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漆黒と真紅の章 03

 早朝のギルドは、すでに冒険者や依頼主で賑わい始めていた。リタは腕を組み、掲示板前で眉間に皺を寄せている。


「……ふーん、“銀狼の群れ”か。二人だと、ちょっとばかし骨が折れそうだね」


 隣でカイルが詳細な討伐情報が書かれた書類を眺めながら、いつもの落ち着いた笑みを浮かべる。


「割増報酬って書いてある。推奨パーティ人数は……五人。少し多いな」

「たまにはチーム戦も悪くない……か。変な奴が来なきゃいいけど」


 リタは悪戯っぽくカイルの肩に腕を置く。


「大丈夫、大抵の“変な奴”はリタよりマシさ」

「確かに、カイルより“変な奴”なんて魔獣くらいだしね」


 カイルはさらりと受け流し、リタも軽口を叩くと互いにニヤリと笑い合った。


 共闘募集をかけ、ギルドの待機場となっているカウンターで待つこと数分。


「誰か来るかなぁ」


 リタが軽くつぶやいた、その時だった。


 ——小さな影がカウンターの向こうから跳ねるように現れた。


「やあ! 君たちも“銀狼”行くの?この依頼、面白そうだよね!」


 声の主は犬耳の少年、ラース。みずみずしい草のようなライトグリーン色の目が陽の光を受けて輝き、小柄な身体を弾ませている。腰には洒落た短弓。ふさふさの尻尾が軽やかに揺れて、じっとしていられない様子だった。


「僕、ラース。弓が得意なんだ、隠れるのも上手だから敵を探るのもうまいぞ!」

「犬族……!」

「斥候ができるのはありがたい」


 リタは一瞬驚いたように目を丸くする。カイルも素直に感心した様子で頷く。獣人の冒険者は珍しくないとは言え、獣人族の国との国境から距離があるこの地域で見かけることは少ない。


「あたし、リタ。剣やってる。こっちはカイル、魔法担当。犬族ってことは機敏に動き回れる?」

「へへっ、僕より鼻が良い奴そういないよ!」


 ラースが自信満々に三角の耳をピンと立てる。この子供っぽい無邪気さは、裏表の無い性格であるリタの心に真っ直ぐと響いた。


「おい、そっちも報酬目当てか?」


 リタの言い方はぶっきらぼうだが、目の奥は好意的だ。


「もちろん! ……あ、気になるの? 僕、1割オマケしてもいいよ?」

「何言ってるんだよ、全員均等に決まってるだろ」

「やった! そう言ってくれると思ったよ」

「ふっ……交渉が上手だな」


 急に勝手なことを言うラースに、リタはあきれ、やり取りを聞いていたカイルも優しく笑う。


 そのとき、そっと間に入るように、ゆるく波打つ淡いパールパープルの髪を垂らした女性が近づいてきた。


「ふふ、朝から元気ね。まだ共闘仲間、募集しているかしら?」

「ああ、今3人集まったところだ」

「そう。混ぜてもらってもいい? 私はセリーヌ。よろしくね」

「あたしはリタであっちはカイル……それから、ラース。えっと、こっちこそよろしく……」


 リタは自分と真逆で、おっとりと華やかな彼女の雰囲気に気圧されたように応えた。セリーヌが優しくほほえむと、柔らかな春風がふいたかのように気が緩む。


「後方支援魔法がある程度使えるわ。あと回復魔法もできるから、何かあったら頼ってね」

「それは助かる」


 カイルが率直に礼を言うと、セリーヌの頬が再度ふわりと緩んだ。セリーヌの笑顔を見た通りすがりの冒険者たちが思わず足を止めて食い入るように見つめてしまう、どこか神秘的な美貌だ。


「みんなが良い人そうで良かったわ……特にリタさん、最初にみんなの名前を言ってくれて、とても優しい人なんだろうなって思ったの」

「はっ、そんなこたぁないよ!」


 突然そんな風に言われリタはむずがゆくなりぶっきらぼうを装うが、赤くなった耳を見れば照れ隠しであることは一目瞭然だ。


 四人で話しているとカウンター奥から金属の軋む音が聞こえてきた。人ごみを押し分け、長身でごつい体格の男――マグナが姿を現した。


 彼は皆を一瞥し、静かに深く頭を下げる。


「……マグナだ。盾役。守りなら任せろ」

「えっと、あたしがリタで……」

「話は聞こえていた。問題ない……」


 少し低めの声。重々しいが、どこか優しさを感じる。

 「でっかいなあ、すっげえ! その盾、人一人分あるんじゃない?」


 とラースが隣で感心を隠そうとしない。


「……重いが、頼りになる」


 マグナは無視することなく端的に述べて、肩にかけた巨大な盾を静かに撫でた。


「こりゃマジで鉄壁だな」


 リタが盾の大きさに目を剥きつつ呟く。

 5人全員がそろったことを確認すると、話をまとめるべく、カイルが口火を切った。


「これで五人揃った。剣士と魔術師、斥候役の弓使い、補助魔法と回復、前衛盾……行き当たりばったりの共闘募集だったわりにバランスのいい構成になったな」


 ラースが手をあげる。


「僕、罠探し得意! 道に迷いそうだったら先頭行ってもいいよ!」


 思わずクスッとするセリーヌ。


「無理はしないでね? お姉さん心配になっちゃう」


「絶対大丈夫だって! 」

 ラースはちょっとむくれて尻尾を膨らせ、まるで弟が懐くように話を続ける。


「……責任ある、重い依頼だ。互いに信頼し背中を預けよう……」


 マグナがカイルの目をじっと見る。カイルも真剣に頷いた。


「もちろん。全員で無事に帰るのが最優先だ」


 一方、リタは一人静かにわくわくと心弾ませていた。久しぶりに組む知らない相手との共闘を心待ちにしている様子だ。


 カイルがもう一度だけ確認を入れる。


「じゃあ、確認だ。“銀狼の群れ”。敵は素早くて頭がいい。罠を仕掛けてくる可能性もある。ラースは斥候、リタとマグナが前衛、俺とセリーヌが後方――いいか?」


 全員が無言で頷き、自然と顔に微笑みがうかぶ。


「へへっ、よーし絶対すごい冒険にしてやる!僕が一番活躍するけどね!」

「フライングだけは禁止だぞ! カイルの魔法が尻尾に燃え移っても知らないからな」

「まだ始まってもいないのに盛り上がるなよ」

「でも、元気が一番ね。さ、しっかり食べて出発しましょう」


 飛び跳ねるラースをリタが小突く。カイルが呆れたように笑い、セリーヌが優しく包み込む。


「……みんなで、生きて帰ろう」


 マグナが最後に一言。その瞬間「このメンバーなら信じられる」誰もが心のどこかで思ったのだった。


 微妙な緊張と、期待。

 自分の強みを試したい気持ち、誰かが自分を頼ってくれるかもしれないという不安と喜び。

 それぞれが“新しい出発”の鼓動を感じながら、五人はギルドを出て歩み出した。





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