という説を、僕はハッキリと否定できずにいた。

 なぜなら。

「キキィ」

 甲高い声に振り返ると、2mほどの高さの枝に、一匹のサルっぽい”何か”がいた。

 姿形はサルそっくりなんだけど……目が6個ついていた。

 その猟奇的な顔を見て、思わず、

「うわあっ!?」

 驚きの声を上げると、「キィッ!?」サルもどきもビックリしたように飛び上がり、そのまま森の奥へと逃げていった。

 な、な、なんだよ脅かすなよバカ! 

 こっちは余裕無いんだよバカ!

 早鐘のように打つ胸を押さえ、ハァ、と息を吐いた。

 ファンタジーの世界という説を否定できない理由がこれだ。

 この森には、6つ目のサルをはじめ、全身を鱗に覆われた馬や、内臓まで透けて見える小鳥など、奇想天外な生き物がごろごろいるのだ。

 僕のすぐ近くでは、ハサミのような金属製の顎をもったネズミっぽいのが、人の胴はありそうな樹木を、メキメキと切断している真っ最中。

 このあたりに転がっている真新しい倒木は、すべてコイツの仕業だろう。彼はここを集合住宅地にするつもりなのか?

 いや。

 いやいやいや。

 僕は頭を振る。

 冷静に考えて、こんな生き物が現実にいるわけがない。

 こんなのがいたらゴリラ最強説が覆ってしまう。

 じゃあやっぱり、ファンタジーの世界なのだろうか?

 あぁもう、考えるのが面倒になってきた。たのむから誰か説明してくれよ。

「なんで僕がこんな目に」

 その呟きに答えてくれる人は、やっぱりいなかった。







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