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漆黒と真紅の章 02

 活気に満ちた冒険者ギルドの喧騒の中、リタは傷だらけの剣を背負いながら、カウンターに積まれたクエスト用紙を睨んでいた。燃えるように真っ赤な髪を後ろで結び、短めの冒険者用コートの隙間から見える鍛えられた腕が印象的な女剣士だ。


「またCランクの魔獣討伐か……報酬が少ないね。アイツならもう少し稼げる依頼を選ぶはずだけど――」


 ぼやきながら、リタは仲間を探してギルドのホールを見回す。窓際の席で本を読んでいるのが最近パートナーとなりつつある魔導士のカイルだ。黒の軽装に青銀のマント。静かな雰囲気とは裏腹に、魔法の天才と噂される青年だ。


「カイル、新しいクエスト決まった? 食費も装備の修理代もカツカツなんだけど」


 リタが声をかけると、カイルは静かに本から顔を上げ呆れたように息をついた。


「君が急にレアな食材に手を出さなければ、もう少し余裕が出るんだけどね」

「はあ?  肉は闘いの活力源だろうが」


 二人の日常的な掛け合いに、周囲の冒険者がくすくすと笑う。けれどリタの瞳は真剣そのもの。テーブルに広げられた依頼用紙を指差した。


「森の外れでまた魔獣――“碧雷蛙”の目撃報告。報酬は三十金貨よ。たまには骨のあるやつ、いこうか」


 ニヤリと笑うリタを見てカイルが顎に手をやる。


「碧雷蛙。並の冒険者じゃ無理だろうけど……君の実力なら相手にとって不足なしといったところか。でも油断は禁物だよ。魔法の準備はしておく」


「当然。アンタの後方援護がなかったらあたし、いまごろ一文無しだって自覚はあるよ」


 両手をあげ降参のポーズを取るリタの言葉に、カイルはふっと優しい眼差しを向ける。


「……リタは強い。でも、俺が手を貸せばもっと強くなる。君と組むのは楽しい」


 彼女は一瞬ぎょっとして、すぐさま照れくさそうに視線を逸らした。


「カイルが素直だと悪いもの食ったんじゃないかって心配になるよ! ……まあ、あたしも……楽しいけどね……」



 北の森は深く、昼なのに薄暗かった。足元には濡れ葉が重なり、遠く魔獣の叫びが木立の向こうから響く。


「……カイル、位置はどう?」


「東方五十メートル。雷のマナ反応が濃くなってきた」


 ふたりは無言のまま、剣と杖を握り進む。やがて藪の向こう、巨大な碧色の蛙が現れた。身を伏せるリタ。その視線は獲物を狙う狩人そのもの。

 だが、碧雷蛙がこちらに気づいた瞬間――


「カイル、今ッ!」


 リタが叫ぶと同時に、カイルが魔法陣を発動。


「《蒼牙結界》!」


 透明なバリアがふたりを包む刹那、雷撃が音を立てて襲いかかる。木々を焼き焦がし、土を跳ね上げた。


「やっぱり桁違いね……!」


 雷と相性の良い湿った森での戦闘は、敵に有利なだけでなく、ぬかるみに足を取られ普段以上に体力を消費する、自分たちにとって大変不利なものだ。


 短期決戦の必要性を肌で感じたリタは地面を蹴って間合いを詰める。碧雷蛙の水かきのついた大きな手が閃き、リタは得物で受け止めながら体ごと横に弾かれる。


「く……ッ!」

「《風縛》!」


 カイルの詠唱と同時に一陣の風が空中に現れ、蛙の足を絡め取る。リタはわずかな隙を逃さない。素早く起き上がり、背後に回り込んだ。


「もらった――!」


 渾身の一撃が、狼の後脚へ深々と突き刺さる。しかし蛙は雄叫びを上げ、体をひねってリタを振り払う。その勢いで彼女の頬に浅く傷が走った。


「リタっ!」


 カイルが呼ぶと、彼女は血を拭いながら振り返る。


「平気……これくらい朝飯前!」


 蛙が再び雷撃を放とうと口を開いた。その瞬間――


「《氷晶穿光》!」


 カイルの杖先から迸る光、凍てつく氷の魔法が魔獣の首筋を貫く。手負いとなった蛙がよろけるのを見て、リタは一瞬だけカイルと目を合わせた。


(あたしを信じて……!)


「とどめは、任せて!」


 リタの剣が一点に閃き、蛙の心臓を正確に突き抜ける。巨体が激しく痙攣し、やがて静かに崩れる。


 辺りには肌を刺すような冷気と、しんとした静寂が広がった。



 ギルドへの帰り道、リタは苦笑しながらカイルを振り返った。


「カイルの魔法がなかったら、あたし、今ごろ蛙のエサだったかもね」


「そう言いながら、リタはいつも最前線で敵の首を狙ってる。……怖くないのか?」


「ちょっとは怖いよ。でも、最近は……カイルが後ろにいるって思えば……何が来たってどうにかなる気がしてる」


 リタがぽつりとつぶやく。カイルはふっと目を伏せて歩み寄り、彼女の小さな傷に手を伸ばした。我が事のように痛ましい様子で、ささやくように尋ねる。


「痛む?」


「……ばか……平気だって」


 そう呟きながらも、リタの宝石のような琥珀色の瞳はどこか柔らかい空気を纏う。


「……ギルドに戻ったら、今日はご馳走でも食べよう。君の“闘いの活力源”をたっぷりと」


「小言抜きなら付き合ってあげる。……ありがとね、カイル」


 夕焼け空の下、ふたりの影が並び歩いていく。その胸にあるのは、無事生きて帰れた安心感と相手への信頼感。


 冒険は、明日もまた続く。

 その一歩一歩を分かち合うふたりの絆は、どんな魔獣よりもずっと強く、確かに育ち始めていた。


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