■5:渓谷突破
分断された戦場の中で、カリナたちは即座に動き出していた。
立ち止まるという選択肢はなかった。敵の術式は依然として周囲を覆い、光の柱はゆっくりと位置を変えながら、まるで獲物を追い詰める檻のように戦場を締め上げている。この場に留まれば、いずれ圧し潰される。それは誰の目にも明らかだった。
だが、彼らは諦めていない。否、心を折るという選択肢がない。
彼らが折れたら〝人の世〟は終わってしまうのだから。
軍団の〝眼〟であり〝耳〟である斥候兵――彼らは独自に周囲状況を掴むために危険を犯して奔走していた。そして数人が戻ってくる。
「前方に地形の窪みを確認、渓谷状です!」
斥候の報告に、カリナは即座に頷く。
「進路をそこへ。包囲を一点で抜けます!」
広域での対抗は不可能。ならば、突破口を一点に絞り、速度と連携で押し切るしかない。
エルリックが号令を飛ばす。
「重装前衛、鋒矢陣形! 盾を上げろ、止まるな!」
「はっ!」
ルミナリアの騎士団がそれに続く。
「セリアス卿、我ら先導します!」
「頼む!」
「ルミナリア、ルミナスガーダー騎士団! 2列縦隊!」
「応ッ!」
エルリック率いるアルカナヴァンガードの重装歩兵――、
それが鋭利な楔形陣形を組み、その背後にルミナリア騎士団が2列縦隊となり中央突破陣形を組む。
エルリックの重装歩兵が刀の刃となり、ルミナリアの騎士団が刀の心鉄となる構図だ。
「行くぞ!」とエルリック、
「続け!」とセリアス、
それらの声と同時に、白銀の盾列が前方へと押し出される。セリアス・ダースブレイズ率いる騎士たちは一糸乱れぬ動きで隊列を組み、狭まりつつある地形へと突入していった。その背にはカリナを中心とした、他のアルカナヴァンガードが控え、側面からの襲撃に備えていた。
彼らは巨大な鋒矢となり、寸分の狂いもなくその動きに重なった。
狭い。だが、それがいい。
敵の数的優位を削ぎ、戦線を圧縮するには最適の地形だ。
次の瞬間、渓谷の入口に、影が現れた。
それは先ほど現れた魔導強化個体と同種の存在だった。鎧のような外殻に覆われ、全身に刻まれた魔導呪像回路が赤く脈動している。だが今度は単体ではない。渓谷の両側面に、複数体が待ち構えていた。
ソフィアの側近のアーヴァインが苛立つように呟く。
「迎撃配置……待ち伏せか!」
ソフィアが自らを鼓舞するように声を吐く。
「でも、やるしかないわね!」
カリナは一歩前へ出た。
「突破します。ここを抜けるしか有りません!」
言葉は短い。だが、その意思は揺るがない。
セリアスが剣を抜き、吼える。
「ルミナリア騎士団、突撃! 勇者殿の道を切り開け!」
「応ッ!!」
騎士たちが一斉に加速する。エルリックたち重装歩兵と共に最前線に躍り出る。
そして、敵の武器と盾とがぶつかり合い、魔導強化個体の打撃が激突する。だが、それを正面から剛力で押し返す。その踏み込みは重く、強く、そして速い。
その背後から、アルカナヴァンガードの後方支援攻撃が重なる。
「第二列! 長柄武装兵! 間合い詰めろ! 隙を作るな!」
「応ッ!」
エルリックの指示が飛ぶと同時に、剣と槍が一斉に振るわれる。個々の力量もさることながら、この部隊の本質は〝連携〟にあった。一人が止め、一人が崩し、一人が討つ。その流れが、呼吸のように繋がっている。
さらにはソフィアも命じる。
「支援魔導師! 戦闘兵に攻撃支援魔法! 抗魔魔法を武器に付与! 急いで! 直撃魔導師は遠距離攻撃!」
「はいっ!」
ソフィア配下の魔導師もその卓越した技を思う存分に発揮していた。
弓を構え、弓術部隊を指揮するミリアが低く呟く。
「すごい、綺麗に噛み合ってる」
それは訓練の賜物ではない。幾多の戦場を潜り抜けてきた〝実戦の連携〟だった。
ソフィアが杖を掲げ、上級魔導師を即座に集める。
「連携発動! 重力干渉、局所相殺魔法! 前衛、今よ!」
ソフィアを中心に束ねられた魔法が発動し、瞬間、敵の圧がわずかに緩む。その刹那を逃さず、騎士団が一気に踏み込む。
「押し切れぇぇぇッ!」
セリアスの一撃が、魔導強化個体の外殻を叩き割る。続けざまに、アルカナヴァンガードの剣が回路を断ち切り、赤い光が消えた。
そして――ついに、一体、また一体と崩れていく。
止まらない。
止まれば、終わる。
カリナはその先頭で剣を振るう。
無論、カリナに襲いかかる個体もあるが、畏れるものではない。
そもそもが聖剣レギオンブレイドは魔を葬るためのものだのだ。数度の斬撃で敵を確実に葬り去った。
「道は開く! 前へ!」
その声が、全軍を引きずるように前進させた。やがて、渓谷の出口が見え、光が指してきた。まさに希望の光だった。
「抜けるぞ!」
最後の一押し。騎士団が盾で押し込み、アルカナヴァンガードが斬り開き、全体が一つの塊となって狭隘地を突破する。
次の瞬間、視界が開けた。
――抜けた。
だが、安堵はない。
ここからが、本当の問題だった。
ソフィアが息を整えながら、静かに言う。
「……少しだけ、わかった」
「何がですか?」
カリナが振り向く。
「この分断結界、完全な遮断じゃない。魔力の流れに〝偏り〟があるわ。干渉の薄い領域が点在してる」
その言葉に、ミリアが反応する。
「つまり?」
「つまり――〝隙〟となる位置を特定できれば、他の部隊の〝存在〟は捉えられるかもしれない」
ソフィアはカリナに視線を向ける。
「少し集中するわ」
「お願いします」
カリナの言葉を聞き、ソフィアは目を閉じ、集中する。魔力の流れを読み、戦場全体に広がる歪みを探る。
そして――
「――居た!」
小さく、だが確信を持って呟く。
「複数。距離は離れてるけど、生きてる。完全に消えたわけじゃないわ」
その一言が、空気を変えた。
――生きている――
それだけで、十分だった。カリナは希望を感じながら頷く。
「それならば繋ぎましょう」
迷いはなかった。
「ミリア、斥候を出せる?」
「もう準備してるわ」
ミリアは即座に振り返る。彼女の手の動きだけで即座に20名ほどの斥候兵が集まった。ショートソードと弓を持ち身軽に動ける技工士たちだ。
「斥候部隊、前へ! 知覚できた各座標に向けて伝令を飛ばす! 目標は――分散勢力の再集結! 集結地点は〝ルクセンブルク山塊〟」
「了解!」
20名の斥候が風のように散っていく。
その背を見送りながら、カリナは剣を握り直した。
「全軍、態勢を立て直します。ここからは〝生き残る戦い〟です」
その言葉に、誰も異を唱えなかった。
エルリックが頷き、セリアスが静かに笑う。
ソフィアは次の解析に入り、ミリアはすでに次の手を考えている。
バラバラにされたはずの軍は、まだ死んではいない。
ならば――
繋ぎ直す。
必ず。
カリナは前を見据えた。
「目指すは再集結。そして――」
その先にあるものは、すでに決まっている。
「魔王城です」
その言葉に、全員が応えた。
進軍は、止まらなかった。




