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魅了

「……私は一体何をしていたのかな?」


 覚醒したお父様の第一声は、まさに何かしらに操られていた人のソレだった。

 表情はまだ寝起きのように少し呆然としているけれど、公爵様に気づくなり目を見開いた。


「おや、ハーティス公爵ではありませんか。ご無沙汰しております」

「ええ。お久しぶりです。アラベスク侯爵」


 先ほどまでとは違い、穏やかな声で話すお父様に、公爵様はほっとした様子で、微笑みながら優しく挨拶を返す。

 そんな二人のやり取りを見ながら、お父様の優しい声に私もホッと胸を撫で下ろす。


(それにしても……元々厳しい人ではあったけど、さっきみたいな理不尽な怒り方をするような人じゃなかったのに。やっぱり何かに操られていたとしか思えない。でも、一体誰に……?)


 ここは魔法が使える世界だから、何が起きても不思議はない。

 けれど、この世界は乙女ゲームの世界。

 そして、レイノルドは攻略対象だからわかるのだけれど、お父様を操る理由が思い浮かばない。

 考え込んでいると、お父様が公爵様と私を交互に見てから不思議そうに尋ねた。


「ところで……どうしてハーティス公爵が我が屋敷に?」


「王宮の庭で落ち込まれているロベリア嬢にお会いしまして……聞けば、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されたというではないですか。それで私が何かお力になれればと、お屋敷まで送るついでに参ったのですが……」


 公爵様が婚約破棄の話を始めた途端、お父様は何かを思い出したのか、「そうだ」と一言ボソリと漏らした後、表情がどんどん厳しくなり、そこからさらに何やらぶつぶつと呟き始めた。


「侯爵? どうされました?」


「…………証拠も何も揃っていない、完全に冤罪だ! なのに、なぜ陛下はそれを認めて婚約破棄などと……しかも、話し合いの場に浮気相手を連れてくるようなあんなバカ王子、こっちから願い下げだ! うちの大事なロベリアをあんな奴のところへなど、誰がやるものか!」


「え!? お父様??」


「ああ~~いかんいかん。陛下の御前で殿下に苦言を呈したまでは覚えているんだが、それ以降の記憶が曖昧で……イタタタッ」


「大丈夫ですか!? お父様!?」


 頭を押さえながら何かを必死に思い出そうとするお父様。けれど、その都度頭痛が起きるようで、何度も頭を抱える。


「お父様、婚約破棄を承諾した上、私を修道院へ送るとおっしゃっていたのは覚えていらっしゃいますか?」


「何!? 修道院だと!? どういうことだ!!」


「お父様が婚約破棄を承諾した後、陛下たちとお決めになったと。それで、この後、もう少ししたらその修道院からの迎えが来ると……」


「は!? 何を馬鹿げたことを!」


 声を張り上げて訳がわからないといった様子のお父様に、公爵様が何やら思い当たることを口にする。


「アラベスク侯爵のその症状は、魅了や従属の類のものでしょう。魔法や魔道具が用いられた可能性が高いです」


「魅了や従属……」


「あの甘い香りから、魅了香が用いられた可能性が高いと思います。そして、ご子息のレイノルド殿も、魅了の宝石がついたペンダントを着けておられました」


「では、公爵様がさきほど使われていたスプレーは……?」


 思わず私が公爵様のほうを向いて尋ねる。

 すると、「これですか?」と内ポケットからスプレーを取り出した。

 先ほどはその効果に気を取られていたけれど、よく見るととても精巧に蝶の模様の細工が施された美しい小瓶だ。


「これの中身は状態異常無効化の効果がある聖水のようなものです。主に精神操作系の魔法や魔道具の対処に使用します」


(なんかサラッと凄いことを言われている気がするんだけど……しかもなぜ公爵様はこんなものを持ち歩いているの?)


 深く突っ込んではいけない気がして、そっと好奇心をしまいこむ。


「では、もうお父様とレイノルドは大丈夫なのですね!?」


「はい。ひとまず、身体に入ったものは無効化されていますので、問題ありません」


「良かった……」


 私と公爵様の話を横で聞いていたお父様は、信じられないという表情で固まった後、改まって彼に向き直り頭を下げた。


「この度は、ありがとうございました。ロゼリアのことにつきましても、ハーティス公爵のおかげで修道院へやらずにすみました。感謝いたします」


 そして、その後、私には何度も「不甲斐なくて申し訳ない……」と謝り続けていた。

 お父様の記憶に残る浮気相手の令嬢は、マリア・ケルビン男爵令嬢で間違いないだろう。

 今回使われた魅了香は、私の予想が間違っていなければ、ゲームの中で“悪役令嬢であるロベリア”が王太子に使用するもの。

 

 そして、レイノルドの持っていた魅了の宝石は、使用用途が少し違う。あれは本来、従属魔法を付与し、奴隷扱いするために使用するもの。

 魅了の宝石ではなく、従属の宝石――そう、ゲームの中では“悪役令嬢であるロベリア”が弟であるレイノルドに使用するものだ。

 まあでも結局のところ、自分の意のままに操ることには変わりない。

 私が転生者だし、色々ゲームとは違う流れを作ってしまっている可能性は否めない。


 マリア・ケルビン……一体何を考えているの?





 結局、あの後、修道院からの迎えは定刻通りにやってきた。

 どうなるかと思っていたら、お父様がキラキラ光るものの詰め合わせを渡して、丁重にお帰りいただくことができた。

 聖職者も所詮は欲に弱いということね……。

 本当は侯爵家にこのまま居ても大丈夫なのかもしれないけれど、やはり念には念をということで、私は「修道院を嫌がり家出した」という体で、ハーティス公爵家でしばらくの間、身を隠すことになったのだった。


 こうしてようやく、公爵邸でのゆるキャラライフが始まろうとしていた――。

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