◇急成長する想い(ランズベルト視点)
母上の暴走に付き合った後、ロベリア嬢を部屋まで送り届け、ようやく自室のソファに腰を下ろす。
「……母上のあの暴走もたまには役に立ちますね」
疲れているはずのロベリア嬢を遅くまで母上に付き合わせてしまったことを後悔しつつも、あんなことがあった後で、楽しい気分にしてあげたかった。
母上のあの「初孫」発言は置いておくとして、ロベリア嬢が楽しそうにしていたことに安堵した。
とはいえ、もう少し早く切り上げるべきだったかもしれないが……。
まああれだけ「くま吉」たちが可愛ければ仕方がないというものだろうか。
今日は昼も夜も「くま吉」の存在に大きく助けられてしまった。
光属性の魔法が使えるぬいぐるみ。
あの存在が知られれば、ロベリア嬢はきっと聖女として国に取り立てられるだろう。
そうすれば、彼女が気にしている婚約破棄の汚名など、あっという間に返上できる。
それにあの男爵令嬢の件が片づけば、婚約破棄騒動自体なかったことになるかもしれない。
それはつまり……彼女に次の婚約者候補が押し寄せるのは確定事項のようなもの。
彼女にとってはとても良いことだろう。
「そう……ロベリア嬢にとっては良いこと、なんですよ……」
それなのに、他の婚約者候補が挙がると考えただけで、得体の知れないモヤモヤとした気持ちが湧き上がってくる。
このモヤモヤは一体なんなのか。
そして、このモヤモヤと一緒に「他の誰にも渡したくない」と――そんな想いが心を埋め尽くしていく。
まだ出会って二日……それなのに。
可愛いと初めて思った、知りたいと願った女性。
「同志」だったはずなのに、気づけばどんどん彼女に惹かれている自分がいた。
だがしかし――だからといって、いくら誘拐されて心配でたまらなかったからとはいえ、異性を抱きしめるなんて……その上、馬車の中では膝にずっと抱えていた。
自分の大胆さにも驚いたけれど、誘拐されたと知った時の、あの全身が凍りつくような恐ろしさ……今までの人生であそこまでの恐怖を味わったことがあっただろうか。
そして、見つけた時のあの高揚感……。
「ああ……これが、人を好きになるということなのか……」
なんともこそばゆいのに温かな感覚が胸に広がり、ため息ともいえない息が、口から漏れ出る。
自身にこんな気持ちがあったのかという驚きとともに、彼女によって次々にもたらされる心の変化に戸惑いはするものの、悪い気はしない。
それに、これまでの彼女の言動を見るに、恋愛感情とまではいかないものの、多少の好意は抱いてもらえている気がする。
婚約者候補に名を連ねることも可能かもしれない。
だが、懸念事項もある――。
「『同志』と認めてくれてはいますが、きっと私のことを『男』としては見てくれていないでしょうね……」
男らしくない部分を彼女には全て見せてしまっている。
なんならそれを認めてもらって、私は救われたのだ。
それなのに、今さら「男」として見てほしいなど……あまりにも都合が良すぎるのではないか。
だが果たして、「男」として見てもらえなくても、恋愛対象になり得るのだろうか……?
貴族の結婚に恋愛感情など関係ないとわかっているのに、思わず考えてしまう。
彼女には幸せになってほしい。
叶うならば自分が……。
「……まあでも、別に『男』として見てもらえなくても、彼女を幸せにすることはできますね」
あわよくばその対象として見てほしいけれど、それは追い追い。
自分自身もこの気持ちに気づいたばかりなのだ。
彼女にいたっては、この二日の間に婚約破棄に、転居に、魔法の発覚に、誘拐……思いつくだけでも盛りだくさんすぎる。
きっと心の中はもっと揺れ動いて大変なことになっているに違いない。
今はそんな彼女の気持ちをさらに掻き乱すのではなく、できるかぎり支えてあげたい。
そのためにも、事が落ち着くまではこの気持ちは胸の内に。
「とはいえ、チャンスがあれば動くとしますか……ふふ」
彼女の幸せが私の幸せとつながっていることを願いながら、ゆっくりと眠りについた。