漫画家は見た①
近々行われるイベントに向けて筆を走らせる彼は瞼を閉じる。
それは目の疲れを取るためではなく、今描いている原稿の原案ともいうべきあの日の出会いを思い起こすため。
瞼を閉じている間、目で見た記憶を映像として振り返る記憶魔法は彼にひとつの映画のようなものを見せる。
「漫画家志望ってのも大変だねえ。タダ同然で荷物運びをしなきゃいけないだなんて」
「バカだなシンちゃん。ウチらとしては助かるけれど、漫画家になるために必要ってわけじゃあるめえ」
「ん?そうなのか」
「山口くんはアクションの勉強をするためにモンスターとの戦闘を間近で見たいから、荷物持ち《ポーター》として探索に参加しているんだよ。描きたいジャンルに不要だったらこんなことしないって」
「ははは。そうっすね」
この日、漫画家を目指す青年〝山口〟は取材と僅かながらのアルバイトを兼ねて、ベテラン探索者のダンジョン探索に同行していた。
場所は彼の地元、群馬県にある岩宿遺跡。
古代遺跡の調査現場で見つかったダンジョンである。
石器時代の遺跡ということもあってか、魔法を用いて人形を動かすのに必要な鉱石がモンスター化した野良ゴーレムが数多く生息しており、ゴーレムハントの場として知られていた。
今回、彼が身を寄せたのは〝シンちゃん〟〝コノヤン〟と呼び合う二人組のパーティ。
それなりに魔石採集で稼いでいるという点では紛れもなくベテラン探索者ではあるのだが、アクション漫画を描くための勉強として探索に同行したいという、自らの生業にこだわりが強いプロであれば怒り狂うほどのふざけた条件でポーターに名乗り出た山口を追い返さないところから滲む程度には、怪しいふたりだった。
そもそもアクション漫画を描くためとはいえ、山口が生の戦いを観ようと思い立ったのは、世間的には奇行の部類である。
魔法やモンスターが日常に存在するこの世界において、アクションの教材がリアルに転がっているのはそう。
だが己の力量が高ければ、自分が実際に魔法を行使している様子を参考にしてしまえばいい。
実際、このやりかたでアクション方面に強い漫画家は一定数存在していた。
しかし山口の腕っ節ではそうはいかない。
運動音痴の部類である彼には高度なアクションなどできないのも無論だが、できたとしてもその動きを身体で覚えられるわけがない。
そこで彼はフィジカルに依存しない魔法として〝目で見た光景を映像として記憶する魔法〟を身に付けて、その最初の実験台としてシンたちとパーティを組んでいた。
「そろそろ第3階層だ。危険度が高いから、気をつけてくれ」
アタック開始から小一時間。
第1、第2階層については数度の戦闘こそあったが、シンとコノヤは軽々と野良ゴーレムを倒していく。
小さな魔石で動く低レベルのゴーレム。
しかも取り出した魔石のトリミングも甘いので、余計な荷物で山口が背負うバッグはみるみるうちに膨らんでいく。
実のところこれらは普段のふたりならば振り払う程度の弱いモンスターである。
いつもと違って荷物持ちがいれば、安物の魔石を回収してもトータルで黒字が増えるという打算で、雑な仕事をしていた。
探索者としては素人である山口の目線では〝かっこよくゴーレムを倒している大人〟として見えていたのだが、それはそれだけ彼の目が幼いということ。
まだ名門高校の探索部のほうが強いのだが、実力の基準を知らぬがゆえに、彼はシンたちを過度に信頼していた。
それゆえに自分が窮地に追い込まれたときにも反応が遅れてしまう。
モンスターの力量を階層だけで判断していたエセ探索者が惨めな目に遭うまで危険に気づかない。
「第3階層でこのサイズは大物だ。お宝ゲットだぜ」
「じゃあまずは俺から行くぜ。コノヤンは後押しを頼む」
「りょーかい」
順調に進んでいた三人の前に出現した青い大きなゴーレム。
コノヤは大きいだけで他と同じ〝ブルーサファイアのゴーレム〟と判断しており、大きいということはドロップする魔石も多いとしか考えていなかった。
大剣を構えたシンを自慢の戦槌で撃ち出すことで一点突破を行う、このふたりの得意技。
直撃すればこのレベルのゴーレムなど簡単に砕けると思っての流れ作業的な攻撃に対して、ゴーレムは機敏な反応を見せた。
射出するまで違和感に気づかぬままに撃ち出したコノヤ。
そしていつものように大剣の構えを固めて激突に備えるシン。
ガチンという衝突音にクセでつぶった目を見開いたシンは、自分の置かれた状況に困惑してしまう。
「へへへ……はっ⁉️」
ゴーレムを貫通して壁に刺さったのかと錯覚したが正解は違っていた。
コノヤと山口からは一目瞭然だったのだが、シンは壁ではなくゴーレムの指先に剣を突き立てていた。
機敏というのはそのままの意味。
高速で撃ち出されたシンの動きを的確に捉えて、素早い動きを見せたこのゴーレムは、2本の指を巧みに操ってシンを捕らえていた。
真剣白刃取りめいた精密な技をゴーレムが使うこと自体が異常事態である。
今までシンとコノヤが狩っていたクラスのゴーレムには、このような判断能力などない。
「嘘だろおいっ!」
「とりあえず降りろ!握り潰されちまうぞ!」
「でも剣が」
「シン!」
コノヤに叱られて、愛用の大剣に後ろ髪を引かれながらもシンがそれを捨てて飛び降りると、ゴーレムはそのまま掌を握りしめてしまう。
ゴキゴキと金属がねじれる音を立てて、あの巨掌の内部で大剣が握りつぶされたであろうことを周囲に示した。




