第10話 静けさのあとに
今回は、アニマ草をどうするか。のお話しです。
行商人は去った。
だが村に残された袋の青い草は、まだ淡く匂っていた。
──枯れる前は毒、枯れてから薬。
アニマ草の二面性が、村の心に重く影を落としていた。
村人たちは広場に残っていたが、誰も草に近づこうとはしなかった。
「あれが命を延ばす薬だって……」
「いや、毒だってエレナが言ったじゃないか」
「でも王都じゃ……」
小さな声が飛び交い、やがてそれは
不安を混ぜたざわめきに変わっていった。
ラウルが一歩前に出て、広場に響く声で言った。
「もう心配するな。あれは俺たちで処理する」
その言葉に村人たちはようやく頷き、
互いに顔を見合わせて散っていった。
焚き火の煙が夕暮れの空に溶けていく。
広場には俺たち三人だけが残った。
エレナは袋を抱え、調薬炉の前に座り込んでいた。
青い葉を手に取り、指先で軽く揉むと、強い匂いが漂う。
「やっぱり毒。……油断したら肺を焼く」
その声は小さく、でもはっきりと響いた。
「どうするんだ?」
俺が問いかけると、彼女はしばらく黙り込み、やがて顔を上げた。
「無毒化するわ。それしかない」
その瞳には迷いはなかった。
「俺がやるよ」
そう言って炉の前に立つと、視界の隅に淡い光が灯った。
【調薬炉:応用可能】
【熱処理で毒素を揮発/薬効は失われる】
──無毒化できる。
ステータスの文字がそう告げている。
ラウルが薪をくべ、俺は火加減を調整する。
青い葉を小鍋に入れ、弱火でじわじわと熱を通す。
草から立ち上る蒸気は鼻を突くように強烈で、思わず咳き込んだ。
「窓を開けて。毒が抜けていくから。」
エレナの指示に従い、戸を開けると夜風が流れ込み、
匂いを薄めてくれた。
やがて草の青は失われ、ただの枯れ葉のように色を落とした。
残ったのは、苦みだけが際立つただの葉。
「これなら……命を奪うことはない」
エレナは安堵の息をついた。
俺も胸の奥にじんとしたものを感じた。
人を救う薬と、人を奪う毒が、同じ草に宿っている。
それをどう扱うかは、人間次第なんだ。
その夜、村は静けさに包まれた。
子どもたちの声もなく、犬の遠吠えさえ響かない。
広場の炉の火が、ぽつりと赤く揺れているだけだった。
そのとき、ステータスがまた淡く光った。
【アルクス炉:断片保存】
見たことのない言葉。アルクス? 何だ、それは。
俺は焚き火の火を見つめた。
──村を守る小さな炉が、
どこかで王都の巨大な仕組みと繋がっている。
そんな予感が、冷たい夜風と共に背筋を撫でていった。
エレナは膝に顔を埋め、肩を震わせていた。
ラウルは黙って彼女の隣に座り、火を見守っている。
俺はそっと腰袋に触れた。釘抜きも巻尺も、まだそこにある。
この手で守れるものがあるなら、守りたい。
そう思いながら、俺も火の揺らめきに目を落とした。
夜は深まり、森の奥からふと風が吹き抜けた。
その音が、どこかで「試練の始まり」を告げているように思えた。
―続く
どうもタカです。
無毒化、頑張りました。
俺にも、守りたいものができつつあるのかな。
読んで頂き、ありがとうございました。
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