第2話:閉じられた世界と、届く「東京バナナ」の光 (Day 2)
<ココロの日記>
6月6日。今日も、私はカーテンの向こう。
車は、時々止まる。何かの音がする。
外の匂いが、少しだけ入ってくる時がある。
ユウタお兄ちゃんの声が聞こえる。
うるさい、と思うのに、なぜか安心する。
あの動画は、本当に偶然見ただけなのに。
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**ココロ視点**
目を開けると、そこはいつもの部屋だった。
いや、違う。
揺れる天井。カーテンの隙間から漏れる、朝じゃない光。
ここは……キャンピングカーの中。
昨日、無理やり連れ出されたんだ。
「おーい、ココロ! 起きたかー? 朝飯、東京バナナでいいかー?」
運転席から、ユウタお兄ちゃんの元気な声が聞こえてくる。
朝飯?
そうか、もう朝なのか。
カーテンの向こうは、まだ、私には怖かった。
昨日も、あの人がハンドルを握って、ずっと走り続けてた。
時々、外の景色をスマホで撮ってるのが、カーテンの隙間から見えた。
最初は、ただの「監視者」だと思ってた。
でも、なんだろう、この安心感は。
ユウタお兄ちゃんの声。
少しだけ、体が動く。
ずっと布団の中に閉じこもっていたから、体が鉛みたいに重くて、起き上がるのも一苦労だ。
「……食べる」
か細い声で、なんとか答える。
喉が渇いてる。
ユウタお兄ちゃんは、そういうのを察するのが得意らしい。
すぐに、ペットボトルの水をカーテンの隙間から差し入れてくれた。
「これ、冷えてるぞ。ゆっくり飲めよ」
その声が、妙に優しい。
冷たい水が、喉に染みる。
こんな風に、誰かが私を気遣ってくれることなんて、しばらくなかった。
引きこもりになってから、私の世界は、部屋の四方の壁と、ネットの中だけになった。
SNSで、知らない人から、心ない言葉をぶつけられた。
学校での人間関係も、ぐちゃぐちゃになって、誰も信じられなくなった。
世界は、私にとって、もう真っ暗な場所だった。
だから、外に出るのが怖くて、部屋に閉じこもるしかなかったんだ。
でも、ある日。
本当に、偶然だった。
いつものように、スマホをスクロールしてた時、あの動画が目に飛び込んできたんだ。
ユウタお兄ちゃんの、旅のVlog。
画面いっぱいに広がる、青い空と、キラキラした海。
見たこともないような、真っ白い砂浜。
動画の中のユウタお兄ちゃんは、太陽みたいに笑って、楽しそうに旅をしていた。
その映像が、閉ざされた私の心を、少しだけ揺らした。
「外の世界は、もしかしたらまだ綺麗なのかもしれない」
心の奥底で、そんな微かな希望が芽生えたんだ。
だから、おばちゃんに言われた時、本当は、少しだけ心が動いた。
怖かったけど、もう一度だけ、外の世界と向き合ってみたかった。
あの動画で見たような、綺麗な景色を、私も見てみたいって。
「ココロ、東京バナナだぞ。ほら、食ってみろよ」
ユウタお兄ちゃんが、袋に入った東京バナナを差し出してきた。
甘くて、優しい香り。
久しぶりの、お菓子。
ゆっくりと袋を開けて、一口食べる。
ふわりと広がる、バナナの甘さ。
「……美味しい」
思わず、声が漏れた。
ユウタお兄ちゃんが、小さく笑ったのが分かった。
「だろ? やっぱ、旅の途中のおやつは最高だよな」
カーテンの向こうで、ユウタお兄ちゃんが何かを言っている。
彼の声は、最初はうるさかったのに、今は、なんだか心地よい。
そして、ふと、昨日見たユウタお兄ちゃんのVlogの映像が、頭の中に蘇った。
精悍な横顔。
動くたびに鍛えられた体の一部が、Tシャツの隙間から見え隠れする。
その無意識の映像に、ドキッとして、慌てて視線を逸らしたけど、どこか頭に残っていた。
あの人は、いつも、ああやって外の世界と向き合ってるんだ。
私は、まだカーテンの中に閉じこもってる。
でも、少しだけ、ユウタお兄ちゃんのことが、気になり始めた。
この旅は、これからどうなるんだろう。
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<ユウタのVlog再生画面のコメント欄>
* 「東京バナナ!?いいなー!旅のお供はやっぱり甘いものだよね」
* 「ユウタくん、元気だなぁ!こっちまで元気もらえるよ!」
* 「今回はどこに向かってるんだろ?楽しみ!」
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<ココロのSNS(X)タイムライン>
※第1話時点では、まだ投稿を再開していないため、コメントは表示されません。
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<ココロの心情>
甘いバナナの香りが、閉ざした心に微かな光を灯す。ユウタの動画は、私に勇気をくれた。この旅が、少しだけ、楽しみになってきたのかもしれない。
<次回予告>
ユウタ「ココロ、なんか今、スマホ触ったか?」
ココロ「……え?」
ユウタ「なんか、俺のSNSに、変な写真上がってるんだけど!?」
ココロ「……っ!?」
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