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◇甘い誘惑

 玄関で散々尋問して満足した夫人が自室へと引き上げていき、生気を吸い取られ尽くした二人は移動した応接室で呆然としていた。


「夫人のパワー、凄いですね……」


「私もまさかあそこまでおかしなテンションになるとは思ってもみませんでした……申し訳ありません」


 ソファーに向かい合って互いに背もたれにグッタリと項垂れる。


「とはいえ、あの歓迎ぶりは頭が痛いですが、反対されなくて良かったです。気に入らなければ大変面倒な人なもので……」


「……気に入っていただけたようで、何よりです」


 言いながら思わず顔が引き攣ってしまう。


(「気に入られても大変面倒な人だと思います」なんてとてもじゃないけど言えないわね……)


「まあなんにせよ、しばらくは我が家でゆっくりなさってください。今日のところはゲストルームをご用意いたしますが、お約束通り可愛いお部屋、一緒に作りましょうね!!」


 やる気満々のランズベルト様に思わず笑ってしまう。


「ふふ。そうですね!」


 話が一段落したところで、ヘルマンがお茶を淹れてくれる。

 よくよく考えてみると、今日はずっとバタバタしていて、お茶をゆっくり飲んだり、落ち着く暇などまったくなかった。

 何気に食事すらしていないということを思い出す。


(思い出したとたんにお腹が空いてきてしまったかも……)


 私のそんな気持ちが顔に出てしまっていたのか、ヘルマンが机の中央に大きなお皿をスッと置く。

 その上には、可愛らしい色とりどりのマカロンが積まれていた。


「出過ぎた真似とは存じますが、本日何もお召し上がりになっていらっしゃらないのではないかと思いまして……」


「あ、ありがとうございます」


(さすが公爵様の側近! できる従者ね、ヘルマン!)


「気が利かなくて申し訳ありません。そうですよね。お昼からずっとあの流れでは……どうぞ召し上がってください」


「え? それはランズベルト様もではありませんか?」


 それを聞いたランズベルト様はキョトンとした顔になる。


「そういえば、そうですね」

「そうですよ」


 顔を見合わせて、二人して笑う。


「色んなことがありすぎてすっかり忘れていました。では、私も一緒にいただきましょうかね」

「はい」


 マカロンの載ったお皿を見つめる二人に、ヘルマンは取り皿とトングを持って指示を待っている。


「先にロベリア嬢からどうぞ。どれにしますか?」


「ん~全部可愛くて悩みますね……では、この濃いピンク色のものを」


「可愛いですよね。では、私はこのグリーンのものを」


 取り分けられたマカロンが目の前に置かれる。

 マカロンからはベリーの甘い匂いがふわっと漂う。

 ランズベルト様から「どうぞ」と勧められ、マカロンを手に取る。

 持ってみると思った以上に重量があった。


(これ、絶対美味しいやつー! でも絶対カロリーも凄いんだろうな……こんな時間に良いのかしら? なんだか背徳感がすごいわ。でもでも美味しそう~~!!)


 そんな私の葛藤を見透かしたようにランズベルト様が微笑む。


「今日は色々ありすぎましたから、こんな日は自分を甘やかしても大丈夫ですよ、ね?」


(そ、そんな微笑みを向けられたら、食べるしかないじゃないーー!!)


「……で、では、お先に失礼して」

「どうぞ」


 なるべく控えめに口を小さく開けて、マカロンを一口頬張る。


 パクッ。


「美味しい……!」


(え!? 何コレ!? めちゃめちゃ美味しい~~! 今まで食べたマカロンの中で一番美味しいかもしれない! 外はサクッとしてるんだけど、途中からしっとりしてて、中のクリームが甘過ぎなくて、外とのバランスが絶妙!!)


「お口にあったようで何よりです」


 パクッ

 パクッ、パクッ

 パクッ、パクッ、パクッ


(どうしよう!? 美味し過ぎて止まらない!!)


 夢中で食べている間、ランズベルト様のエメラルドの瞳がじっとこちらを見ている気がしたけれど、あまりの美味しさに意識はマカロンでいっぱいになっていた。


「……ふふふふ。そんなに美味しいのかしら?」


 オネエモードに切り替わったランズベルト様の声に、思わず我に返る。


「!? 私ったらはしたない真似を……申し訳ありません! ……え? ランズベルト様……!?」


「どうしたの? 夢中になって食べる姿がとっても可愛いわ~~! ほら、もっと食べて!」


「えっ、……と、あの、なぜ、その口調に?!」


「だって、一生懸命頬張る姿があんまりにも可愛いんですもの~! だからね、ほら、もっと食べて! 可愛いところを私に見せてちょうだい!」


「ええ!?」


(ちょっと待って待って! どういうこと!? ランズベルト様の可愛い基準ってどうなってるの~~!?)


「さあさあ、早く! ね、もう一個。ほら、口を開けて」


 満面の笑みで、自分の分のマカロンを手に取り、私に向かってずいっと差し出す。


「あ、えっと……その……」


(ランズベルト様!? それは俗に言う「あーん」とかいうやつではありませんか!? ……でもでも、こんな楽しそうな状態に水をさしてしまうのは…………ええい、ままよ!)


「い、いただきます!」


 パクッ


(ああ~~ランズベルト様の手ずから食べてしまった……! で、でもでも……)


「ん~~美味しい……!」


(これはピスタチオかしら? ああもうこっちも美味しい~~~! も、もう一口!)


 パクッ

 パクッ、パクッ

 パクッ、パクッ、パクッ


(ハッ! どうしましょう!? あまりの美味しさにランベルト様の手からそのまま最後まで食べてしまったわ?!) 


「ふふふ。やっぱり可愛いわ~。ほっぺがもきゅもきゅ動いててほんともうたまんない!! ねぇ、もう一個ど~お?」


「ら、ランズベルト様! ……これ以上は、もう! それにこんな時間にたくさん食べてしまったら…………もう、無理~~~!!」


(恥ずかし過ぎてこれ以上は耐えられないよぉ~~!!)


 恥ずかしさのあまり顔を手で覆っていると、急にランズベルト様のほうから何かを叩くような音がした。

 気になり顔を上げてそちらを見ると、先ほどまで乗り出していた体を引いたランズベルト様が、なぜか頬を赤くしてなんとも居た堪れない表情になっている。


「……ざ、残念です。ですが、とても可愛らしかったですよ」


 急にオネエ言葉ではなくなったランズベルト様が、取り繕った笑顔で残念そうに微笑んだ。


(今いったい何があったの? さっきの音……もしかしてランズベルト様、自分の頬を叩いた……?)


 そんな動揺が顔に出ていたのか、ランズベルト様が微笑みながら首を傾げる。


「どうかされましたか?」


 優しく尋ねられたいるはずなのに、なぜかその笑顔に少し圧を感じるのは気のせいか。


「あ、いえ、その……ら、ランズベルト様も食べてください。私ばかり食べて申し訳ないです」


 なんとか話を逸らしながらも、頭の中では何が起きたのか必死に考える。


(私が何かしてしまったのかしら? 可愛いと言われて調子に乗り過ぎた!? それともふと我に返ったら私が可愛くないことに気づいたとか……? ……きっとそうね。私が可愛いだなんて、思われるはずないんだから)


 ようやく納得できる結論に辿り着いたものの、その結論になぜか胸が痛くなる。

 一方ランズベルト様は自分用のマカロンを皿に取り、それを口に入れて目を見開いた。


「これは……美味しいですが、思っていたより甘かったんですね。申し訳ありません」


(マカロンよりも、先ほどまでのランズベルト様の言動の方が甘過ぎでしたけどね!!)


 思わず心の中でツッコミを入れてしまう。


「謝らないでください。私にはちょうど良い甘さでしたから、問題ありません。とっても美味しかったですよ」


「それなら良かったです。事情をご存知なこともあるのか、ロベリア嬢の前だとどうにもタガが外れやすくなってしまって……気をつけますね」


 先ほどまでの自分の言動を悔いているのか、ランズベルト様はしゅんとどこか凹んだ様子だ。

 まるで怒られた犬が耳をぺしょんとさせるようなその表情に、うっかり胸がキュンとなる。


「いえいえ。大丈夫ですよ! 私たちは同志ですから! そんなこと気になさらないでください!」


 満面の笑みでそう返すと、ランズベルト様はなぜか複雑そうな顔をしながらも嬉しそうに笑った。

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