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■1:決戦の前、少女は空を見上げた

――プトラード広原――


 その高地草原は、そう呼ばれていた。

 光の種族の世界の大地セプタリア、そこには人間たちの8つの国が有り、プトラード広原にはネルガルと呼ばれる国が存在していた。

 

 だが、魔王軍と人間たちの戦いの中で戦火に見舞われ、侵略と暴虐の果てにネルガルは失われた。

 それ以来、魔王軍との戦いの激戦地となっていた過去がある。

 

 そのプトラード広原の北西――、魔王支配域と隣接する地に、カリナ率いるソルスター自由連合軍が野営していた。

 これから繰り広げられる、魔王軍との最終決戦に向けた大規模侵攻作戦――

 その出陣前の最終野営拠点がここだったのである。


 エルリックと共に、野営天幕を離れたカリナ。

 各国軍指揮官や、各種族の代表たちにむけた号令を発したばかりである。

 その時、カリナに向けて歩いてくる影が2つある。

 背の高いリザードマンと、黒い毛並みの傷だらけの風貌の狼獣人――

 胴体だけの鎧に緑濃色のマントを羽織ったリザードマンが語りかけてくる


「聖剣の巫女様、昨夜も遅くまで襲撃者の討伐、ご苦労様でした」

「ケラブノス卿! 襲撃者の追撃ご苦労様です」


 カリナのねぎらいの言葉にケラブノスは軽く会釈をする。

 その傍らではいかにも血の気の多そうな狼獣人の騎士が明るく語りかけてきた。


「姉御、襲撃者は1人残らず仕留めた。うち何人かはしっかりと締め上げてどこから来たのか全部吐かせたぜ」

「ゲオルグ、あなたなら抜かりないと信じてるわ」


 ねぎらいの言葉にゲオルグは牙をむいて笑う。


「俺は狼だぜ、獲物を狙って仕留めるのは十八番(おはこ)だからな」

「でしょうね。尋問の結果は後で詳しく聞くから」

「承知した!」


 そしてエルリックと共に、ケラブノスとゲオルクを伴い、カリナは再び歩き始めた。


「エルリック」

「はっ」

「最終的な出撃準備は?」

「全軍全部隊において準備完了との報告が揃っております」

「出撃後の作戦指令は各部隊指揮官に共有されているわね?」

「抜かりなく」


 その時のカリナの顔はまさに戦場をゆく戦女神――、

 野営地の天幕の中での愚痴と嘆きの一瞬が別人であるかのようだ。

 もっともそんな姿を知っているのは、エリュシオとわずかな人間たちだけである。


 ケラブノスが問いかけてくる。


「では聖剣の巫女様、そろそろ――」

「ええ、やるわよ」


 ゲオルクが猛る気持ちを抑えられないように軽く唸り声を上げる。


「いよいよ出陣か! 人間や多種族が住むセプタリアの大地を離れ、闇の世界ノクティルへと!」

「ええ、今度こそ絶対にこの戦いを終わらせるわ!」

「その意気だぜ! 俺はアンタとともにどこまでもついていくぜ!」

「ありがとう! 貴方がそう言ってくれるとわたしも心強いわ!」

「あぁ! 任せてくれ!」


 ゲオルグは狼獣人と言う種族の特徴なのか、血気盛んでありながら、誰とでもフランクに接する気性がある。

 ケラブノスも長年の戦歴で落ち着き払った人柄をしている。

 それ故、カリナにとって、素直に接することのできる二人だったのだ。

 

 でも――、


――怖い――


 その言葉を、カリナは胸の奥で噛み殺した。

 

――やっぱり、恐怖は消えないな――


 カリナは心のなかで密かにそう思う。

 

――どんなに経験を積んでも、大軍団の前に立つときは、ちょっと――

 

 今、かりなの目の前に広がるのは、果てしない軍勢だった。

 地平線の彼方まで続く、旗、旗、旗。


 人間、獣人、リザードマン、エルフ……などなど――

 八つの国、十の種族。

 すべてが、ここに集っている。

 勇者としての正装である、魔法剣士装束を見につけて大軍勢の先頭に彼女は立っていた。

 その左腰にあるのは勇者の証たる〝聖剣レギオンブレイド〟

 その金色の輝きに負けぬほどにカリナは神秘なる気配を漂わせていた。


「カリナ――」


 背後から声がかかりハッとする。

 振り向かなくてもわかる。エルリックだ。


 他の人たちは彼女を〝勇者カリナ〟〝聖剣の巫女様〟と呼ぶ。

 だが、彼ともう二人だけは、呼び捨てにしてくれる。

 その垣根の無さがカリナには何より嬉しい。

 いつも通りの、落ち着いたその声。


「全軍、準備完了している。いつでも号令を」


 その一言が、胸に重くのしかかる。


――全部、私が決める――


 カリナはわかっている。

 ここにいる全員が、自分の言葉を待っていることくらい。

 けれど。


 ほんの少しだけ、視線を逸らした。


 空は、どこまでも青かった。


 こんなにも静かで、穏やかな空の下で。

 これから、数えきれない命が失われる。

 そのすべてが、自分の選択の先にある。

 不安がカリナの心の中を静かに満たす。


「カリナ」


 今度は、別の声。

 優しくて、少しだけ心配そうな声。

 ソフィアだ。

 カリナにとってお姉さんのような人だ。


「大丈夫。あなたは、一人じゃないわ」


 その言葉に、思わず笑いそうになる。


「うん――」


――知ってる――


 知っているのだ。

 後ろを振り返れば、そこにいる。


 剣を握る者。

 祈りを捧げる者。

 牙を剥く者。

 翼を広げる者。

 武器を磨く者。

 決意を秘める者。

 

 みんなが、カリナを見ている。

 信じている。

 託している。


 そのすべてを――、


 だから……


「行きましょう」


 カリナは、前を向いた。

 逃げ場なんて、最初からない。


 それでも――

 それでも、自分は選んだのだ。


「これが、最後の戦いです」


 声は、思ったよりも震えていなかった。


「ここで終わらせる。

 この長い戦いを――」


 一歩、踏み出す。


「――私たちの手で」


 控えの地から、大軍団が控える平原へと姿を表した時、瞬間、大地が揺れるほどの咆哮が、世界を満たした。


――ウォオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!――


 無数の声。

 無数の意志。

 無数の願い。

 無数の闘志。


 そして――

 自由と平和への渇望。

 そのすべてが、カリナの背中を押す。


 深く、呼吸をする。意識して腹の底へと息を吸いゆっくりとは吐く。

 剣の師匠から学んだ呼吸法は、その体に染み付いていた。

 右手が動いて聖剣レギオンブレイドを握り締める。


「エリュシオ」

『はい、カリナ様――』


 レギオンブレイドから声が聞こえる。優しくも頼もしい女性の声。

 カリナを心から支え続けてきた精霊の声。

 レギオンブレイドに宿る精霊エリュシオの声だ。


「行くよ」

『はい――、勇者たるあなたの御心のままに』


 もう、迷いはなかった。


――シャキッ!――


 聖剣レギオンブレイドを、抜く。

 その輝きが、戦場を照らした。


 一瞬――

 誰もが息を呑む。


「傾注!」


 戦場のざわめきが一斉に止む。あたりには風の音だけが残響を残す。

 誰もが静止し、勇者たる聖剣の巫女――カリナ・ウィングスの声を待つ。 


「これより、魔王軍支配領域への最終侵攻の出陣を始める!」


 カリナの声がどこまでも広がっていく。

 その声にすべての視線が集まっている。

 総兵数は数万を越えるだろう。人のうねりが大地をあまねく舐めていた。


「全軍、隊列準備! 各任務方面への出立を命じる!」


 ソルスター自由連合軍は大軍団だ。

 多様な国、多様な民族、多様な種族が集まっている。

 そして、それぞれの得意とする分野で、その都度隊列を組み、臨機応変に戦場で戦果を上げてきた。

 今日も、複数方面へと出立する。

 敵領域、シャドウクレスト山脈――、その各地へと散っていくのだ。

 総軍が一同に介するのは、当分の間無いだろう。無事にすべてが還ってきてほしいと心から思う。

 その思いが言葉になる。


「ここに皆の武運長久を祈るものである!」


 その掛け声とともに一斉に敬礼が成された。カリナも同じく敬礼で返礼する。

 さぁ、出陣前のやり取りは終わった。いよいよだ。

 カリナは腹の奥に大きく息を吸い込んだ。


「ソルスター自由連合軍! アルカナヴァンガード! 全軍! 前進!」


 その一言で、世界が動き出す。


「おおおおおおおおっ!」


 無数の軍勢が、一斉に前へと進み始めた。


 その先にあるのは――


 魔王。

 魔王ヴァルガリアス――

 

 人呼んで〝最後の覇王〟


 カリナは、ただ前を見つめていた。

 その瞳に、もう迷いはない。

 少女は今、世界を背負って歩き出したのだから。


 最終決戦はこれより始まる。


 だが――


 カリナはまだ己の身に降りかかる未来をまだ知らない。


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