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■4:戦場崩壊

 進軍は、確かに始まっていた。

 士気は高く、陣形も乱れてはいない。

 誰もがこのまま押し切れると、そう信じていた。


――だが――


 その確信は、次の瞬間、音を立てて崩れた。


――ズンッ――

 

 まるで大地そのものが鼓動するかのような、重い振動が戦場を叩いて響かせる。。


「来るぞ!」


 誰かが叫ぶ。

 その声を追い越すように、地面の奥底から光が滲み出した。


 魔法陣だ。

 戦場魔法陣だ。

 それも、一つではない。

 円と線が幾重にも重なり合い、戦場全域にわたって広がる巨大な術式。

 それは魔導の改革者と言われたソフィアですら、驚愕するものだ。

 

「嘘? アレだけの結界型魔法陣を発動させて、まだ自由軍全体に網をかけられるの?」


 その驚愕冷めやらぬ前に、逃げる好機すら与えぬ早さで一斉に起動した。

 エルリックの怒号が飛ぶ。


「止まれぇ! 全軍停止ッ!」


 ケラブノスの叫びが轟く。

 

「周囲警戒! 退路をさぐれ!」


 だが、すでに遅かった。術式は発動していたのだ。

 魔法陣から光の柱が立ち上がり、次の瞬間、それは膨大な〝圧〟となって戦場に降り注ぐ。まるで砲火の弾幕のように。

 兵たちが、戦士たちが膝をつく。


「ぐあっ……!」

「な、なんだこれは!」

「つ、潰される!」


 エーテルウィングスの少女たちが必死に抵抗している。


「結界! 結界を張って!」

 

 だが、圧の力はあまりに重く、空気が、地面が、すべてが押し潰してくる。

 ソフィアが叫ぶ。


「重力干渉!? こんな規模で!?」


 だが、それだけでは終わらなかった。


――バキンッ!!――


 乾いた破砕音が響き、次の瞬間、空間の繋がりが裂け戦場そのものが断ち割られた。


「うわあああああっ!」


 兵士が落ちる。

 崩れる。

 連携が断ち切られる。


「後退! 後退しろ!」


 叫びが飛び交う。だが、その退路すら、すでに閉ざされている。

 光の柱はさらに動き、まるで意思を持つかのように戦場を区切り、自由軍を四分四散させる。


「分断された!」


 エルリックの焦りの声に誰もが理解する。

 これは敗走ではない。〝切り分けられた〟のだ。

 

 最悪の事態にカリナは歯を食いしばり周囲を見渡した。

 見えるのは、ほんの一部の戦力だけ。

 アルカナヴァンガード本隊の中核――

 エルリック、ソフィア、ミリア。


 そして周囲には、ルミナリア王国の聖騎士団の一部。

 セリアス・ダースブレイズ率いる精鋭の旗が、辛うじて確認できる。


 だが――


「ケラブノスがいない……!」


 リザードマン戦闘兵団の姿が、消えている。

 右翼に展開していたはずの彼らは、完全に分断されたのだ。


「ゲオルグの牙狼騎士団は?」


 やはり彼らの気配も無い。

 ソフィアが焦る。


「エーテルウィングスも反応なし!」


 空も、遮断され女子魔導士飛行隊の姿は見えない。

 ミリアも焦りを抑えて報告する。

 

「カリナ、各国軍や、諸種族との通信魔法も途切れているわ」


 魔法を用いた通信も途絶しており完全な孤立を生んでいた。


「……まずいわね」


 ソフィアが低く呟く。


「これは、戦場そのものを分割する封鎖陣……最初から仕組まれていたのよ」


 カリナは頷いた。

 

「そのとおり――、魔王の魔力の総量が我々の予想を越えていたのだわ」


 その通りだ。敵は逃げていたのではない、導いていたのだ。そして、この〝分断領域〟へと引きずり込んだのだ。まるで蟻地獄の罠のように。

 そのときだった。


――ドン――


 重い足音が響く。前方の砂煙の向こうから、ゆっくりと何かが姿を現す。

 人型だが、その巨体は常識を逸していた。


 鎧のような外殻、赤く光る眼。そして――

 その全身に刻まれた魔導呪像回路――


「あれは――」


 ソフィアの声が震える。


「魔獣の魔導強化個体? いや、それ以上だわ」


 一体ではない。 その背後にもまるで量産された兵器のようにさらに同じ影が続いている 

 カリナは、静かに息を吐いた。


「今までの戦いは前座だったんだわ」

「裏切りの竜も、魔物の群れもか?」


 そう問うのはエルリック。

 

「えぇ、すべては、この状況を作るための〝布石〟よ」


 カリナは歯噛みし、失策を認めた。

 

「私の判断ミスです」


 だが、その言葉とは裏腹に不思議と勇気も湧いてくる。

 なぜなら――、カリナは勇者なのだから。周囲の誰もが予想できないような答えを導き出した。

 

「ですが、こうも取れます」


 カリナは振り向くと残存者たちに向けて告げる。

 

「敵は我々を分断しなければ、倒せないのです」


 毅然とした態度で放たれたその言葉は何よりも心強かった。

 その言葉が皆の光になった。

 

「あっ!」とソフィア――、

「なるほど、一気に全滅させる魔法は出てこないものね」


 そこにルミナリアのセリアス卿も納得がいったようだ。

 

「たしかに、我らが全軍を引きずり込んだ戦場魔法陣は膨大で圧倒的だったが、一つの巨大な魔法ではなく、すべて〝数〟で押し切っていたな」


 セリアスの側近も気付いた。


「戦場魔法陣はいずれも小型か中型でそれを膨大に仕込んでおりました。まるで人海戦術を駆使したかのように」

「うむ。その可能性が高いだろう」 


 ミリアも頷く。

 

「もしかして、魔王一人の魔法ではないのでは?」


 そこにソフィアの警護役として付き従っていた魔導剣士(パラディン)のアーヴァインと言う男がいる。

 彼はあごひげを撫でながら意味ありげに呟いた。

 

「つまり――生き残りの魔導師をかき集めておいて、ハリボテ魔王に煽らせて、なけなしの罠をはったってわけか?」


 その言葉にソフィアが吹き出して笑う。

 

「それ、案外正解かもよ? あの時の戦場魔法陣、あれで火炎地獄呪や、真空破斬とかを大量発動させてたら、こっちは全軍半壊以上してたもの」


 エルリックの側近の重装兵たちも言い放つ。

 

「あんがい、向こうさんたちも限界なのかもな」

「弾切れか?」

「だろうな。なにしろ、長らく主戦場だったプトラード広原を追い出されたんだからな」

「こっちも必死だが、向こう側もギリギリってところだろうぜ」


 そしてセリアスがにやりと笑った。

 

「ならばコレを乗り越えて生き残れば、まだまだ勝機はある! そうであろう勇者殿!」


 カリナもまたにやりと笑って剣を握り直した。


「その通りです! ならばここをまかり通るのみ!」


 その声に、迷いはない。

 エルリックが頷く。

 ソフィアが魔力を練る。

 ミリアが周囲を見渡す。

 セリアスは自軍の隊を再編成していた。

 それぞれが、それぞれの役割を理解していた。


「ここを突破します!」


 カリナは、前を見据えた。


「この戦場を、生きて抜ける! そして、全軍再集結を目指します!」


 絶体絶命の窮地かと想われた。だが、光明は残っていた。

 同時にこの仲間たちの強さを改めて思い知った。

 

「絶対に生き残りましょう! 勝利を掴むために!」


 そしてカリナは再び聖剣を抜いた。

 

「進軍! 目標! 魔王城!」

「おおおおっ!」


 カリナの心は未だ折れていなかった。


 そして。

 分断された戦場の各地で、それぞれの戦いが、同時に始まろうとしていた。


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