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■9:穀倉の将と森の弓

 分断された戦場の南側では、別種の緊張が張りつめていた。


 そこはもともと、グレインリーフ王国国防兵軍と、エルフ部族連合戦闘団が進出していた戦域である。騎馬や重装白兵を旨とする北方の軍勢とは異なり、こちらは歩兵の層の厚さと、秩序だった集団運用、そして弓と魔法による中距離戦を本分とする軍であった。


 指揮を執るのは、穀倉国グレインリーフ王国の全軍統帥将軍エルビス・アルシェ。

 幾度も兵站を支え、国を飢えから守り、戦時には膨大な歩兵を組み上げてきた名将である。

 その傍らには、エルフ部族連合を率いる女傑ヴェネラ・モンテカルロの姿もあった。


 分断の術式が発動したとき、この戦域でもまた大地が裂け、重力干渉が兵たちを叩き伏せた。だが、エルビスは混乱の初動で、自軍を小隊ごとに切り分けて後退させ、さらにその背後にエルフ弓兵を配することで即席の防御陣を築いていた。


「前衛は無理に踏み込むな! 槍列を二重にして持ちこたえろ! 後列は盾越し射撃の準備! 慌てるな、慌てる者から死ぬぞ!」


 低く通る声が、混乱しかけた兵の心を縛る。


 グレインリーフの兵は、性格穏やかな農民兵が多いため決して一騎当千の精鋭ではない。だが、命令に従い、全体として噛み合う時、この軍は驚くほど強い。長槍がずらりと前へ伸び、その間を縫って弩と銃火器が構えられる。

 ちなみにグレインリーフに智将有りと言われるが、優れた指揮官が必要な軍隊故に、名軍師、名参謀を生みやすい土地柄なのである。

 さらに、その後方には、エルフたちの長弓隊が静かに矢を番えていた。


「左前方、来るわよ」


 ヴェネラが低く告げた。

 エルフの感覚は、人間のそれより鋭い。土煙の向こう、まだ姿の見えぬ敵兵の動きすら、彼女たちは気配で読むことができる。


「数は?」

「魔導強化個体が十三、その他に雑兵が八百ほど。けれど、結界の歪みを使って横へ回り込もうとしている部隊が別にいるわ」


 その報告に、エルビスは即座に判断を下した。


「前方は予定通り受ける。だが右翼を開けるな。第三中隊を回せ。エルフ弓兵には右翼牽制を頼みたい」

「言われるまでもないわ」


 ヴェネラは肩をすくめるように答えると、背後の弓兵たちに合図を送った。


「森なき戦場でも、矢は獲物を見失わない。放ちなさい」


 次の瞬間、鋭い弦音が重なる。


 エルフの矢は、ただ真っ直ぐ飛ぶのではない。風を読む。気配を追う。ましてやヴェネラ率いるエルフ部隊は、光のミッドエルフと闇のダークエルフの混成である。エルフらしからぬ、ふてぶてしさと、たくましさに満ちていた。

 彼らの放つ矢は、結界の光の歪みすら利用して、敵の隙間を縫って飛来する。姿を現しかけていた魔導兵が一人、二人と喉を射抜かれ、横へ回ろうとしていた小隊はその場で崩れた。


「見事だな」

「当然よ。森を焼かれ、故郷を失ってから、どれだけ長く戦ってきたと思っているの」


 ヴェネラの横顔には、静かな怒りがあった。

 エルフたちは、魔王軍によって故郷を追われた。森を焼かれ、枝葉のざわめきすら許されぬ場所へと追い立てられ、魔族領地内で奴隷とされてきた。

 それを解放してくれたのがカリナ率いるアルカナヴァンガードと、ソルスター自由連合軍であり、故郷を亡くしたエルフたちを受け入れたのがグレインリーフだった。だからこそ、彼女たちはこの戦場で決して退かない。


 その時、正面に魔導強化個体群が現れた。


「来ます!」


 部下の声に、エルビスは杖代わりの指揮棒を前へ突き出した。


「第一列、踏ん張れ! 第二列、槍を下げろ! 射撃班、胸部回路を狙え!」


 魔導強化個体は大盾のような腕を振り上げて前進してくる。その重い足音だけで、兵の足がすくみそうになる。だが、グレインリーフ兵たちは逃げない。盾を押し立て、槍を重ね、後列の銃火兵が一斉に火を噴いた。


――タァアアンッ! ダァンッ!――


 乾いた銃声が幾重にも響く。だが、一撃では止まらない。

 魔導強化個体はなおも前へ出る。その瞬間、エルビスは怒鳴った。


「今だ! 第三列、前へ!」


 後列から新たな長槍兵が走り出る。最初の槍列が受け、二列目が押さえ、三列目が刺す。その重なりで敵の動きを一瞬止めた。

 そこへ、ヴェネラが自ら弓を引いた。


「その程度の偽物で、私たちの百年を止められると思わないことね」


 放たれた矢は、淡い緑光をまといながら真っ直ぐ敵の胸部へ飛ぶ。装甲の継ぎ目、そこに一筋の光が吸い込まれた。

 次の瞬間、魔導呪像回路が乱れ、赤い脈動が激しく明滅する。


「今よ!」

「かかれ!」


 ヴェネラとエルビスの命令と同時に、歩兵たちが一斉に踏み込む。槍が突き立ち、剣が叩きつけられ、最後に銃弾が至近距離から撃ち込まれた。

 魔導強化個体は、ようやく膝をつき、地を揺らして倒れた。


「一体撃破!」

「正面、なおも接敵中!」

「押し返してる! 行けるぞ!」


 兵たちの声が、わずかに熱を帯び始める。エルビスはそれを聞きながらも、表情を変えない。


「浮かれるな。まだ敵は尽きていない」


 冷静な声だった。

 それにヴェネラも頷く。


「ええ。むしろ、ここからが本番かもしれないわね。向こうもこっちを削り切るつもりで来ている」


 彼女の言葉通りだった。戦場の各所から、なおも敵影が見える。だが、不思議なことに、押し寄せる敵の量は次第に減ってきていた。


「変ね」


 ヴェネラが呟く。


「敵の圧が薄れてる」

「こちらを包囲しきれなくなってきたのか?」


 エルビスは周囲を見渡す。


「あるいは、他所に割く余力がなくなったかだな」


 その時、後方に控えていた若い士官が叫んだ。


「将軍! 左後方より味方の接近気配! 軽装の一団です!」


 エルビスが振り返ると、土煙の向こうから数人の斥候兵が駆け寄ってくるのが見えた。服装からしてグレインリーフ兵ではない。もっと軽い。ミリア配下の技工斥候であろう。


「通せ!」


 命令一下、兵列がわずかに割れる。斥候は膝をつき、息を切らせながらもはっきりと声を張り上げた。


「勇者カリナ様より伝令! 分断各部隊の生存確認! 全軍、再集結命令です!」


 その言葉に、ヴェネラの眼がわずかに細められる。


「やっぱり生きていたのね」

「当然だ」


 エルビスは即答した。まるで最初から疑っていなかったかのように。


「集結地点を言え」

「はっ! ルクセンブルク山塊です!」


 その地名を聞いた瞬間、エルビスは一度だけ深く頷いた。


「悪くない。高地で守りやすく、水も拾える。あの一帯なら歩兵の再編成も効く」

「エルフにとっても悪くないわ。隠れる場所も多いし、敵の大軍が一気に押し寄せるには向かない地形よ」


 ヴェネラも即座に同意する。

 再集結地点としての適性を、二人は一瞬で見抜いていた。だからこそ、もう迷わない。


 エルビスは指揮棒を高く掲げた。


「聞いたな、グレインリーフの兵たちよ! 目指すはルクセンブルク山塊! ここを切り抜け、勇者殿の旗の下へ戻るぞ!」

「おおおっ!」


 ヴェネラもまた弓を掲げる。


「エルフ部族連合、聞きなさい! 私たちはもう追われるだけの民ではない! 今度は自分たちの意志で、再び戦いの場へ集うのよ!」

「応っ!」


 その声は高く、強かった。

 兵たちの眼に、再び光が戻る。

 戦場はなお苛烈で、結界も消えておらず、敵もなおそこにいる。何一つ楽にはなっていない。だが、今この瞬間から彼らの戦いは耐えるだけのものではなくなった。


 目指す場所がある。

 戻るべき旗がある。

 そして、その旗を掲げる少女勇者がまだ生きている。


 それだけで十分だった。


「前進準備!」


 エルビスが命じる。


「第一列は半歩ずつ押し上げろ! 第二列は弾薬と槍の補充を急げ! 第三列は後退ではなく転進に備えよ!」

「はっ!」


 ヴェネラも指示を飛ばす。


「弓兵は前進しながら撃てるよう隊形を変えなさい! 今のうちに敵の目を潰すわよ!」


 命令が戦場を駆ける。

 グレインリーフの歩兵も、エルフの射手たちも、再び武器を握り直した。

 分断された戦場の一角で、もう一つの軍勢が、今まさにルクセンブルクへ向かって動き始めていた。


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