深夜配信
マツリがダンジョンから帰宅した日の深夜、彼女は決まって動画を撮る。
普段は変にプライドばかりが先立ってやらない生配信。
音を奏でることよりも痴態をさらすことで客を呼び寄せる行為に身を投じるのは、酔いとストレスによるものだろう。
「はーい、フェスピアノでーす。初っ端から飲んでてゴメンねー」
ピアノに取り付けた撮影スタンドにスマホをセットし、椅子に座った状態から開始した配信は酒を片手にオープニング。
ここのところ一曲に注力した宅録よりも、ストレス発散をかねた深酒配信が増えているのは、彼女的にも悩みである。
だが若い女性がへべれけで恥をさらす姿には一定の需要があるようで、収益化ラインをなんとかクリアしているマツリにとってはある意味で稼ぎ頭のコンテンツになっていた。
「まずはアップテンポで始めるけれど、ここのところスタートはコレばかりだね。わかっているんなら少しは変えろって話だけれど」
そして挨拶のあとはチャンネルの定番曲〝夢をかなえる第一歩〟を演奏してから、コップに残った酒を飲み干すまでがオープニングである。
原曲と比べるとだいぶ駆け足な演奏だが、気持ちよくなるための演奏は、音大時代の彼女に欠けていた魅力を引き出しているのもまた事実だった。
正直、音大時代に投稿した宅録音源はそれほど再生されていない。
いや、厳密に言えば今の暮らしをするようになったことで視聴者が増えた結果、それなりに再生されているだけで、投稿初期の視聴数は散々である。
「ういー。ではここらで、コメント返信するよ。今日はまだ何も来ていないので、以前の動画からの抜粋です」
テンポを速めたので2分かからずに弾き終えると、配信で使用しているものとは別の端末から過去のコメントを確認して、返信コーナーを開始した。
普段はマツリは動画に寄せられたコメントに対してリアクションをしないのだが、生配信中に限り口頭で返事をしている。
「フェスさんはよく〝イーエフ〟の劇伴曲を演奏していますが、どうしてですか?おそらく生まれる前の作品なのに」
イーエフとはオープニングに弾いた夢をかなえる第一歩をはじめとした、マツリがよく弾いている楽曲が使われている作品のこと。
原作はいわゆる美少女ゲームというやつで、アニメ化や音声ドラマも制作された作品とはいえ、20年以上前の古い作品である。
顔を公開していないものの配信中にこぼす内容から大学を卒業して数年、20代前半の女性であることは露呈しているマツリのチャンネル視聴者としては、知らなくて当然な古い作品曲を好き好んで弾いている姿は不思議であろう。
実際、マツリが宅録で投稿している弾いてきた動画において、同世代の楽曲はほぼ弾いていない。
「これはね……言う機会がなかったのと家族のプライバシーに直結するので言ってなかったけれど、確かに不思議よね。不思議に思うくらいにうちのチャンネルを見てくれているようなのでお答えすると、もともと父親が大ファンだったわけ。ゲームやアニメのソフトだけに飽き足らず、設定資料集とかイベント販売の劇伴CDなんかも全部揃えてたくらいのガチで、その影響をアタシもガッツリ受けちゃってます。なのでイーエフ以外にもチモン先生が作曲した曲もちょくちょく弾いていますね。最近はサボりがちですが」
コメ返という公共の場では一人称を「アタシ」にして柔らかい態度で答えるマツリの告白。
突然、若い頃のオタ活を暴露された父親の心境に後日反響があるのだが、このときは深夜のゲリラ配信だったのでコメントはなし。
そのままコメント返信を挟みつつ何曲か弾いていると、あっという間に1時間が経過していた。
深夜かつダンジョン帰りに酒も入っていたのもあり、流石にマツリも疲れが出たのだろう。
次の返信コメントを探しているうちに、うとうとと舟を漕ぎ出してしまった。
寝落ちする。
早く寝ろ。
夜中に集まった好き者たちもコレには善意のコメントを返す。
だがチャットラインをマツリが確認するまでもなくドサリと寝落ちした彼女の指が奏でた不協和音を最後に、なぜか配信画面が暗転し、しばらくしてから停止した。
視聴者もこれには困惑するが、深夜配信を見ている人数が少ないこともあり情報は拡散しない。
そんな有名インフルエンサーならば怪奇現象として有名になりそうなエンディングは画面外から介入したミロクによる親切が原因だったわけだが、寝落ちしたマツリがそれに気づいたのはだいぶあとのことだった。




