第7話:K-1 IIと、花咲く「美瑛の丘」の苦悩 (Day 17-18)
<ココロの日記>
6月21日 (Day 17)。
朝、目が覚めたら、窓の外に、緑の絨毯が広がっていた。
美瑛の丘。
ネットで見た写真よりも、ずっと綺麗で、心が吸い込まれるみたい。
ユウタお兄ちゃんが、写真を撮ってって言った。
でも、なんか、難しい。
あのカメラが、私に、何かを教えてくれるのかな。
ユウタ視点メイン、ココロの行動あり
**SCENE 1: 北海道・美瑛の丘 — 午前**
「くっそ、最高かよ、美瑛!
これ、マジで映えるわぁ。」
俺は鼻歌を歌いながら、軽キャンパー『ひまわり号』を運転していた。
フェリーを降りて、そのまま札幌の街へ。北の大地、最高のスタートだ。
到着早々、俺が向かった先は、札幌のシンボル、時計台だ。
朝靄が晴れ、陽光が美瑛のなだらかな丘を照らし始める。地平線まで続く緑の絨毯。その中央に立つ「親子の木」が、朝日にシルエットを描いている。
キャンピングカー『ひまわり号』が、丘の脇の小道に停車している。
運転席のドアが開き、俺は大きく伸びをする。手にはいつものスマホ。Vloggerとしての血が騒ぐ。
俺はスマホを構え、様々なアングルを試す。早朝にもかかわらず、既に何組かの観光客が三脚を立て、ベストショットを狙っている。
俺は納得がいかない顔で、何度も角度を変える。
なんか違うんだよな……。
この感動が、どうにも画面に収まってくれない。
「完璧なコンテンツ」が撮れない苛立ちが募る。
人ごみ。天候。スマホの限界。
現実的な壁に直面し、自身の才能の限界を感じ始める。
そのとき、後部座席のカーテンが微かに開く。
フードを深く被ったココロが、恐る恐る外の様子を伺っている。
彼女の視線が、スマホを構える俺の背中に注がれる。
そして、その先にある、美瑛の丘の圧倒的な景色へ。
「……綺麗。」
か細い声が聞こえた。
俺は振り返る。ココロの瞳は、丘の緑を映し、わずかに潤んでいる。
その表情は、昨日までの「がっかり」とは全く違う、純粋な感動に満ちていた。
「だろ? ここ、美瑛の丘って言うんだ。
すげー景色だろ?」
ココロはゆっくりと頷く。
俺は、何か閃いたように、ココロにスマホを差し出す。
「ほら、ココロも撮ってみろよ。
お前なら、もっとすごい写真が撮れるんじゃないか?」
ココロは戸惑うが、俺の真剣な眼差しに、恐る恐るスマホを受け取る。
その指先が、わずかに震えている。
「どうした? なんか撮りたいものあったか?」
ココロは俺のスマホの画面をじっと見つめている。
何かを探しているようにも見えた。
「……これ。」
ココロが指さしたのは、カメラの広告だ。
ペンタックス K-1 Mark II (K-1 II)。
プロが使うような、本格的な一眼レフカメラ。
なぜ、ココロがそんなものに興味を?
単にスマホを触っているだけでなく、「カメラ」という道具そのものに強い興味を示していることに、俺は驚いた。
「これか? これ、すげー高いぞ? でも、お前なら使いこなせるかもな。」
俺は半分冗談でそう言った。
しかし、ココロの目は、真剣だった。
美瑛の丘の圧倒的な美しさを、スマホでは捉えきれないもどかしさを、俺は感じていた。
でも、ココロなら。
彼女の持つ、純粋な「感性」なら、このカメラがあれば、俺には撮れない「本質」を捉えることができるかもしれない。
「よし、ココロ。試しに、この景色を撮ってみろ。」
俺はスマホをココロに渡し、美瑛の丘を指差した。
ココロは、スマホを構え、震える指でシャッターを切る。
何枚か撮った後、彼女は納得がいかないように首を傾げた。
その表情は、少しだけ悔しそうだった。
「もうちょい、こっちのアングルが良いかもな。」
俺はそう言って、ココロの隣に並び、スマホの持ち方を直してやろうと、彼女の腕に触れた。
その指先が、ココロの腕に触れると、彼女の体がビクッと小さく跳ねた。
一瞬だけ、硬直したココロの体に、俺の指先が触れている。
その瞬間の、静かな緊張感。
いけない、と思ったが、すでに遅い。
ココロは慌てて腕を引っ込めた。
「わりぃ、驚かせたな。」
俺は努めて平静を装ったが、内心ではドキッとしていた。
長らく他人との接触がなかったココロにとって、俺の不意の接触は、刺激が強すぎたのかもしれない。
「よし、今度は俺が撮ってやる。ココロ、ちょっとそこに立ってみろ。」
俺は話題を変えるように、ココロをモデルにしようとした。
ココロは戸惑いながらも、言われた通りに丘の上に立つ。
風が吹き、彼女の長く伸びた前髪が、顔にかかった。
その横顔をスマホで捉える。
無意識に、ココロの指先が、唇に触れるような仕草をする。
その瞬間を、俺は思わずシャッターを切った。
画面に映るココロは、普段の怯えた様子とは違い、どこか儚げで、絵になる。
ドキッとした。
俺は、とっさに視線を逸らした。
いけない。いけない。
俺はただの従兄だ。
「ココロ、お前の写真、すごいよ。俺には撮れない、何かがある。」
俺は、ココロが撮った写真と、俺が撮った写真を見比べて、正直にそう言った。
ココロがスマホで撮ったその一枚の美瑛の丘の写真は、俺のVlog編集センスでは表現できない、その場所の「魂」を捉えているように見えた。
「……ユウタお兄ちゃんのVlogも、すごい。」
ココロは小さな声でそう言った。
その言葉に、俺は少しだけ嬉しくなった。
俺のVlogを、ココロがちゃんと見てくれている。
そして、俺のことも認めてくれている。
俺は、ココロの才能を伸ばすため、本格的なカメラを渡すことを決意した。
この美瑛の丘で、ココロの秘めたる才能が、確かに目を覚まそうとしている。
<ユウタのVlog再生画面のコメント欄>
「美瑛の丘、最高!ユウタくんの構図、いつも勉強になる!」
「朝靄の中の木、幻想的!誰か後ろにいる!?ココロちゃん!?」
「がっかり時計台からの美瑛、振り幅えぐいw」
「ココロちゃんの写真センス、マジでプロ級なんじゃ?」
<ココロのSNS(X)タイムライン>
※第7話時点では、まだ投稿を再開していないため、コメントは表示されません。
<ココロの心情>
美瑛の丘は、息をのむほど綺麗だった。ユウタお兄ちゃんのスマホで写真を撮ってみたけど、まだ、うまくいかない。でも、あのカメラ。あのカメラがあったら、もっと綺麗に撮れるのかな。ユウタお兄ちゃんが、私を信じてくれてる。それが、少しだけ、嬉しい。
<次回予告>
ユウタ「よし、ココロ! お前にとっておきのカメラ、見せてやる!」
ココロ「……え?」
ユウタ「これで、もっとすごい写真、撮れるようになるぞ!」
ココロ「……無理、かも」
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