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◇聖水の謎

 翌朝。

 眩しくも優しい陽の光に目が覚めた。


 昨晩の撮影会の後、「くま吉」たちは疲れてしまったのか、私のベッドの枕元にあるカゴの中で眠ったのだけれど……。

 あんな可愛いものを前に眠れるわけもなく、結局明け方まで寄り添ってスヤスヤと眠る「くま吉」たちを、頬を緩めて眺めてしまった。


 昨夜騒ぎすぎたプラス明け方まで起きていたせいで、まだまだ眠いけれど、なんとか頑張って起きなければ。


(よくよく考えたら、誘拐されて助けられたばかりだったのに……可愛いって偉大だわ!)


 ジョアンナに手伝ってもらい着替えてから、食堂へと案内される。

 まだまだ眠っている「くま吉」たちのカゴを持って食堂に入ると、既に揃っていたランズベルト様とルイーゼ様は、叫びそうになる口を必死に押さえた。


「か、かわ、かわ……こんなにも可愛いものがこの世に存在するなんて……!」


「は、母上、声をもう少し抑えて……!」


「わ、わかっていますわ! セバス、急いで魔道具を!」


 声を潜めながらも、涙を流す勢いで歓喜する二人。

 魔道具でしばらく撮影していると、目を擦りながらエメラルドの「くま吉」が起きだす。


「グマ~?」


 不思議そうな顔で私たちを見上げる。


(ああもう、可愛すぎ~~~~!!!!)


 その姿に撃ち抜かれた三人は、顔を押さえたり、天井を見上げたり、魔道具を握りしめたり三者三様だ。

 私たちを見上げた後、エメラルドの目をした「くま吉」は、隣で寝ているもう一匹の「くま吉」の寝顔を眺め始める。

 幸せそうに、嬉しそうに眺めるのを見ているとこちらまでほっこりしてしまう。

 全員の視線を感じてか、ようやく目を覚ましたサファイアの瞳の「くま吉」は無邪気な顔をして、まるで「どうしたの?」とでも言うかのように、「クマ?」と鳴いた。


「ああもう、朝から幸せすぎて発狂しそう……! なんなの、この子達! もうほんと、可愛いがすぎるわ!!!」


 顔を押さえながら天を仰ぐランズベルト様。

 私とルイーゼ様も力一杯頷く。

 二匹とも起きたところで、ようやく朝食を始めることにした。


「ところで『くま吉』さんたちは一体何を食べるのかしら?」


 席に着いたところで、テーブルの端で戯れている「くま吉」たちを見ながらルイーゼ様が言う。


「昨日はクッキーを口の中に転移させて食べていましたが……何なら食べさせて良いのか、その量などはまだよくわかっていません」


「では、一応同じメニューを用意させましょうか」


 そう言ってランズベルト様が侍女にその旨を伝えようとすると、そこにサファイアの目をした「くま吉」がふよふよと移動していく。

 ランズベルト様の袖をクイっと引っ張った「くま吉」が首を横にフリフリと振った。


(な、何あの可愛い動きっ!)


 咄嗟に胸を撃ち抜かれそうになっていると、ランズベルト様は完全に不意打ちを喰らってしまったようで、口を少し開いてはわはわしている。


「ああ、ああ、あああああああ~~~! もうなんって可愛いの!」


 けれど、「くま吉」の話も首振りの理由も聞かなければならない。

 ランズベルト様は、乱れる心を必死に落ち着かせながら、「くま吉」に問いかけた。


「ご飯は要らない、ということ……かしら?」


 落ち着かせようと頑張っているものの、やはりオネエモードは解けないらしい。

 すると、「くま吉」は「その通り!」とでも言うかのように、右手を上げて「クマ!」と鳴く。


「ああもうほんっとどうしてくれましょう!!!! 可愛すぎて、脳が処理しきれない!!!」


 片手で顔を塞いで天を仰ぐランズベルト様を、「くま吉」は手を上げたまま不思議そうに眺めていた。




 それから少しして、ランズベルト様がようやく座席に戻った頃、朝食が運ばれてきた。

 食事をしながら昨夜のことについて、現場には居なかったルイーゼ様にざっくりお話しする。

 私を連れ去った実行犯はリリアーナ・サハウェイ公爵令嬢で、その黒幕がマリア・ケルビン男爵令嬢だったこと。

 さらには魔術師団長がマリアを助けた可能性があること。

 そして、リリアーナ様はマリアの魅了によって操られていたことをお伝えすると、ルイーゼ様は顔色を変え、再び私に向かって謝り出してしまった。


「やはりリリアーナでしたか。我が家には、サハウェイ公爵家からの紹介で来た侍女も何名かおります。その者が手引きをしたのでしょう。本当に申し訳ございません」


「いえ。ルイーゼ様、もう謝らないでくださいませ。結局リリアーナ様自身も操られていたのですから、仕方がありませんわ」


 頭を下げようとするルイーゼ様を止めていると、ランズベルト様が険しい表情でさらに詳しい話をし始めた。


「問題は、魔術師団長がケルビン男爵令嬢を助けたというところです。王宮は昨日調査してきましたが、王宮中が魅了香で満たされ、既に掌握されている状態でしたし、ここに来てノルン師団長までもが彼女の手中にあるとなると……」


 言いながら、どうしたものかと悩みだすランズベルト様に対し、ルイーゼ様は口元に手を当て、何か思いついたように尋ねる。


「魔術師団長……今はご子息のクレリオ様が師団長をされているのだったかしら?」


「そうです。三年前に代変わりをされたばかりです」


「でしたら、お父君のアーサー・ノルン様にお伺いしてみてはどうかしら?」


 そう言うルイーゼ様はなぜかワクワクした表情になっている。


「今は確か、辺境の領地にいらっしゃるはずよ。あの方は魅了魔法が効かないはずですし、今回の件にはうってつけじゃないかしら。少し変わった方ですけれど、力になってくださると思いますわ」


「魅了が効かない……? もしかして、その方は光属性の方ですか!?」


 驚きのあまり思わず声を上げてしまう。

 ゲームの中では、そんなキャラは存在しなかった。

 まさか一世代前にそんな方がいたなんて!


「ええ。アーサー様は光属性の使い手で、精神系魔法が全く効かない方ですわ。確か他の属性もいくつか使えたはず……」


「凄い方なんですね」


(光属性以外もいくつか使えるって……もしかしたら、アーサー様ってチートキャラだったりするのかしら!?)


 そんなことを思っていると、ルイーゼ様から思わぬ言葉が飛び出す。


「アーサー様には昔、ランスのことで少しご相談させていただいたことがありますの」


「ランズベルト様のこと……?」


「母上! それはっ!」


 声を荒らげるランズベルト様をルイーゼ様は少し不敵な笑みを浮かべながら制する。


「別に良いじゃありませんか。今回はアーサー様のお知恵を拝借すべきですし……それにロベリア様には知っておいていただいたほうが良いのではなくて?」


「まあ、そうですが……」


 渋々といった感じで頷くランズベルト様。

 ルイーゼ様は私に説明するように、話し始めた。


「実はね……ランスは昔から、リリアーナ嬢によく魅了系の宝石や香水、香なんかを仕込まれておりましたの。サハウェイ家に苦情を入れても直るどころか酷くなる一方で……」


 ため息をつきながら「本当に困ったの」と当時の思いを吐露する。


「まあ、当時は彼女の気持ちも知っておりましたし、公爵家同士で波風を立てるのもあまり良くありませんでしょ? なので、アーサー様にご相談して、魅了を解く聖水を開発していただいたのです」


「あー! あのスプレー!」


 まさか、なぜ常に持っているのかと思っていたあのスプレーに繋がるとは思わなかった。


「あら、ご覧になったことがありますのね。爵位を継いでからは他の令嬢たちからも同じようなものを渡されたり、飲まされたりと、色々なことがあって、常備するようになってしまったのですわ」


 それのおかげでお父様とレイノルドは救われたのだ。まさかの副産物。

 それにしても、リリアーナ様の想いというか……執念が凄すぎる。

 他のご令嬢たちもって……思った以上に爵位に群がる令嬢って多いのね。


「ですから、今回魅了と伺って、すぐにお名前が浮かびましたの。アーサー様にはわたくしの方から連絡しておきますわね!」


 ルイーゼ様はそういうと、手をグッと握りしめて意気込む。


「それに闇雲に王宮へ行ったところで、良いことはないですもの。まずはしっかりと準備した方が良いですわ!」


「確かにそうですね。ノルン師団長がいるとなると、『くま吉』だけではやはり不安ですし……」


 全員がちらりと「くま吉」たちを見つめる。

 二匹で楽しそうに戯れている姿に、三人の頬が再び緩む。

 「くま吉」は闇属性には強いかもしれないけれど、その他の魔法に対しては難しい可能性が高い。

 何よりマリアの狙いがランズベルト様なのであれば、ランズベルト様はもちろんのこと、今後もまた私の命を狙ってくるはず。

 できる限りの対策はしておいた方がいい。

 ひとまず、アーサー様へ連絡を入れてもらい、その間に辺境領に向かう準備を始めることになった。



 それから準備の一環として、ルイーゼ様が「くま吉」たちに名前をつけてくださった。

 元々のサファイアの「くま吉」はリア、エメラルドの「くま吉」はルドに決まった。

 ちなみにリアは私の一部での愛称である。

「くま吉」ってオスだったはずなのだけれど……そこは黙っておく。

 そのリアとルドに魔力を注ぐことも準備の一環だったのだけれど、実はこれが一番大変だった。

 十年かけて無意識に注ぎ続けた魔力のあまりの無尽蔵さに驚かされた。

 どうやらリアの中には魔力炉のようなものまで形成されているらしい。

 少しでもルドの能力を向上させるべく、辺境領への出発までの間、私はリアに応援されながら、ルドに魔力を注ぎ続ける日々を送ることになった。

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