第23話 地下の脈動、偽りの心臓
「父上は、もう長くはない」
皇太子レオネルは、玉座の間に隣接する謁見室で、低くつぶやいた。
「延命薬だと?」
レオネルは吐き捨てるように言った。
「馬鹿げている。そんなものは存在しない。
だが父上は信じている……ならば、利用するまでだ」
その声音には、迷いのかけらもなかった。
病床の王の命よりも、玉座の行方こそが彼にとっての現実だった。
「殿下のお考えは?」
重臣の一人が、恐る恐る顔を上げる。
「“延命薬が完成した”と父上に信じ込ませ、
わずかに命を繋がせればよい。その間に、私が権力を掌握する」
「いずれ父上は倒れる。そのとき、延命薬の噂もすべて私の手に移る。
王都の民は奇跡を信じ、私は“薬をもたらした王”として即位するのだ」
神官が慎重に口を開く。
「では……あの薬師と大工は?」
「利用するだけ利用して、不要になれば捨てればよい」
レオネルの声は氷の刃のように鋭かった。
「村の奴など、王都の歯車の一部にすぎぬ。
だが父上を満足させるうちは、使う価値がある」
王太子レオネルの監視の目は厳しく、
俺たちの部屋の前には常に抜剣した兵士が立っていた。
だが、彼らが警戒しているのは「人間」の出入りだけだ。
「……ねえ、いつまでここにいるつもり?
私の毛並みが悪くなっちゃうじゃない」
部屋の隅、通気口からスルリと抜け出してきたルナが、
不機嫌そうに喉を鳴らした。
「ルナ、待ってたぜ。地下はどうだった?」
「最悪よ。カビ臭いし、なんだか地面が『震えて』るの。
おじいちゃんが言ってた『心臓』って、たぶんあの下にあるわ」
俺はエレナと視線を合わせた。
「行くぞ。王太子に使い潰される前に、
この街の『欠陥』の正体を突き止める」
俺は腰袋から愛用の釘抜きを取り出し、
床の石板の継ぎ目に差し込んだ。
【建築スキル:隠し通路検知(構造解析)発動】
【ルート確保:神殿地下・動力区画への最短経路を表示します】
石板を音もなく持ち上げ、俺たちは暗い縦穴へと滑り込んだ。
ルナが先導し、ホーが羽音を消して周囲を警戒する。
降り立った神殿の地下は、地上とは打って変わって
巨大な配管と歯車が蠢く「機械の迷宮」だった。
壁にはアニマ草の煮汁が循環するガラス管が走り、
不気味な緑色の光を放っている。
「……これは、ひどい」 エレナが絶句した。
そこにあったのは、無数のアニマ草が「黄金化」を強制され、
黒く焦げ付きながらも魔力を絞り出されている光景だった。
俺はコンベックス(巻尺)を伸ばし、
地下を支える巨大な主柱を測った。
【診断:構造的腐朽(魔力過負荷)】
【警告:主機『大アルクス炉』の熱暴走を確認。
神殿の地盤が溶解しつつあります】
「王も王太子も、何も分かってねえ……。
延命薬が完成しないのは、エレナの腕のせいじゃない。
この神殿の地下そのものが、もう限界なんだ」
俺の目の前にある巨大な炉――王都の浮力を司る『大アルクス炉』。
その基部には、神殿の祭壇にあったものと同じ「ひび」が、
より深く、より無数に走っていた。
「光を導く仕掛けを直したことで、炉へのエネルギー流入が増えた。
そのせいで、崩壊が加速してるんだ。
このまま薬を練れば、その瞬間に炉が爆発し、王宮ごと王都は墜落するぞ」
「そんな……! 街を救うための薬が、街を落とす引き金になるなんて」
「ふん、だから言ったじゃない。この街は『偽物』なのよ」
ルナが毛を逆立てて威嚇する。
その時、背後の闇から拍手の音が響いた。
「素晴らしい。
王都の魔導建築士たちが百年かけても気づかなかった『余命』を、
一瞬で見抜くとはな」
振り返ると、そこには数名の黒衣の魔導師を連れた
王太子レオネルが立っていた。
地下の緑色の光に照らされた彼の顔は、
地上で見た時よりもいっそう冷酷に見えた。
「王太子……! なぜここに」
「我が王都の心臓が病んでいることなど、百も承知だ。大工。
貴様には、この炉の崩壊を『一ヶ月だけ』食い止める補強を命じる。
父上が私に全権を譲り渡すまでの、わずかな時間でよい」
レオネルは一歩踏み出し、エレナの喉元に冷たい視線を向けた。
「そして薬師。貴様は“偽りの延命薬”を作れ。効能など不要だ。
父上の執念を満足させ、夢を見せたまま死なせるための、甘い毒薬をな」
「……断ると言ったら?」
俺がハンマーを握り直すと、レオネルの背後の魔導師たちが
一斉に呪文を唱え始めた。
「断れば、今すぐこの炉を暴発させ、
貴様らごとこの街をゴミ溜めへと叩き落とすだけだ。
選べ、大工。
王都の『延命』に手を貸すか、今ここで全てを終わらせるか」
俺の視界に、かつてない赤色のシステム警告が浮かび上がる。
【緊急ミッション:偽りの延命と、真の再生】
【選択:炉の応急処置、または……構造の根本的破壊】
俺はエレナの手を握り、レオネルを真っ向から睨みつけた。
「……リフォームの依頼にしちゃあ、
最悪の部類だな、殿下。だが、俺は大工だ。
客がクズでも、構造の欠陥は見過ごせねえんだよ」
俺の脳内には、皇太子の計算をも超える、
さらに巨大な「王都改造計画」の図面が広がり始めていた。
ご覧頂きありがとうございますm(_ _)m




