第2話 小屋と青年と、薬草の香り
夜になると、空気がひんやりと冷え込んできた。
小屋の屋根に空いた隙間から、小さな星がちらちらと覗いている。
そよそよと吹く夜風が頬をなでていき、思わず肩をすくめた。
毛布代わりにした麻袋にくるまりながら、
ぼんやりと「屋根、どうやって直そうかな」などと考えていた。
朝。鳥の声に起こされて、巻尺を手に屋根裏へと登っていく。
見上げた梁はところどころ腐り、板が抜け、釘の跡には苔がうっすら。
どこから手をつけようかと悩んでいると──
「ねぇ、おじさん。なにしてるの?」
びくん、と肩が跳ねた。
振り向くと、小さな男の子が入り口から顔を覗かせていた。
ぱっちりした瞳でこちらを見つめている。
「屋根の具合を見てたんだよ」
「ふーん……。ねぇ、ラウル呼んでくる!」
そう言って、子どもはぱたぱたと走っていった。
「ラウルー!」という元気な声が、村の奥へと消えていく。
ほどなくして、たくましい体つきの青年がやってきた。
栗色の髪にうっすらと汗がにじみ、背には斧を背負っている。
「お前が、新しく来たっていう奴か?」
「うん。昨日、ばあさんにこの小屋を借りてね」
俺が答えると、青年は足元の板や梁に目をやった。
その視線は、どこか職人らしい真剣さを帯びている。
「直せるのか? このボロ小屋」
「……やるしかない。崩れる前にな」
俺が笑うと、彼は口元をわずかに緩めた。
「俺はラウル。この村で木を伐ってる。……手伝おうか?」
「ありがたい。俺は──」
そこで、ふと言葉が止まる。
転生前の本当の名前を思い出そうとするが、
霧がかかったように曖昧だった。
それでも、現場で呼ばれていた「タカ」という呼び名だけは、
なぜかくっきりと残っていた。
「タカ、でいいや」
「タカか。よし、じゃあ決まりだな」
ラウルは斧を下ろし、一緒に梁の状態を確認してくれた。
心の声で検索すると、「古材の三角補強」や
「釘を使わない継手工法」などがぽんぽんと浮かぶ。
俺がアイデアを出し、ラウルが力強く木を運ぶ。
少しずつ、けれど確かに。
傾いた小屋が、姿を取り戻していった。
昼を過ぎた頃、ラウルが額の汗をぬぐいながら言った。
「腹、減ったろ。うちに来いよ」
「……いいのか?」
「ああ。妹が料理してる」
案内された家は、藁ぶき屋根に白い壁の、
素朴だけれどあたたかみのある建物だった。
玄関を開けると、ふわりと薬草の香りが漂ってくる。
「ただいまー」
ラウルの声に応えるように、奥から女性が現れた。
長い金色の髪を編み、瞳は冷静で知的。
でも、ほんの少しだけ影があるようにも見える。
「兄さん……お客さん?」
「タカだ。小屋を直してる。」
彼女はちらりと俺を見つめ、一瞬だけ表情がこわばる。
けれどすぐに、柔らかな微笑みを浮かべ、木の椀を差し出してくれた。
「エレナよ。……どうぞ」
差し出されたスープの中には、野菜と小さな白い実が浮かんでいた。
一口すすると、体の芯からじんわり温まるような、優しい味が広がった。
「これは……薬草?」
「ええ。効能を知って調合すれば、料理にもなるし、薬にもなるの」
その声は静かで丁寧だったけれど、
どこか距離を取っているような、冷たさもにじんでいた。
ラウルが気まずそうに笑いながら言う。
「エレナは天才薬師なんだ。……でも、昔いろいろあって・・」
「兄さん!」
エレナがきっぱりと話を遮った。
その目の奥に、ほんの一瞬だけ“痛み”がちらりとのぞいた。
俺は何も言わず、そっとスープを口に運ぶ。
森の香り、薬草の苦み。そして、少し不思議な兄妹との縁。
湯気の向こうで、エレナの横顔が、
どこか物語の始まりを感じさせるように、静かに揺れていた。
こうして俺の転生生活は、ひとつの修理から、
小さな縁の物語へと広がっていくような気がした。
ー続く
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