◇楽しい時間と自覚
辺境領への出発を数日後に控えたある日。
ルドに魔力を注ぐ毎日を送る中、例のランズベルト様のお楽しみだった可愛い部屋づくりのための家具やカーテン、装飾品選びを行うことになった。
昼食の後、呼ばれて執務室に入ると、公爵家御用達の商人たちに持って来させた商品の見本やカタログをテーブルに取り揃え、すでにオネエモード全開のランズベルト様が笑顔で待ち構えていた。
「やっぱりカーテンはピンクが可愛いわよね、ピンク! ああでも! 淡いオレンジも良いかしら!? それに家具はやっぱり猫脚がいいわよね。この丸い感じが堪らなく可愛いと思うのよ~! ああもうどれも可愛すぎて迷っちゃう~~~!!! ねえ、どれが良いかしら??」
ウッキウキの瞳で見つめられ、思わず笑ってしまう。
「ふふふ。ランズベルト様が楽しそうで何よりです」
「ええ! おかげさまでとっても楽しくて堪らないわ~~!!!」
カタログを何冊も広げ、同じく並べられたサンプルを見比べながらテンションを上げまくっている。
もちろん、ランズベルト様のこんな姿を商人たちに見せるわけにはいかないので、彼らは下の部屋に待たせてある。
私とランズベルト様が相談した内容を、後ろに控えるヘルマンが次々にメモを取る方式だ。
「あ! そうだわ! ぬいぐるみ用の棚もあると良いわね~~! もちろんベッド脇にもぬいぐるみを置くスペースは必須だけれど、きっとここには並びきれないし、棚は必須よね! もう並べたら絶対可愛いわ! ああもう! 早く見たくてたまらない~~~!!!!」
「棚! 良いですね! ぬいぐるみがみんな並べられるとか……え!? 許されるんですか!? 許していただけるんですか!?」
「そんなの当たり前じゃないのー!! 可愛いものは愛でられるためにあるんだから、飾らなきゃ!! それに可愛いものを飾るとテンションが上がるじゃない? 日々の活力にもなるわよ!!」
ぬいぐるみを飾る空間……前世ではスペースが無くて全てを綺麗に並べることは叶わなかったし、アラベスク侯爵家では許されなかった。
まさかここに来て夢が叶うなんて……!
嬉しさに打ち震えていると、ランズベルト様が別の心配をつぶやく。
「……ん~でも、埃がぬいぐるみにつきやすくなってしまいそうなのが、気になるのよねぇ……」
いくら使用人たちが毎日掃除してくれるとはいえ、その手間暇もかなりかかる上に、やはり気にはなる。
「あ、では、こうしたらどうでしょう?」
カーテン用にサンプルとして置かれていたレースの生地を広げる。
「こういうレースを棚の前にかけて、透けて見える感じにして、その端にリボンとかをつけてつまんで棚ごと飾ってしまうんです。そうしたらきっと可愛いですし、少しはぬいぐるみに埃がつきにくくなるんじゃな――」
「それよ! それだわ!! しかも、こんなの絶対可愛いじゃないのぉ!!! それで決定ね!!」
食い気味に同意したランズベルト様は、嬉しそうにレースを選んでいく。
花柄の入ったレースにするか、羽根柄の入ったものにするか、真剣に訊いてくる。
楽しそうにしているランズベルト様を見ていると私まで幸せな気持ちになってきて、気づいたら部屋づくりの話し合いの間中、ずっと笑っていた。
この日は夜遅くまでランズベルト様との楽しい話し合いが続き、部屋づくりの残りの作業は家令のセバスに任せることになった。
◇
それから三日後、私とランズベルト様は辺境領へと向かうことになり、朝早くから準備に追われている。
ここから辺境領までは馬車で飛ばしても丸一日かかるそうで、中間地点にある公爵領で一泊して向かうと説明された。
宿泊を考えると移動の往復だけで二泊三日。
ちょっとした旅行である。
(……え!? ちょっと待って! よく考えたらランズベルト様と二人で旅行!? 婚約者でもないのに!? マリアを止めることに必死であまり深く考えてなかったけど、ランズベルト様はどう思ってらっしゃるのかしら……?)
そう考え始めた途端、急にソワソワし始めてしまう。
ちょうど部屋で一人きりで最後の準備をしていたため、考え始めたら止まらなくなってきた。
(何で今まで考えてこなかったのかしら……いくらルドへ魔力を注ぐことでいっぱいいっぱいだったり、部屋作りでテンションが上がっちゃってたとはいえ、何で今気づいちゃうの!? もうすぐ出発しちゃうのに……)
そこでふと先日の誘拐された時の事が頭を過る。
ルドのことがあってすっかり忘れて……いや、無意識に考えないようにしていたのかもしれない。
助けに来てくれたランズベルト様に抱きしめられ、安心したこと。
帰りの馬車では途中からずっと抱きかかえられていたこと。
それらをありありと思い出していく。
ランズベルト様はオネエな一面があるし、あの美しく整ったお顔をされているから中性的なイメージを思い描いていた。
華奢とまではいかなくとも、女性より少しがっしりしているくらいの、それくらいだと勝手に思っていたのだ。
けれど実際はそんなことは全くなくて……思っていた以上に男性で、しっかりと抱きしめられた腕からは、強い心配と安堵の想いが伝わってきた。
その想いのこもった力強い抱擁に、私は思わず頬を擦り寄せてしまった。
その安心感たるや……思わず泣き出してしまったほどに。
その後、帰りの馬車でも膝に抱きかかえられて、降りようと思っても赤面しながら笑顔で離してくれず。
けれど、それすらも嬉しくて……。
(ああ……もうハッキリ答えは出てしまっているわね……って、こんな出発直前で自覚しちゃうって、どうしたら良いのー!?)
そこへ荷物を積み込んだランズベルト様が、「そろそろ出発しましょうか」と私が待つ玄関ホールに入ってきた。
その上、側までくると、真っ直ぐに視線を合わせて手を差し伸べた。
「さあ、参りましょう」
「っ! ……は、はい!!」
意識してしまって、差し伸べられた手に、手を乗せることをほんの少し躊躇ってしまう。
そんな私の反応に、なぜかランズベルト様はその場に跪く。
「辺境領は少し遠いですが、道中は私と護衛の兵が今度こそ必ずお守りいたします」
そう言って、手の甲にキスを落とす。
どうやらランズベルト様は私のぎこちなさが、命が狙われていることからの不安だと読み取ってしまわれたようで……。
それでなくてもソワソワしていた心がドキドキに切り替わり、頬が熱くなる。
「ひゃいっ」
あまりのドキドキに変な声が出てしまう。
「大丈夫ですか? もしや、お身体の具合が……」
「い、いえ! 大丈夫ですわ! さあ、参りましょう」
「は、はい」
心臓の高鳴りを抑えられないまま、扉を開ける。
待っていたのは、先日乗った馬車よりも一回り以上大きい馬車だった。
今回は、ヘルマンはもちろん、ジョアンナも一緒に向かうらしい。
ジョアンナの脇には、リアとルドもカゴに入った状態でスタンバっている。
(二人で旅行なんて、私は何を考えていたのかしら……!? 二泊三日もかかるのだから、二人が一緒なのは当然なのに。それにリアとルドもいるじゃないの!)
ちょっとだけ残念な気持ちもあるけれど、二人きりじゃなくて良かった安心感のほうが大きいかもしれない。
ドキドキが少しだけ落ち着いた頃、ランズベルト様にエスコートされ、馬車へと乗り込んだ。