第11話 分かれる声
夜明けの村に、昨日の出来事の余波が残っていた。
青いアニマ草は炉で無毒化されたはずなのに、
村人の心の中にはまだ毒が残っていた。
──「守るべきか」「巻き込まれるのは嫌か」。
夜が明けても、村の空気は重かった。
昨日、愚かな行商人が持ち込んだ青い草。
それを調薬炉で無毒化し、ただの草に変えたはずなのに、
村人たちの胸の中にはまだ毒が残っていた。
広場や井戸端では、ささやき声が絶えない。
「やっぱり王都に知らせた方がいいんじゃないか……」
「いや、エレナが止めてくれたんだ。感謝しなきゃ」
「でも、もし兵が来たらどうする。巻き込まれるのはごめんだ」
声は少しずつ色を帯びて、村を二つに分けていく。
エレナを守るべきだと言う者と、
王都を恐れて距離を取りたいと言う者。
俺は小屋の前で腰袋を手にしながら、
そのざわめきを聞いていた。
昨日は人を救った。
だけど、その代償として村に不安を植えつけてしまったのかもしれない。
エレナは村の広場に立っていた。
疲れの残る顔だが、瞳はしっかりと村人を見据えている。
「私はこの村で薬を作り、人を助けたい。
王都のことは……私が責任を負うわ」
だが、その言葉に反発する声が飛ぶ。
「責任を負うって……お前一人でどうにかできる話じゃないだろう!」
「俺たちは普通に暮らしたいだけなんだ!」
エレナの肩がわずかに揺れた。
その背を、ラウルが支えるように立った。
「俺が守る。エレナも村も。」
短い言葉だった。
けれど、その真っすぐな声は、村人たちのざわめきを少し和らげた。
俺は胸の奥が熱くなるのを感じた。
だが同時に、ステータスが淡く光り出す。
【延命薬進行度:20%】
心臓が一瞬止まったように思えた。
また“知識”が刻まれたのだ。自分の意志とは関係なく。
延命薬──それは王都が独占する秘薬。
俺の中で少しずつ完成に近づいている。
俺は息を整え、村人たちに向かって言った。
「俺も、この村でできることをやる。
建物を直して、薬草を守って、暮らしを支える。
……それで少しでも不安が減るなら」
沈黙が落ちた。誰もすぐには答えなかった。
だが老婆がひとり、杖を突きながら近づいてきた。
「タカの言うことも、ラウルの言うことも、
エレナの気持ちも……全部、村に必要だよ」
その言葉に何人かが頷き、場の空気がようやくほどけた。
それでも、不安は消えない。
子どもたちが咳をしはじめている、という噂が広まっていたからだ。
「風邪だろう」
「いや、疫病かもしれん」
村人たちのささやきは尽きない。
夕暮れ。俺とエレナとラウルは、小屋の中で火を囲んでいた。
調薬炉の火は小さく、しかし安定して燃えている。
エレナが呟いた。
「……村が分かれてしまうかもしれない」
ラウルが力強く言う。
「なら、俺たちが繋ぎ直せばいい」
俺は釘抜きを手に取り、灯りにかざしてみた。
建物を直すように、人の心も直せるだろうか。
自問しながら、ステータスの隅に浮かんだ淡い光を見た。
【アルクス炉:断片保存】
まただ。昨日に続いて新しい言葉が刻まれた。
アルクス……。その響きは、
どこか王都の巨大な仕組みを思わせる。
知らないうちに、俺は王都と繋がる知識を抱えてしまっている。
外では、犬が吠える声がした。
誰かが森を歩いているような気配。
ラウルが窓を開け、暗い森を見つめる。
「……今夜は、見張った方がいいかもしれない」
俺も火を見つめながら、背筋を伸ばした。
村を守る戦いは、もう始まっているのかもしれない。
―続く
第2章 村の試練と王都の圧力 が始まりました。
村人の分裂、子どもたちの咳、そして影。
少しずつ王都の影が濃くなっていきます。
読んで頂きありがとうございました。
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