光属性
ようやく落ち着きを取り戻し、応接室へ移動した私たちは、テーブルの上でクッキーを持ちながら、悩ましげにする「くま吉」を緩み切った表情で眺めていた。
もはや二人とも「くま吉」に夢中で、話ができる状態ではない。
すると突然、「くま吉」が白い光を出して、持っていたクッキーを包み込む。
そして、光の中にクッキーがスッと消えていった。
「え!? 今のは……」
目を瞬いてよく見ても、「くま吉」の手にあったクッキーは無い。
「空間魔法? それとも吸収したの……?」
「くま吉」をよく見ると、口元がモグモグと動いている。
「ええ!?」
「食べてますね……」
私の驚きにランズベルト様が答える。
「どうやら『くま吉』は魔法が使えるようなんですよ。王宮で私は例の男爵令嬢に遭遇しまして、魅了をかけられそうになったところをこの『くま吉』が聖魔法を放って助けてくれたのです」
「『くま吉』がランズベルト様を助けたのですか!? それに聖魔法って……」
マジマジと『くま吉』を見つめる。
けれど、その可愛さに頬がまた緩む。
「恐らくですが……ロベリア嬢には聖魔法の属性、光属性があるのではないでしょうか?」
「私、ですか!? いえ、生まれてすぐの魔力判定では、光属性どころか闇属性を言われていたくらいで……」
(確かゲームのロベリアは闇属性判定を受けていて、それで魅了や従属の魔法を使っていたはず……私は死ぬのが怖くて、死ぬルートに繋がる魔法は使わないと決めていたのよね……)
「闇属性ですか……」
「はい。それに、闇属性も怖くて全く使ったことがないくらいです」
「では、この『くま吉』については、何か特別なことをされたりはしていませんか?」
こちらをじっと見つめてくる「くま吉」を見つめながら考える。
「そうですね……この『くま吉』は、特に小さい頃から肌身離さず持っていて、何かあるといつも話しかけて、お願いや相談をしていたくらいでしょうか……」
言ってしまってから、思わず恥ずかしさに俯いてしまう。
(ぬいぐるみをずっと肌身離さず持っているうえに、話しかけてるとか、どう考えても危ない人間じゃない! ランズベルト様に変な人だと思われてしまう~~!)
「なるほど。そういうことですか……」
私の焦りとは真逆に、ランズベルト様はなぜか落ち着いた様子で納得している。
「そういうこととは……?」
訝しむ私に、ランズベルト様は丁寧に説明を始めた。
「闇属性と光属性は表裏一体なんです。気持ちや心に大きく左右されます。特に幼少期に大きな心的変化があった場合、傾きが変わってしまうことがあるのです。そして一度大きく傾くと、それが定着して戻らなくなります」
「……ということは、闇属性だったものが、前世の記憶を得たことで、光属性に変化した、と」
「その可能性は十分あります。まあ、何より、目の前のこの『くま吉』がその証ですね」
テーブルから「くま吉」が私とランズベルト様を首を傾げながら不思議そうに見ている。
そんな「くま吉」を見ていたら、妙に納得がいってしまって、思わずクスリと笑ってしまう。
それにしても、いくら私が光属性持ちだといっても、なぜ「くま吉」は動いて意思疎通ができるうえに、魔法まで使えてしまうのか、不思議で仕方がない。
「くま吉」を見ながら、首を傾け考え混んでいると、同じことを考えていたらしいランズベルト様が口を開いた。
「これは私の仮説なのですが――幼い頃に自ら作った段階で、まず光属性の魔法が無意識に『くま吉』に注がれていたとします」
「はい」
(最初の作っている段階で、光属性の塊ができて、それが基盤になっているということね)
「さらに、それから肌身離さず『くま吉』を持ち歩き、無意識に魔法を注ぎ続け、そのうえ、話し掛けていた。真剣な思いは、ある意味祈りを捧げているようなものになるのではないかと……」
「話しかけが、祈り……ですか」
「当たらずとも遠からずだと思うんですよね」
「まあ確かにそうかもしれませんね」
「初めてお会いした際の様子を見るに、とても懸命に全身全霊を込めてお願いされてましたよね」
「え!? あれをご覧になっていたのですか!?」
「はい」
にっこりと笑顔を向けられ、忘れて欲しいと言いたいのに、それ以上何も言えなくなつまてしまう。
「あれを十年以上続けていたなら、十分魔法や魔力が蓄積されていると思うのです。きっと色んな思いを込めて来られたでしょうし、光属性の魔法が使えるのだとすれば、命を与えていたとしても不思議はないでしょう」
私はただ死ぬことが怖くて、このゲームの世界が怖くて仕方がなかった。
それ故に、前世の癒しであった「くま吉」に縋っていたのだ。
縋り続けながら、私は「くま吉」に魔力を与え続け、結果それが命を与えてしまったと?
そもそも闇属性のはずのロベリアが光属性を使えるだけでも驚きなのに、そんなことがあるのだろうか。
信じられないことだけれど、目の前の「くま吉」がそれを証明している。
「ん~~」
頭を抱えて呻く私に「くま吉」が「大丈夫」とでも言うかのように「クマクマ」と言いながら、手をさすってくれた。
「くま吉~~~!!」
嬉しいけど、なんだか複雑な心境だ。
そんな私たちの様子をランズベルト様は頬を緩めながらじっと見ていた。