吾輩は
にゃーん
身震いする寒さが和らぎ、日を追う事に登る朝日の速さの変わりに気がついた。
俺は心地よい春の始まりを感じて、日の当たる窓辺へあくびをしながら向かった。
窓から見える景色をひとしきり眺め、暖かな日差しを背中に感じながら1番眺めの良いところに腰をおろす。
見下ろす世界は若葉が芽吹き、生命に満ち溢れている。あの頃とは大違いだ。
「あまりに平和だ・・・」
俺はそう呟き、飽きつつある平穏な日々を享受している事を噛み締める。
ふいに昔の懐かしい記憶を手繰り寄せ、自慢の髭を撫でながら俺は思い出に耽った。
いつものように食うものに飢えてそこいらに自生している草を食べようとしていた時だった。
日中だと言うのに薄暗く寒い森の中で、目の前がこの日差しのように暖かくなったと思うと、光の中から女の声がした。光の中の声は女神を名乗った。
「世界を救いなさい。そうすれば全てを与えましょう。」
「は?知らねっ。」
俺はその声を無視して、以前に食って腹を下さなかった草を探した。
今のこの世界はどうやら魔王と人間が対立し、あーだこーだなっていて争いが絶えないらしく、街の人間達は何かと悪い事が起きれば魔王のせいにしていた。
だが、俺は何一つ興味がなかった。
俺の大切な命を世界を救う為に使いたくない。ぶっちゃけ世界より俺の命の方が重い。
「今食える飯すら用意してこねぇ無能の言う事なんてなんで聞く必要があんだよ。」
俺の投げやりな言葉に、女神は思うところがあってかしばし戸惑いつつも手土産を持って来なかった事を恥じていたようだった。
俺が食える草を探す間に、女神は何か出せないかともあたふたしていた。
ややあって
「こ、これなんてどうですか?!あなたの死後は異世界に転生してお金持ちの家の猫として暮らせます!」
と女神が謎の提案をしてきた。
「なんて?!」
素っ頓狂な女神の提案に俺は思わず振り向いた。
言った当の本人も目を泳がせて赤面しながら動揺していた。
女神なるものが出せる手札がもうこれしか無いと言う事らしい。
俺はため息をついて地面に目線を落とした。
「ちょっとだけだけ、しょ、少々お時間いただけませんでしょうか!ほんとちょっとだけでいいんで!」
と女神が俺の肩を強く掴み、先ほどとは打って変わって、何やら捨て鉢めいた物言いに加えて羞恥とは違う女神の『何か』を感じて渋々女神に向き合った。
(後から思えばその感情は『情熱』や『執着』の類だった)
異世界で猫として暮らすと言うのがどう言う事なのかよく飲み込めない俺に、女神はいくつか魔法の写し鏡で『異世界の金持ちの家の猫』を見せた。
猫と言うものはガリガリで食えるところも少なく、街へ出れば俺と猫とで路地裏の残飯漁りを争いあっていた。
酷く邪魔な獣だと思っていたが、異世界の猫は俺が知る猫とは違っていた。
程よく肉付きも良いが、何より毛並みが美しい。
まるで昔見た王族のマントのような光沢とびっしりと生えた毛並みに心を奪われた。
目つきも刃物のように鋭くはなく、貴族が着けているブローチのようにまん丸だった。
さらには飼い主であるはずの人間が猫に傅いて衣食住からシモの世話まで面倒を見ている。
到底貴族ですら叶わないこの世の天国のような場所だった。
1番気に入ったのは、この国の姫によく似た美しい娘が猫を撫でているところだった。
「こ、こんな事が許されていいのか?!」
こんな美女に養われる生活なんて許されるのかと、俺は目を疑って思わず興奮で震えた。
女神はいつの間にやら腕組みをして得意満面な顔をしてた。
「許されます、許されます。この世界を救い、平穏な治世をすれば成れちゃうんです。いかがでした?もちろん無理にとは申しませんので、ご都合の良い時にこちらにご連絡を」
「やる!やります!世界の一つや二つ救ってやんよ!」
こうして俺は元の世界を救うべくあんな事やこんな事に巻き込まれながら時に命を失う覚悟をしつつ、世界を救って王となり、平和な統治を行い、それを見届けて多くの人々に惜しまれながらこの世を去った。
そして女神は約束通り俺をこの『日本』と言う異世界の猫に転生させた。
晴れてこうして惰眠を貪り美女に世話をしてもらう贅沢三昧の生活を手に入れた。
魔法がないのが不便だと最初は感じたものの、代わりにこの日本なる異世界では『科学』なるものが発達し、それを利用した『家電』と言うものの使い方も『チートスキル』なるもので使えるようになった。
こうなるともう魔法など不要である。
金持ちの家の飼い猫となった俺は、窓辺のキャットタワーの1番高いところに陣取って日差しを浴びながら、チートスキル『家電取扱』を使ってテレビなる写し鏡で娯楽を貪り怠惰な異世界生活を絶賛満喫中である。
異世界猫転生のパイロット版とほぼ同じです。
短編で投稿してしまって連載に変更できなかったのでこちらは連載版です。
1話目とパイロット版は内容同じです。




