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公爵様の提案

 気がつくと、辺りはすっかり夕焼けの赤に染まっていた。


「話し込んでしまい、申し訳ありません!」

「いえ、こちらが伺いたいとお願いしたのですから。そんなに恐縮しないでください」


 申し訳なさに打ちひしがれている私に、公爵様は優しく微笑む。

 彼の笑顔にホッとしつつも、これから修道院送りにされる運命が待っている家に帰らなければならない……そう考えるだけで気が重く、無意識に俯いてしまう。

 そんな私を心配したのか、公爵様は少し屈んで私の顔を覗き込むと、そっと私に向かって手を差し伸べ、思いもよらない提案を投げかけた。


「アラベスク嬢、もしあなたさえ良ければですが……我がハーティス公爵家に来ませんか?」


「はい!?」


 驚きのあまり、素っ頓狂な声を上げてしまう。


(え? 公爵様は一体何をおっしゃっているの!?)


「婚約破棄された上に、無実の罪を着せられては、侯爵邸にも居づらいでしょう。とりあえず行儀見習いという形で、いかがでしょう?」


「と、唐突に何を……」


「まあ、行儀見習いは建前です。それで……その……」


 そう言いながら、躊躇いがちに俯いた公爵様は、次の瞬間、顔を上げると、少年のように、いや、少女のように瞳を輝かせ、懇願してきた。


「うちで私の分の『くま吉』を作ってもらえないかしら!? さっきの前世の記憶を聞いていて思ったんだけど、もしかして『くま吉』みたいな可愛い子が他にも居るんじゃない? それを是非ともうちで作って欲しいのよ!! ダメかしら??」


 目の前にあるくま吉と、『ゆるキャラ』の話を聞いた公爵様は、さぞかし『ゆるキャラ』が可愛いものなのだろうと確信に近い思いを抱いているらしい。

 その思いをヒートアップさせてしまった公爵様は、オネエ言葉で勢いよく捲し立ててきた。

 彼のオネエ言葉の圧と、コソコソと隠すことなく思う存分ゆるキャラを作れるかもしれないという誘惑に、私の心は大きく揺さぶられる。

 アラベスク侯爵家でも、ゆるキャラのぬいぐるみはもちろん色々作ってきたけれど、年齢を重ねるにつれ、注意を受けることが増え、そのうち隠れて作るしかなくなっていた。


(修道院を逃れられるだけでなく、ゆるキャラを隠れることなく作れるだなんて……! 願ったり叶ったりだわ!!)


「……あ、あの……はい。私で良ければ……その、是非ともよろしくお願いいたします!!」


「嬉しいわー! 善は急げよ! 早速公爵邸に向かいましょう! お部屋も整えなくっちゃ! 父上も母上も、可愛いお部屋を作るのを許してくれなくて……これでやっと念願の可愛いお部屋を作る口実ができたわ!! ふふふふふ」


 公爵様は嬉しそうにオネエ言葉のまま、部屋をどう模様替えするかを楽しそうに考え始めている。

 喜ぶ彼を見つつも、侯爵邸に気がかりなことがあった私は、躊躇いがちに公爵様に声をかけた。


「あの、図々しいとは思いますが、一つお願いがあるのですが……一旦、アラベスク侯爵邸に帰らせていただくことはできないでしょうか。父にはきちんと自分の無実を伝えておきたいのです。それに色々持っていきたいものもありますので……」


「あ! 失礼しました。……そうですよね。こちらこそ、気が利かず申し訳ありません。うっかり舞い上がってしまいました。では、侯爵邸まで私もお供いたしましょう」


 一瞬困ったような表情を浮かべた公爵様だったけれど、何か考え込んだ後、承諾してくれた。

 もしかしたら、侯爵邸ではすでに修道院ルートの準備が始まっているかもしれない。


(それより何より、部屋に隠してある自作のゆるキャラグッズたちをなんとかして持ち出さなくては!!)


 こうして侯爵邸に向かうことになった私は、公爵様に連れられ、会場の反対にある西門へと向かった。

 正確には、公爵様に手を引かれ、優雅にエスコートされた状態で、である。

 今まで王太子や弟にエスコートしてもらうことは幾度もあった。

 けれど、こんなにも優しく手を引き、歩調を合わせ、大切にエスコートされるのは子供の頃以来で……驚きつつも、思わず心は浮き足立つ。


(なぜこんなにこの方は私に優しくしてくださるのかしら? 可愛いぬいぐるみを作る令嬢なんて、他にもきっといるはずなのに……)




 西門ではハーティス公爵家の紋章の入った馬車と従者が主の戻りを待っていた。

 私の手を引く公爵様の姿を見た従者は一瞬目を見開くと、少し悩しげな仕草をした後、私たちに向かってにこやかに頭を下げた。


「ヘルマン、屋敷に帰る前にアラベスク侯爵邸に寄ってくれ」


「……かしこまりました」


 ヘルマンは、公爵様に向かって何か言いたそうな顔で渋々承諾すると、馬車の扉を丁寧に開けてくれた。

 馬車の中へと私をエスコートした後、公爵様自身も乗り込むと、そのまま自分で扉を閉めてしまう。

 窓から垣間見えたヘルマンは驚きつつも、少し嬉しそうな面持ちで御者台に向かっていく。


 そうして、馬車はアラベスク侯爵邸に向けてゆっくりと出発した。

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