◇目的のためなら(マリア視点)
「もうなんなのよ、あのクマ!! なんであんなクマが聖魔法使えるわけ!? ありえないでしょ!! ちょっとクレリオ! どうなってるのよ!!」
転移魔法で王宮に戻るなり、目の前にいる魔術師団長のクレリオに怒鳴りつける。
だけど、私が憤慨しているのに、当のクレリオはまったく気にする様子もない。
それどころか、さっきまで私につけていた追跡魔法の動画保存?を使って、手元の光源の中であのクマの様子をじっと眺めている。
「………」
「黙ってないで、なんとか言いなさいよ!!」
ああもうほんと、イライラする。
だいたい何であの女がランズベルト様と一緒にいるのよ!
私はランズベルト様に出会うために、これまで必死に攻略対象たちを落としてきたっていうのに。
肝心のロベリアは死なないどころか、彼に守られる立場になっているだなんて……許せない!
(ああ、それにしても生で見るランズベルト様……やっぱり最高だったわ!! あの睨む視線も堪らなかった……! 初めてお会いした時の丁寧な口調も良かったけれど、あの男らしい口調もイイ!! 何であんなに美しくてカッコイイのかしら!!)
先ほどの彼との邂逅を思い出し、思わず頬が熱くなる。
やっぱり私とランズベルト様は出会う運命なのだと告げられた気がした。
でも……やはり気に入らないのはあの女を守っていたということ。
せっかくの彼との思い出に泥を塗られ、腹が立って仕方ない。
(ロベリアなんかのそばにいるべき人じゃないのに!! あの方は私のものよ!! そのためにこれまで頑張ってきたんだから!!)
私が転生者だと、大好きな乙女ゲームの世界に転生したと気づいたのは五歳の時だった。
見覚えのある田舎風景に、見覚えのある可愛い顔。
あんなにやりこんだのだから、見間違えるはずがない。
家は貧しい地方の男爵家だったけど、それは設定通り。
だけど、そんな生活は嫌だったから、前世の知識を生かした商売で、そこそこのお金持ちになった。
やり込みにやり込んだゲームの一番の推しは、シークレットルートのランズベルト様!
あの美しくて優雅な姿、それにヒロインに迫るエメラルドの瞳に胸を打たれた。
一目惚れだった。
この世界にヒロインとして生まれたのだから、絶対にランズベルト様に出会いたい!
そして、ランズベルト様とのハッピーエンドを迎えたい!!
そのためには、シークレットルートの開放が絶対条件。
シークレットルートを開放するためには、全攻略対象者を攻略する必要がある。
学園に入学したばかりの頃は、それぞれの攻略対象を攻略するのに必死だった。
だけど、途中で気づいてしまった。
ゲームだと簡単だったけど、同時進行で全ての攻略対象を攻略するには無理があるということ。
ゲームと違ってルート変更する度に人生をやり直すことなんてできない。
でも条件が揃わないとランズベルト様には出会えないわけで。
攻略対象たちを簡単に落とすにはどうしたらいいか……。
そこで私が思いついたのが、悪役令嬢ロベリアが使ってた魔道具と闇属性の魅了魔法!
だけど、魅了魔法を使うには闇属性になる必要があった。
ヒロインである私はもともと光属性。
実はゲームのクレリオルートの中で、一度だけ光属性と闇属性の分岐の話が出てくる。
詳しくは説明されてなかったけど、光属性と闇属性は表裏一体で、どちらにもなることができるらしい。
つまり、闇属性になることができるということ。
どうやったら闇属性になれるのかよくわからなかったけど、なんとなくゲームのロベリアを真似て好き放題自分勝手に生活していたら、いつの間にか闇属性になっててビックリした。
ただ、ゲームみたいに魔力量は増えなかったけど、それを補うためにゲームに出てきた魔道具は片っ端から手を出した。
学園を卒業する頃には、クレリオ以外の通常攻略対象者はみんな落ちていた。
そんなクレリオも王子を攻略した途端に現れて、今私のそばにいる。
これはもう攻略できたと言っても良いはず。
(まあクレリオは私の魔法に興味があるだけだし、魅了もなんでか効かないんだけど、さっきも助けてくれたし、手元に置いておくのは悪くない……ランズベルト様さえ手に入れば他の攻略対象なんてどうでも良いもんね!)
それからクレリオの実験に付き合って、王宮を拠点にどれだけ私の魅了魔法や私の魔法から作り出した魅了香が効くか試したりしていたら、王宮の大半の掌握に成功していた。
ランズベルト様もこのまま魅了できると思っていたし、実際にランズベルト様にも遭遇できたから、間違ってないはずなのに……
「せっかく全部うまくいくと思ったのに、何でロベリアが先にランズベルト様に出会ってるの……なんで!? 全員攻略したのに!! やっぱり鍵はロベリアの死なのよ……!! だからロベリアが死ねば、ランズベルト様は私のそばに来てくれるはずよ!!」
「……あのクマさん、欲しいなあ……」
隣で私がこれだけ声を上げているのに、クレリオは小さな子どもがおもちゃを欲しがるように、映像から視線を逸らすことなく呟いている。
「はあ?? クマさん??」
「……マリアの魔力も珍しいし面白くて好きなのだけれど、あのクマさんが何なのか、すごく気になるんですよね……」
ようやくこちらを向いたかと思いきや、心はクマに支配されてるのか、恋する乙女のような表情でクマを語る。
「……え? ちょっと待って! あのクマの正体、クレリオにもわからないの!?」
「残念ながら……。光属性に似たようなものはあるのですが、あのようなものは見たことがなくて……。ところで……あのクマさんは聖魔法を使うんですよね!?」
「!? え、ええ、そうよ」
座っていたクレリオが、急に立ち上がり、私にジリジリ迫りながら問いかけてくる。
「それは一体どれくらいの威力で!?」
「いや、えっと……」
「範囲は!?」
「え、ちょっと近いっ」
「光の濃度は!?」
「ええ!?」
どんどん追い詰められて、気づけば壁ドンをされている状態になっていた。
クレリオもイケメンだから迫られて悪い気はしない。
だけど、これは私が求めていたものじゃない。
「粒子は散っていましたか!? クマさんの使う聖魔法には治癒効果もあるんでしょうか!? これまで色んな文献を見てきましたが、そんな記述は見たことがありません!! それにあなたへのあの執拗な追い詰め! 意志まで持っているんですよ!? ああ、見たい! 触りたい!! あれはどうやったら会えるのでしょう!? 手に入れられるならぜひ手に入れたい!! ああああ~~~!!」
私が何も答えないでいると再び頭を抱えながら悶々とその場にうずくまってしまった。
ゲームではマッドサイエンティストな要素よりヤンデレ要素のほうが強かったはずなのに、何でこんなふうになってしまったのか……。
(まあ、ランズベルト様一択な私に独占欲丸出しなヤンデレになられても困るけど……)
あのクマのせいで王太子は使いものにならなくなっちゃったし、他の攻略対象も魅了が解けちゃったり捕まっちゃったり、もう踏んだり蹴ったり。
(だから使える駒がもうコレしかいないのよねぇ……はあ)
うずくまったまま、またさっきのクマの動画を見ているクレリオを恨みがましく見てしまう。
「もういっそのこと、国王様を操って、国を乗っ取っちゃおうかしら? そしたらランズベルト様もきっと止めに来るわよね……? 国を引き換えに手に入れるのも良いかもしれない。ふふふふ……ふふ。あはははははっ」
国を引き換えにイケメンを手に入れる。
ゲームのシナリオにこんな話はないけれど、なんだか乙女ゲームっぽい流れになる気がする。
(でも、ランズベルト様と一緒にロベリアが来るなら、今度こそ、私が殺してあげるわ……!)
「ねえ、クレリオ。うずくまってる場合じゃないわよ! あなたクマさんに会いたいんでしょ? わたくしが会わせてあげるわ。ふふ」
そう言ってクマに会わせる代わりに、クレリオに国を乗っ取るための準備を開始させるのだった。