■2:カリナの泣き言と、エリュシオの癒やし
「まったく――、これじゃ勇者というより雑用だよ。何でもかんでもこっちにお話が回ってくるんだもん」
カリナはベッドの上で膝を抱えながらも、ベッドの枕元の傍らにおいていた聖剣レギオンブレイドを手にとって両手の中に抱きしめた。そして、顔を膝の間に埋めてしまう。
「ねぇ、エリュシオ――」
その声には力がなかった。エリュシオはカリナの言葉に静かに耳を傾けている。
「これから魔族のいる場所へと乗り込むんだよね?」
『えぇ、それがコレまでの戦いの目的ですから」
「じゃぁ、魔族と戦うんだよね?」
『その通りです。貴方ご自身の意思で。そして、貴方を信じる人びとの力を得て、皆で進むのです』
「私自身の意志で――」
カリナのすすり泣く音が軽く聞こえる。
「私、怖い――」
そう漏らす声は、勇者として敬愛を受けるような猛き人物のものとは到底思えなかった。
『どうしてですか? カリナ――』
エリュシオは優しく問いかける。まるで心優しい母親のように。
「だって、あの魔族だよ? わたしのお父さんと、お母さんを殺した魔族だよ?」
カリナは俯いて泣いていた。泣いているではない。その肩が震えていた。今、彼女を支配しているのは不安だけではない。恐怖だ――
「何度も夢に見るんだよ――、お父さんとお母さんが死ぬときのことを――、魔族と戦って、魔族を倒すたびに、夜になると思い出すんだよ!」
その時のカリナは明らかに心が負けていた。案ずるようにエリュシオがそっと声をかける。
『夢に見るのですね』
「うん――、何度も見るの――、その度に目が覚めるの! 昼間、戦いで敵を倒す旅に! 何度も! 何度も!」
不安に怯えるカリナをいたわるように、エリュシオは声を掛ける。
『呪いがかけられてますね。戦いの強い気に乗じて、相手の心と魂に潜り込む呪術です。討伐された暗殺部隊の者たちでしょう』
「その呪い、取れる?」
『無論です。弱い呪術ですが、相手の心の弱いところにつけ行って繰り入る非常に〝卑怯な〟呪術です。今、除去してあげましょう』
「ありがとう、エリュシオ――」
すると、カリナが抱いていた聖剣レギオンブレイドのクリスタルから光が広がり、その光に追い払われるように、カリナから黒い邪気が離れていく。
『もう、大丈夫です。ごめんなさいね、気づけなくて』
「うん、少し軽くなった。しつこい不安はどっか行った」
不安は消えた――だが、恐れは残っているようで、カリナの言葉は続いた。
「こんなの、いつまで続くんだろう――。だって私、好きで勇者になったわけじゃないもん」
『えぇ、そうでしたね。あなたは、とある国に拉致されて私を無理矢理に託されたのでしたね』
エリュシオはいたずらに過去の不幸を否定しなかった。カリナとエリュシオの出会いは決して光の当たるような出来事ではないのだ。
『あなたの過去を私は否定しません。ご両親が魔王軍に犠牲になったことも、今は無きネルガル軍の拉致で辛い訓練を受けたことも、そこから救われても十年を経過しても戦い続けていることも、たしかに辛いことなのは間違いないのですから』
「うん……」
カリナは顔を膝にうずめたまま頷いた。そこに、大軍団を率いるような勇者としての輝きは微塵もなかった。でも、これもまたカリナという少女の真実のひとつなのだ。
「ごめんね、エリュシオ――」
『なぜ、謝るのですか?』
「だって、愚痴ってばっかりで」
『それは悪いことではありません。弱音を吐かない人間などどこにも居ませんよ』
「エリュシオ……」
エリュシオはカリナの言葉を絶対に否定しなかった。必ず常に寄り添い続けるのだ。しかし――
『ただ、その弱音に飲まれて下を向き続けるか、自分を奮い立たせて上を向くか――、それだけの違いなのです。カリナ、あなたはどちらですか?』
「私は――」
そこでようやく、カリナは顔を上に上げた。そして、両手の中に抱きしめていたレギオンブレイドを両手であらためて持つと、その明滅するクリスタルに向けて視線を向けた。
泣きはらしたあとだったが、その顔にはもう嘆きは残っていない。
「やっぱり、このままで居たくない。平和な毎日を取り戻したい」
『それはどうしてですか?』
確かな問いかけ、エリュシオはカリナが決して折れない心の持ち主だということを知っているのだ。
「それは――、死んでいったお父さんとお母さんの犠牲を無駄にしたくないから。十年前のあの日、私を助けてくれたネルガルの兵士の人たち、沢山の人達の命に支えられて今の私が居る。それを無駄にしたくない。それだけは嘘じゃない」
『そうですよね。それに今の貴方の隣には、あなたのそばには誰がいますか?』
エリュシオの、その問いかけにカリナはつぶやく。その声はすでにはっきりとしていた。
「うん――、分かってるよ――、だって私たちの軍――〝ソルスター自由連合軍〟――異なる国、異なる種族、価値観も、寿命も、生き方も全く違う人々が集まってる」
『それをまとめられるのは――』
「うん、全ての人々と心をつなぐことのできる〝私〟だけだから」
『そうです、あなたは〝勇者〟にして〝聖剣の巫女〟――全ての人々と心をつなぐことのできる唯一の存在なのですから』
「うん――」
泣き顔の涙の跡が乾いていた。そして、静かな笑みが戻ってくる。
「分かってる。私が――この戦いを終わらせられる唯一の人間だってことを――」
『ならば、今、成すべきこともわかりますね?』
「うん――、頑張って起きることだね。天幕の外でみんなが焦れて待ってるだろうから」
『えぇ、そうだと思います。ですから――』
「わかった――」
そう答える声は穏やかでありつつも明朗だった。ベッドサイドに置かれた台替わりの木箱の上に置かれたハンドベルを鳴らす。天幕の外から即座に戦場侍女の女性たちが駆けつけたのだった。




