セッション
少年はドラムが好きだがバンドを組む相手も見つからず、ひとりでスティックを叩き続ける。
というのも、一応彼は軽音楽部なので同じ部内でセッション相手が見つかることを期待していたのだが、この部活というのが彼にとっては詐欺まがい。
音楽活動を部活設立の方便として集まった仲良しグループの系譜のため、まともに軽音楽部として活動した歴史はほとんどない。
そのため真面目にバンドをやりたいと思っており、なおかつ技術や知識は素人という彼に付き合ってくれる人間は部には居なかった。
逆に部内で最近流行っていることが〝近くのダンジョンでの火遊び〟のため、付き合いで魔法の練習をする始末。
その過程で彼は魔法とドラムを融合させた技を身に着けており、強さという意味では頼られる存在となっていた。
「ナツ!今すぐ来てくれ!」
「なにっ!」
だからである。
部室でお気に入りの配信者の動画を流しながら一方的なセッションをしていた彼を部長が呼び出した。
向かう先は彼が住む藤沢市にある初心者向けのダンジョンで、第1階層には危険性のない体液で構成された中性スライムしか居ない。
そのため近隣では魔法の訓練にうってつけの場所となっていたわけだが、逆にそんな弱いモンスターしか居ないはずの場所で助けを求めるというのはどういうことか。
ろくでもない理由だったら怒りたいとはいえ、本当に危ないのかもしれない。
普段が安全であるぶん緊急脱出魔法のような保険が効かない、このダンジョン特有の危険信号にナツは冷や汗を流す。
そして30分後。
到着したナツが発見したのは悪友たちを捕らえて離さない巨大なスライムだった。
「なんだよこりゃ」
「やっと来たか。このスマホが防水仕様じゃなかったらヤバかったぜ」
軽音楽部の面々、総勢6人を包み込む巨大なスライムが第2階層への道を塞いでいる。
顔を出しているので窒息する心配こそないが、抜け出そうとしても抜け出せないらしい。
流石にこれは警察の助けを借りるべきだろうとはナツは思うわけだが、子供特有の忌避感が大人の手を避けたようだ。
そして呼び出されたナツもまた、自分らで解決しないと大変なことになると考えて、上着の袖をまくる。
「とりあえず一発ぶちかましてくれ。お前の魔法なら一撃だろ」
「わかったよ。だけど腹に響くから我慢しろよ」
「はーい」
ナツはやる気で仲間たちもやられる覚悟は決めていた。
それを踏まえてナツが発動させた魔法により、彼の手には魔力の撥が握られていた。
元は机や壁をドラム代わりにして演奏を行える音楽魔法を衝撃波を打撃対象に伝播させて内部破壊を行う攻撃魔法に転用したのがコレである。
魔法の歴史としては先祖返りと言うほうが正しいか。
ただしあくまで音楽魔法のままなため、その威力は内部での振動に弱いモンスターにしか有効ではない。
あくまでこのダンジョンに出現するスライム相手ならばうってつけの魔法という程度で、部員たちは〝ナツが有効的な魔法を習得している〟という理由で彼を頼ったが心もとない。
撥を叩きつけてスライムの内部に駆け巡るビート。
しかし音は弱く、これで勝てると思っているのは子供たちだけ。
(しくじったか?)
ナツは魔法を撃ち込んだ箇所の問題かと思って自分を責めてしまうがそれは間違い。
いくら通常ならば一撃で倒せる程度のスライムとはいえ、巨大化したイレギュラー種には魔法の出力が足りてなかった。
「俺らには遠慮するな。もっと強くやれ!」
手加減のせいだと感じてさらなる攻撃を求める仲間たち。
そして人質状態ゆえに無意識に手加減したのかと自問するナツ。
今度こそはと撥に魔力を込めていくのだが、その努力は報われない。
2回目はドラムを叩き壊す勢いで振りかぶり、撥を叩きつけたのだが巨大スライムには通用せず。
それどころかナツの腕が食い込み、彼もまたスライムに飲み込まれたひとりとなってしまった。
「ごめん」
ただ大きいだけではなく、飲み込まれていくうちに脱力していくスライムの内部。
こんな空間に放り込まれても救護を呼ぶ気力のあった部長は肝が据わっていたのだなと、ナツは軽音楽部としてバンド活動をしてくれないことから、どこか軽んじていた部長に脱帽していた。
しかしこのままではいつ溺れ死んでも仕方がない。
そもそも体液に毒性のない中性スライムでなければとっくに殺されていたか。
できれば早く助けてもらいたいが、ナツには助けを呼ぶ手段が無かった。
部長の端末もさきほどの攻撃で壊れてしまったようだ。
万事休す。
ミイラ取りがミイラになるとはこの事かと、軽はずみにヒーロー気取りで部の仲間を助けようとしたナツはいたたまれない。
(このまま誰も来なかったら死ぬのかな。やりたかったバンドもまともにやれていないのに)
諦めたナツはスライムの内部に溺れていく。
気力が萎えているからなのか。
それとも別の理由があるのか。
ナツを捕食しようとしたスライムは彼を内部に飲み込んでいく。
消化作用のない中性の体液とはいえコアの近くならば人間を捕食できるのだろう。
このまま干からびるまで搾り取られるのかと、部長ですら目を背ける状況。
彼らを救う〝通りすがりの探索者〟は居ないのか。
「邪魔」
誰かの口からポツリとこぼれる一言。
たしかに道を塞ぐこのスライムは下の階層を目指す人間にとっては邪魔でしかないが、本当に誰かが来たのだろうか。
淡い期待で視線を向けた彼らの先にいたのはショートヘアの髪の毛がサラサラと揺れる女性。
軽装かつ、特別なマッシブさも見られない彼女で大丈夫なのだろうか。
彼女もまた被害者のひとりになるかもしれないと諦めの目を向けるなかで、ナツだけは「誰かに似ているような気がする」と感じていた。
だが彼が知る彼女には探索者という顔はない。
むしろ本当に彼女であれば早く逃げてほしい。
そんな願いは彼女自身の手で軽々と砕かれる。
「「「えっ⁉️」」」
不意に彼女が振り上げた手を下ろしていくと、それに合わせて巨大なスライムが上から叩き潰された。
地面に押し当てられるまでスライムが縮むと、その圧力で弾き出されて脱出する軽音楽部の面々。
ようやく自由になって身体を起こそうとする彼らのことを特別気に留めることもなく立ち去る彼女がなびかせる後ろ髪に彼らは想いを寄せる。
その反応は個々で異なるとはいえ、彼らは男子高校生。
ちょっと歳上の美人さんに悶々とした気持ちを抱くのは共通していた。
そんな中でナツだけは「以前からファンのあの人ではないか」と思い、彼女のチャンネルにコメントを投げる。
だがその答えは━━━
「ええと、次のコメントは……『一昨日、藤沢ダンジョンで巨大スライムから助けてもらった高校生です。フェスさんは覚えていないかもしれないけれど、ありがとうございました』か。なんだこれ?スライムが何のことかはちょっとすぐには思い出せないけれど目撃されちゃったかな。というか、この通り顔を映していないのによくわかったね。応援されるのは嬉しいけれど、顔バレしてファンが殺到したら参っちゃうなあ」
まるであの日の出会いが人違いであるかのようなそれを聞いて、ナツは人違いだったかと思うようになってしまった。
配信者フェスピアノ。
その正体、兵頭マツリがとある事情でダンジョン探索をしていることは視聴者には明かしていない。
人違いだと解釈したナツは今日もマツリの動画とセッションをするわけだが、当のマツリは単に思い出せないから曖昧な受け答えになっただけだった。
まあ、ハッキリと覚えていたら、身バレを避けるために見え透いた嘘で取り繕ったであろう。
どうやらほろ酔いだからこその曖昧な答えのほうが、シラフで考えた嘘よりも嘘に見えないようだ。




