第20話 猫の特等席と、宙に浮く街の病
「ふん、挨拶なんて後でいいわ。
まずは私の『特等席』をなんとかしなさいよ!」
ルナは俺の膝から飛び降りると、研究室のさらに奥、巨大な蒸気パイプが
複雑に絡み合う一角へと俺を誘った。
そこには、使い古されたベルベットのクッションが置かれた出窓がある。
だが、その出窓は素人目に見ても不自然だった。
窓枠が平行四辺形に歪み、隙間から「ヒュゥゥ……」
と冷たい風が、不気味な魔力の粒子とともに漏れ出している。
「ここ、最近ずっとガタガタ揺れるし、
なんだか変な匂いがするのよ。
大工なら、魔法に頼らずに直してみせなさいよね!」
俺は腰袋からコンベックス(巻尺)を引き出し、
窓枠の対角線を測った。
【建築スキル:構造診断 発動】
【診断:極度の不同沈下。
外壁側の浮遊石の出力低下による「ねじれ」を検知】
「……なるほどな。ルナ、あんたがここに執着してたのは、
単に日当たりがいいからじゃないだろ。
ここ、この部屋の『重力バランス』の支点だ」
俺は窓枠の下、装飾パネルを剥がした。
そこには、王都の高度を維持するための小型浮遊石が、
ひび割れた魔法回路の中で弱々しく明滅していた。
「じいさん、これを見ろ。
王都が浮いている理由は、この『アニマ草の魔力による反重力』
なんだろうが……その制御がデタラメだ」
俺はカスピエルを振り返った。
「魔法で無理やり持ち上げてるせいで、
石と石の間に『不均衡な応力』がかかってる。
ここは、その歪みが集中してる場所だ。
ルナが感じてた『ガタガタ』は、街そのものが悲鳴を上げてる音だよ」
俺は荷物から、村で精製した
「アニマ草の繊維混じりの補強材」を取り出した。
「俺がこの浮遊石の固定台を『柔構造』に作り直す。
ガチガチに固めるんじゃなく、揺れを逃がすバネにするんだ」
俺が釘抜きとハンマーを振るい、
浮遊石の土台を「免震構造」へとリフォームしていく。
ルナは心配そうに(と言いながら爪を研ぎつつ)その様子を見守っていた。
カチリ、と最後のボルトを締めた瞬間。
窓枠の歪みがスッと消え、漏れていた魔力の風がピタリと止まった。
「……あら? 揺れが消えた。
それに……このクッション、前よりあったかいじゃない」
ルナは驚いたようにクッションに飛び乗り、
今度は満足げに喉を鳴らした。
「ふん、まあ合格点ね。あんた、少しは使えるみたいじゃない」
それを見届けたカスピエルが、重い口を開いた。
「……お主の言う通りだ、大工殿。
王都が浮いているのは、かつてのお姫様の祈りではない。
地下にある『大アルクス炉』で、膨大なアニマ草を
無理やり燃やし続けて得た暴力的な浮力だ」
カスピエルは、研究室の床にあるハッチを開いた。
そこからは、遥か下方の雲の下に広がる「大地」ではなく、
不気味な赤色に染まった「巨大な機械の心臓部」が覗いていた。
「今の王都は、より高く浮かび、より豪華な結界を張るために、
アニマ草を浪費しすぎた。
その結果、浮力を支える構造体が限界を迎え、街のあちこちで
今日のような『歪み』が起きている。
……いずれ、この街は自重に耐えきれず、墜落するだろう」
エレナが顔を青くする。
「そんな……。じゃあ、王都が私を狙っているのは……」
「ああ。お主の持つ『黄金の触媒』で、
炉の出力を無理やり倍増させ、崩壊を先延ばしにするつもりなのだ。
……街を直すのではなく、燃料を増やして焼き切るという、最悪の選択をな」
俺はルナの昼寝場所を撫でながら、静かに言った。
「……燃料を増やす必要なんてねえよ。
この街そのものの『設計』を、俺が根本からリノベーションしてやる。
空に浮かぶ欠陥住宅なんて、大工のプライドが許さねえからな」
その時、研究室の扉が激しく叩かれた。
「カスピエル様! 緊急事態です!
第八浮遊地区の広場が、地盤沈下で崩落を開始しました!」
ご覧頂き、ありがとうございますm(_ _)m




