呼ぶ子沢のお話ーふたつめー
二つ目のお話は、T先生の若い頃なので、ほんの2〜30年ほど前だそうだ。
S子という女児がやっぱり呼ぶ子沢で行方不明になった。
「私は、祖父の話を聞いて、呼ぶ子というものに強く惹かれていた。本も書いているくらいだからね。昔っから見れるものならば、と思っていたんだが、まさか、本当に見ることになるとは思わなんだよ」
そうT先生は笑った。
☆☆☆
二つ目のお話の事の次第はこうだった。
S子はK子、R子とよく一緒に遊んでいた。K子は村でも金持ちで大きな家の子だったが、それに比べてS子やR子は村の小さな食堂や寂れた民宿の子だった。
K子は生まれもいいが、顔も良かった。ただ、小さい頃は随分やんちゃで、男の子顔負けの気の強い子だった。木登りや沢下り、虫取りなんかも大好きだった。
小学校5年生の夏休みも近くなったある日、K子はR子とS子に、呼ぶ子沢に行こうと提案した。提案というより、強要に近かったかもしれない。二人は渋々それに従った。
決行日は夏休みの初日だった。
普段、行ってはいけない、と言われているところに子どもだけで行くのは秘密の冒険じみてて、K子はワクワクしていた。他の二人は最初こそおっかなびっくりだったが、森に入り、沢に向かって降りていく道が程々に険しく、木に掴まったり、時には蔦をロープ代わりにして降りたりなどが必要だったりしていたため、次第に夢中になっていった。
沢に降りると、もちろん人がおらず、静かだった。流れが急だと聞いていたが、どちらかというと、淵のようで、鏡のような深い青色の水面がたゆたい、どこか神秘的だった。
「きれい・・・」
R子がつぶやいた。K子たちは服を脱ぎ、水着に着替えた。K子とR子は泳ぎが得意だったし、S子も普通には泳げた。なので、「深い」と言われてもそれほど気にならなかったし、3人とも、何よりこの美しい淵で泳いでみたい、という思いが強かった。
足を浸してみると、淵の水は程よく冷たく、その日が暑かったこともあり、気持ちが良かった。3人は次々に淵に飛び込む。
しばらく3人でいろんな泳ぎ方を楽しんだり、潜って淵に泳ぐ魚を見たりして遊んでいた。K子は背泳ぎのようにして、ぷかりと浮かぶ。
淵には岸から木々の枝がかかり、その向こうから陽光が差していた。重なり合う葉の隙間からキラキラと光る陽の光はとても美しかった。
うっとりとその様子に見とれていると、突然、バシャっと大きな水音があった。K子が振り返ると、音のする方を同じように見ているR子が目に止まった。
水が波立っている中心にはなにもない。見回すと、一緒に泳いでいたはずのS子がいない。
K子は周囲を見回した。岸にもS子はいない。
ゾッと背筋に冷たいものが這い上がる。
大きな水音、いなくなったS子。
K子とR子は慌てて水の中に潜ったりしてS子を探した。
10分ほど探したが、S子の姿を見つけることはできなかった。
二人は大急ぎで村に取って返し、親に事情を説明した。村では警察や消防団も含めた捜索隊が組織され、呼ぶ子沢で大規模な捜索が行われた、が、ついに、S子は発見されなかった。
「当時、S子の母親は随分K子の親を責めとった。無理もないことだ」
T先生は言う。K子自身には表立って非難の言を向けなかったが、親にはかなりきつくあたっていたようだった。捜索は続いたが、1ヶ月しても遺体を発見することができなかった。
「本当に恐ろしいのは、この後だ」
T先生は茶をすすりながら続けた。
事件から2ヶ月ほどしたころだったか、K子が一人で家にいると、家の中でペチャペチャとなにか濡れたような音がする。正確に言うと、濡れた足で廊下を歩くような音だった。
不審に思って廊下を見回しても誰もいない。ただ、床に大きな水たまりができていた。
また、別の日。K子がコップで水を飲もうとすると、コップの水に影が映る。よくよく見ると、いなくなったS子の顔に見える。驚いてもう一度よく見ると、消えている。
さらに、K子が風呂に入っていると、湯船の水面にどういうわけか、自分とは違う顔が映っているように見えてならない。じっと見ていると、見る間にその影が濃くなり、水面が盛り上がってくる。見る間に黒髪の女の子が風呂の中から顔を覗かせる。
ぎゃあ!と叫んで、とっさに手を前に突き出した。その手が風呂の縁においてあった入浴剤の缶を倒してしまい、入浴剤がお湯に溶ける。
それにつれて、その頭自体もスーッと溶けて消えた。
「K子の親を通じて、その話を聞いたんだ。K子にも話を聞いた。なので、随分と細かい記録があるよ」
T先生はボロボロのノートを取り出してめくりながら話を続ける。
こんな事があってから、すっかりK子は水が怖くなり、風呂にもプールにも入らなくなった。学校にも来なくなったし、T先生の私塾も休むようになった。
K子さんはどうなったのかと尋ねると、「結論を言えば、そのときには呼ばれなかったんだ」と言う。
すっかり困り果てたK子の親は、K子を東京の親戚筋に預けることにした。伝え聞いた話によると、K子は徐々に元気を取り戻し、学校にも通えるようになったという。
「K子は無事に就職もしてな。結構大きな企業に勤めていたんだよ」
不思議とR子のところには呼ぶ子は現れなかったらしい。
R子は村で普通に成長し、二児の母親になった。
「K子が村を出て、12〜3年経った頃か、小学校の同級生で同窓会をしようという話になったようで、K子にも招待状が行ったらしい。」
K子の母親によると、K子は散々迷ったようで、母親にも電話をかけてきていた。
この時、K子は結婚を控えていた。ちょうど、両親にもその詳しい報告をする必要もあったのだろう。そんなこともあり、結局K子は来ることにしたようだ。
同窓会は村の公民館で飲み食いするというありきたりなものだった。村の民宿や食堂の主が協力して料理や酒を用意し、皆、昔語りに花を咲かせ、盛況だった。
やれ、誰と誰が好きあっていただの、
なんとか先生はテストが多くて嫌だっただの、
水泳の授業ではいつもS子が居残りだっただの、
K子は昔、意外と気が強くてガキ大将風だっただの、
語り始めたら切りがなかった。K子も結局は随分楽しい思いをしたようだった。
「でもな、K子の元気な姿を見たのは、それが最後だった。」
翌朝、実家で寝泊まりをしていたはずのK子は寝床から姿を消していた。
寝床はビショビショに濡れており、K子の荷物も何もかもそのままだったので、行方不明事件として警察が介入して捜査が始まった。
まさか、とは思うが・・・。
「そう、結局、K子は呼ぶ子沢に浮いていたんだ」
呼ぶ子沢で発見されたK子の表情は恐怖に歪んでいたという。




