漆黒と真紅の章 06
道なき道を進むと、突然卵が燐光を発し始めた。
「まただ! 今度は何!?」
森の奥から現れたのはうっすらと浮かび上がる、金と銀の毛並みを持つ幻獣の幻影――
きらめく二つの瞳が卵をじっと見つめている。
「本能的な親和? それとも……あ、あれ、攻撃してくるぞ!」
リタが即座に前に立つ。
「セリーヌ、シールド強化!」
「お願い、《プロテクト》!」
淡い光が馬車を包む。
ラースが引き絞った弓を放ち、矢は幻獣の周囲の枯れ枝を撃ち抜く。
「《風縛》!」
カイルが素早く詠唱すると、透明な風が幻獣の脚を縛り、動けなくなった幻獣はマグナの盾によって正面で押さえつけられる。
「私がそばにいるよ!」
震えながら、それでも気丈にミリスが卵へ声をかけると、幻獣は苦しむように弱まっていき卵の震えもどんどん鎮まっていった。セリーヌがそっと囁く。
「もう、大丈夫……あなたは、独りじゃない」
卵の光はふっと静かになり、幻獣の幻影も和らいで消える。
「今のは……守護精霊みたいなものだったのかな?」
ラースがきょとんと問いかける。
「卵の防衛本能と、精霊の交信。生まれて初めて目にするものばっかりだ」
カイルが感嘆してうなずく。
マグナは無言で、馬車の車輪や周囲に目を光らせている。彼なりの優しさが視線に宿る。
「……ほんと、色んな意味で手応えあるな」
リタが額に汗を拭った。
*
最終日。
研究所目前、王都の城門前で黒衣の集団が不意に現れた。
「なんだよ、まだ来るのか……!」
リタが剣を構える。“皆で守る”という覚悟が全身からあふれる。マグナが無言で盾を構え“前は任せろ”と意思を見せる。
カイルが息を整え指示を飛ばした。
「ラース、側面援護を!」
「うん、任せて!」
セリーヌはミリスと卵を庇うように、魔法を展開した。
「《プロテクション》!」
黒衣の男たちが包囲を狭める中、リタとマグナの重厚な連携で前を固め、ラースは背後から敵の動きを封じる射撃。カイルが一気に魔法陣を輝かせた。
「《土壁》!」
荒々しく盛り上がった土の壁が襲撃者たちを吹き飛ばした。セリーヌの支援で味方は誰も傷つかない。
「今だ、リタ!」
「いくよ!」
リタが大きく一歩跳びこみ、残る敵を鮮やかに切り伏せた。
「二度と来んなって言っただろッ!」
黒衣の男たちは動揺し、一人が「もういやだ! 」と叫ぶと、全員が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
戦闘が終わり――
「皆さん、本当に……ありがとうございました」
ミリスが涙ぐみながら深く頭を下げた。
卵の光が優しく五人を照らす。
「砕けなくて、ほんとによかったな」
リタはほっと息を吐くと、照れ臭そうに頭をかき皆の方を見た。
「ま、私たちに任せりゃこのくらい朝飯前…だろ? 」
「さすが頼れる剣士だな」
カイルがリタの背中を杖で軽く突つきにやり。
「あん? まーた皮肉か?」
「どっちに聞こえても事実だろ。ラースも、マグナも、セリーヌも、お疲れ様」
ラースが大きく手を振り悪う。
「みんなのおかげ! 卵もミリスさんも、また元気に会えるといいな!」
「……よかった」
マグナは少し肩の力を抜いたようにぽつり。
「今日も守ることができて、本当に感謝ね」
セリーヌは聖書に口付けささやく。
最後に、卵が柔らかい光を放ってぴい、と鳴いた。
「こりゃ、きっと中の子も“ありがとう”って言ってるんだな」
リタが笑うと、皆も自然と笑顔になった。
*
王都研究所の前で別れ、五人は並んで次の冒険を夢みて歩き出す。
「次はどんな依頼、来るかな?」
ラースの素直な声に、リタが肩で風を切って応える。
「どんな依頼だって、五人そろってりゃ怖いもんナシさ」
カイルは青銀のマントを翻し、みんなの背中に優しい笑みを向ける。
朝陽が昇る王都の大路。
頼もしい五人の物語は、まだまだ続いていく――
*
数ヵ月後、王都の朝に、研究所の奥から響いた祝福の鳴き声――。
小さな虹紋獣が卵から殻を割り、光の羽毛をふわふわと揺らし、飛び出した。ミリスを見つめる二つの瞳は深い海のように澄んでいた。
最初に撫でるミリスの手を、虹紋獣がぺろりと舐める。それは、不安だったあの日々が、もう過去になった証。
後日届いた「虹色の羽根」と手紙には、こうあった。
「生まれた日、真っ先に光の中へ駆けていったのは、冒険者の皆さまにそっくりな赤毛の小さな獣。時々、虹紋獣は空を見上げて、どこか遠く……皆さまのことを探しているようにも思えます」
そして……。
「私もあの旅を思い出すたび、前に進む勇気が胸に湧くのです」
五人はその文面を囲み、
「今度あの子と会った時は、本気でかけっこ勝負するぞ!」
とラースが言い出し、カイルは
「また護送じゃきかないくらい遠くまで冒険させられそうだ」
と笑い、リタは
「背中の上に乗せてくれないかな?」
とちゃっかり夢を口にする。
セリーヌとマグナは静かに虹の羽根を掲げ、幸せそうに目を細めた。
――それぞれの心に温かい光が満ちて、その冒険は未来へと繋がっていったのだった。