元凶
リリアーナ様が退室され、ルイーゼ様と二人、ソファーで向かい合う。
目の前のルイーゼ様は、なぜかずっと満面の笑みである。
(あ~~もう、なんて言ったらわかってもらえるの?? 初っ端から誤解されてたのに、さっきのでさらに根深くなっちゃったよね!? だけど、こんなに喜ばれているところに実は誤解でした~なんて話すの、心苦しすぎる! でも引き延ばしても傷が深くなるだけだし……ああもう、なんて切り出せば……)
私の頭の中は、これまでの誤解をどう解くかでいっぱいになっていた。
とにかく、ちゃんと話してわかってもらおう! そう意気込んだところ――
「あの、ルイーゼ様……」
「ロベリア様……先ほどはリリアーナが申し訳ありませんでした」
話しかけるタイミングがほぼ同じなうえに、唐突にリリアーナ様のことについて謝られ、頭を下げ始めるルイーゼ様に戸惑ってしまう。
「そんなっ、ルイーゼ様が頭を下げる必要はございませんわ! 頭を上げてください!」
「いえ。あの子にきちんと話してこなかった、わたくしたちが悪いの。それにちょうど良い機会だわ。少し昔話を聞いてくださるかしら?」
(昔話……一体何のお話が始まるの? とはいえ、断れる雰囲気じゃないわね)
いつもの、あのテンションの高い状態とは違う、落ち着いた雰囲気を漂わせるルイーゼ様に驚きつつも、目を見てしっかりと頷く。
「もちろんです。伺いますわ」
頷く私に、そっと微笑んだルイーゼ様は、ゆっくりと話し始めた。
「……うちとサハウェイ公爵家は、親戚なのもあって、昔から親交が深いの。それで、ランスとリリアーナ、それに、彼女の兄にあたるオズワルドの三人は幼馴染で、幼い頃からいつもよく一緒に遊んでいたわ。あの頃からランスはわたくしに似て、可愛いものが大好きでしたの」
嬉しそうに話をするルイーゼ様に思わず私もその頃のランズベルト様を想像する。
「やっぱり! きっとぬいぐるみを抱いたらなかなか放さなかったのでしょうね」
「そうなのよ! いっつも可愛いものを握りしめて放さなかったわ。…………けれど、それがある日突然、可愛いものを要らないと遠ざけるようになったの……」
「え……? あのランズベルト様がですか?」
「ええ。理由を訊いても『可愛いものなんか要らない!』って今にも泣きそうな顔をしながら言うだけで……困ってしまって」
息子を思って悩む若かりし頃のルイーゼ様と、小さな少年が必死に強がっている姿が思い浮かぶ。
「黙って見ていることもできなくて、メイドにこっそり様子を見させたの。そうしたら……リリアーナがランスに向かって言っていたの……」
「……何をですか?」
「『変』だと。男の子が可愛いものばかりに興味を向けることは『変』で『おかしい』と。だからランスは『おかしな子』『変な子』なのだと。しかも、それを他の令嬢たちにも言い回って、その子たちからも同じような言葉を浴びせられていたのです」
「それは……」
思わず、先ほどのリリアーナ様を思い浮かべる。
確かに心で思ったことを深く考えもせずに、口からすぐに出してしまいそうなタイプではある。
当時も、深く何も考えず、ランズベルト様を傷つけるなんてこと思いもしないまま、言ってしまったのだろう。
そして、あの様子だと、当時からランズベルト様に好意を抱いていてもおかしくない。
(きっと他の令嬢たちを近づかせないために、わざと言い回っていたのでしょうね……なんて自分勝手な)
「幼い子どもの言ったことだということはわかっています。けれど、その相手も子どもです。ランスがどれほどその言葉で傷ついたかと思うと……」
当時を思い返しているのか、ルイーゼ様は涙を堪えているような辛い表情になり、言葉に詰まる。
「だから、リリアーナ様だけはありえないとおっしゃったのですね」
「……ええ。ランスのアレは幼少期の我慢の反動なのですわ。抑圧された思いがどんどん膨らみ、抑えきれなくなって、ああなってしまったの」
「つまり、リリアーナ様は例の、元凶なのですね……」
「元凶」という言葉にルイーゼ様は大きく頷く。
「その通りよ。ですのに、当の本人はランスが傷ついていたことに全く気づいていないどころか、好意を寄せているだなんて。鈍感にも程がありますわ。ランスも親族の集まり以外はずっとリリアーナを避けていたのだけれど、爵位を継いだ頃から急にまた積極的に接近してくるようになったらしくて、困っていましたの」
(ああ……行動が露骨ね……。まあでも、爵位を継いでも婚約者も妻も居ない、だと他の令嬢が群がってくるわよね……だから我慢ができなくなっちゃったのかしら)
親戚なだけに完全に拒否することもできないだけでなく、自分が婚約者だと周りに牽制し続ける宰相の娘の公爵令嬢とか、厄介過ぎる。
私を連れたランズベルト様が夜更けに帰宅して、そのうえ、彼の秘密を知って受け入れているとなれば、確かにルイーゼ様や使用人たちが大騒ぎするのも頷ける。
こんな話を聞いてしまっては、誤解を解くなんてことがより難しくなってしまい、私はさらに頭を抱えることになった。
そんな私の心の状態を知ってか知らずか、ルイーゼ様は清々しい笑顔を私に向ける。
「ロベリア様のような、あの子の心に寄り添ってくださるご令嬢が現れてくださるだなんて、本当にどれほど嬉しいことか……」
そう言った後、少し間を置くと、ジョアンナの淹れたお茶を一口飲んでから、改まった真剣な表情で私を見据える。
「ねぇ、ロベリア様。ランズベルトのこと、本当に真剣に考えていただくことはできませんか?」
今までのルイーゼ様は全く違う、本心からだとわかる言葉に、私も真剣に向き合うことを決め、口を開いた。
「ルイーゼ様。ランズベルト様はとても素敵な方です。ですから、私のような人間が釣り合うとは思っておりません。私が側に居れば、きっと彼まで非難されてしまいますわ……」
「そんなこと気にしなくて良いのです! それにハーティス公爵家を相手に、非難を言える人間など知れています!」
「いえ、私は、あんな素敵な方をそんな目に遭わせたくないのです」
「……ロベリア様」
「それに、私とランズベルト様はまだ出会って一日。今日でようやく二日目ですわ。私にとってはまたとない良縁ですが、ランズベルト様がどう思われるか……」
二日目と聞いて「あら」と言いながら、口元に手を添えると、ルイーゼ様はなぜかより嬉しそうに顔を綻ばせた。
「よく考えるとまだそんなに日が浅かったのですね。ですが、あまりそれは関係ないように思いますが……」
「それは一体どう――」
「それにきっとランスも……」
「え?」
私の言葉に被せるように意味深な言葉をそっと呟くと、もう一口お茶を飲む。
そうしてホッと一息ついたルイーゼ様は、満足げな笑みを浮かべた。
「それよりも、ロベリア様。今朝ランスのお見送りをなさったのですって? まるで新婚夫婦のようだったと、使用人たちが大騒ぎしてましたの! もう、なぜわたくしはその場にいなかったのかしら! 悔やまれてなりませんわ!!!」
いつもの笑顔に切り替わったルイーゼ様の、いつもの猛攻に、思わず目を瞬かせる。
「そうですわ! もう少ししたらランスも帰って参りますわよね!! お見送りは叶いませんでしたが、お迎えは是非是非拝見させていただきたいわ!!! でもきっとわたくしが一緒だと、ランスが嫌そうな顔になってしまいますから、見つからないようにそっと、そっと見守っておりますわね!!」
そして、その勢いのまま、「そんな素敵な場面はなんとしても映像に残さねばなりませんわ!」と魔道具を探しに退出していかれてしまった。
(ほんと、嵐のような方だわ……)
呆れながらも思わず退出された扉を見つめ、「くま吉」を急いで仕上げなくては、と作業に戻ることにした。