拉致
応接室で話をした後、晩餐のため、一度部屋に戻った私は、先ほどのランズベルト様の言葉に心をざわつかせていた。
(あの台詞には破壊力がありすぎるのよぉ~~!! さすが乙女ゲームの世界のイケメンは違うわ。ああもう、思い出すだけでもう、もう……無理ーー!)
いまだに頬の火照りが引きそうもないどころか、思い出せばすぐ真っ赤になってしまう。
――『あなたのことは絶対に、命に代えても、この私が守ります!』
真顔でこんなことを言われてしまって、平常心なんか保てるわけがない。
頭をぶんぶん振りながら、さっきの台詞に特別な意味はないのだと、懸命に自分に言い聞かせる。
(あれは……そう、ランズベルト様がお優しいから! 目の前にいる人が命を狙われているなんて知ったら、黙って見てなんていられない方だから! そうよ! だから、特別な意味なんてきっとないのよ!! 自惚れてはダメよ、ロベリア!)
「そうよ、自惚れてはいけないわ。落ち着くのよ、ロベリア。……あ、そうだわ! 一旦今の状況を整理してみましょう! 何か思い出すかもしれないし!」
まず、ヒロインであるマリアの狙い。
ランズベルト様の話によると、マリアの狙いは『シークレットルート』。
つまりは特別な攻略キャラがいるということ。
俗に言う「隠れキャラ」というやつだ。
メインを張れそうなキャラなのに、私がゲームで知らなかったキャラな可能性が高い。
「これ……ランズベルト様が隠れキャラで確定なのでは!?」
思わず声に出てしまう。
マリアはランズベルト様のことを知っていたみたいだし、もしかしたら他にも候補はいるのかもしれないけれど、なぜか一番しっくり来てしまった。
独身の若き公爵様で、しかも金髪エメラルドの瞳にあの美しい顔。
女性を遠ざけている理由はアレだけれど、普通に見れば「氷の美麗公爵」とか言われるようなタイプだ。
こうやって考えてみると、彼が攻略対象ではない方がおかしい。
詳しい攻略方法やシークレットルートの開放条件はわからないけれど、マリアの言葉から察するに、「私が死ぬこと」が必須条件のようだ。
私が死ねば、シークレットルートが開放され、マリアとランズベルト様が結ばれる……。
(何かしら……ランズベルト様の隣にマリアが居ると想像するだけでなんだか嫌な気持ちになる。殿下とマリアが並んでいてもこんな気持ちにはならなかったのに……)
なんだかむしょうにモヤモヤする。
胸の奥が締め付けられて苦しい。
(……ランズベルト様が私にとって特別な存在だから?)
ランズベルト様に出会って、まだ二日しか経っていないけれど、今まで出会った誰よりも彼は私の本当の姿を知っている。
それに私はランズベルト様の本当の姿も知っている。
(でもきっとランズベルト様が攻略対象であれば、ヒロインがアレを知ったとしても、彼に寄り添うはず……)
悪役令嬢である私がそばに居たら、本来はヒロインと幸せになるはずのランズベルト様を不幸にしてしまうかもしれない。
(でも魅了を使うヒロインとなんて、幸せになれるのかしら? それに、今のあのマリアと結ばれることはランズベルト様にとって幸せなの……?)
心の中で自問自答を繰り返し、悩み続ける。
ランズベルト様が隠れキャラで攻略対象であるのなら、ヒロインと結ばれるのが幸せなはずだ。
けれど、悪役令嬢である私も、ヒロインのマリアも両方が転生者なこの状況で、果たしてストーリーはゲームのまま進んでいるのか……。
(既に光属性と闇属性が入れ替わっている時点で破綻しているのでは……?)
とはいえ、ゲームの強制力だと思っていたものが全てマリアの魔法によるものだったと結論付けるにはまだ早い。
「とにかく、今は国王様や宰相様の魅了を解くのが先決ね!」
そう意気込んだところに、扉がノックされ、侍女が入ってくる。
晩餐用の衣装を着せに来たと言われ、ジョアンナではないことに少し違和感を覚える。
「ジョアンナはどうしたの?」
私がそう問いかけると、その侍女は不敵な笑みを浮かべた。
そして、突然口元にハンカチを押し付けられる。
薬品のような匂いがして、意識が段々薄れていく。
複数の足音が聞こえたのを最後に、私の意識は落ちてしまった。
◇
目が覚めると、手足を縛られ、目隠しをされているのか、目を開こうとすると何か抵抗がある。
開いても何も見えない。その上、猿ぐつわまではめられている。
板の上に転がされ、その板は動いているようだ。
(私、誘拐されたの……!? しかも馬車で運ばれてる……?)
拉致されたのだと気付いたものの、薬がまだ効いているのか、頭がふわふわして意識をしっかり保っていられない。
(私、どうなっちゃうのかしら……)
そんな状況に不安を膨らませていると、目的地に着いたのか、馬車が止まる。
複数の人の声が聞こえてくる。
「手筈通りに連れてきやしたよ」
「ランズベルト様には気付かれていませんわよね?」
「そこは問題ありやせん」
訛りの強い中年の男性とどこかで聞いたことのある女性の声。
話し方からして貴族のようだ。
「そう。ならいいわ。そのまま運んでちょうだい。もう少ししたらあの方がいらっしゃるから、そうしたらまた運んでもらうかもしれませんけれど、運び終わったら一旦休んで構いませんわ」
「わかりやした。そら、運べ」
「へい!」
女性の指示の下、数人の男性の返事が聞こえると同時に、体が宙に浮かぶ。
俵のように担がれる感覚に驚き、思わず足をバタつかせる。
「こいつ、目が覚めてるみたいっス!」
バタついたせいで持ちづらくなったのか、一旦その場に下ろされる。
「あの量の薬でこんなに早く目覚めるとは驚きだな。どうしやすか?」
「一旦そのまま運びなさい。運んだ後また薬を嗅がせればいいわ」
「わかりやした」
そうして、また担ぎ上げられたその時、目隠しがズレ、屋敷の庭のような場所で椅子に座る女性の姿がハッキリ見えた。
(リリアーナ・サハウェイ公爵令嬢――!?)
慌てて野盗のような男たちが目隠しを付け直す。
本人にはこちらが見えたことは気づかれなかったのか、全く気にしている様子はない。
(なんで私がリリアーナ様に拉致されるの!?)
部屋の中に運ばれたのか、空気と足音が急に変わる。
着いた先で、何かに座らされ、固定されると、目隠しや猿ぐつわは付けたまま、手足の縄を解かれた。
(一体ここはどこで、これからどうなってしまうの……!?)
どんどん不安が増していく。
リリアーナ様が呼んでいた「あの方」というのが誰なのか、そして私はこのままどうなってしまうのか。
不安に満ちた状況の中、再び薬を嗅がされた私は、より深く意識の中に落ちていった――。